軽くて丈夫なのになぜ? カーボンファイバーが「市販の乗用車」にあんまり普及しないワケ

2031年に700億ドル市場

乗用車(画像:写真AC)

乗用車(画像:写真AC)

 カーボンファイバー(CFRP、カーボン・ファイバー強化樹脂)は、軽量で高強度かつ腐食しない素材として知られ、金属の代替素材として注目を集めている。

 最大の利点は高い剛性を持ちながら、大きな衝撃エネルギーを吸収することもできる点だ。これにより、カーボンファイバーを導入することで、

「車両の安全性能」

を向上させることが可能となる。カーボンファイバーは金属よりも非常に軽い。軽金属のひとつであるアルミニウムで作られたボディは、カーボン製に比べて20~30%重くなり、スチール製の場合は50%も重くなることがある。軽量で高強度・高剛性を誇るカーボンファイバーは、軽量化や燃費向上にも寄与するため、自動車への導入が進んでいる。

 70か国以上、3000社以上の企業にサービスを提供する調査会社マーケット・リサーチ・インテレクトによると、自動車用カーボンファイバー部品市場の規模は2023年に241億7000万米ドルと評価された。2031年までには

「700億ドル(約10兆4300億円)」

に達し、2024年から2031年の間に年平均成長率11%で成長する見込みだ。

 例えば、トヨタ自動車のGRヤリスはルーフにカーボンファイバーを採用している。炭素繊維に樹脂を含浸させたシート状の素材を使用することで、大幅な軽量化と低重心化を実現している。しかし、量産乗用車への広範な導入にはまだ敷居が高いのが現実だ。

 軽量で高剛性を持つカーボンファイバーは、自動車の素材として非常に優れていると思われるが、なかなか浸透していない。いったいその理由は何だろうか。

市販乗用車に普及しないワケ

GRヤリスのRZ“First Edition”マーブル柄カーボンルーフ(画像:トヨタ自動車)

GRヤリスのRZ“First Edition”マーブル柄カーボンルーフ(画像:トヨタ自動車)

 カーボンファイバーが量産乗用車に普及しない理由のひとつは、その価格に大きく影響されている。原材料であるカーボン繊維が高価であるだけでなく、製品化する際には高度な技術や特別な設備が必要となり、コストがさらにかさむ。

 レーシングカーや数千万円もするスーパーカーのように、数十gの軽量化がタイムに影響する場合を除けば、軽量で高剛性なボディを作ったとしても、コストが合わなければ量産乗用車への導入は難しい。

 トヨタのGRヤリスはルーフにカーボンファイバーを使用しているが、これは特別な事情がある。GRヤリスは、ラリー競技用のベース車両としての役割があり、市販車としてのメリットよりも競技車両に必要な機能としてカーボンが採用されたのだ。

 カーボンパーツの製造コストについても触れたい。カーボン素材は、通常、硬化樹脂と一緒に固めて成形される。手作業で型に貼り付けて樹脂を染み込ませる方法は職人の技術が求められるため、コストが高くなり、大量生産が難しい。一方、精密な型を使ってカーボンと樹脂を圧縮し、焼く製法も存在するが、こちらは設備に多くの投資が必要となる。

 これらの要因から、コストがカーボンファイバーが量産乗用車に採用されにくい大きな理由となっている。

高コストと修理難が普及を妨げるカーボン

カーボンファイバーリサイクル工業株式会社のCFRPから炭素繊維を回収する技術(画像:カーボンファイバーリサイクル工業)

カーボンファイバーリサイクル工業株式会社のCFRPから炭素繊維を回収する技術(画像:カーボンファイバーリサイクル工業)

 もうひとつの理由は、修理が難しい点だ。自動車部品である以上、小さな事故で破損や変形が起こるのは避けられない。金属なら、たたいて直したり、新しい部材を溶接したりして修理することができる。いわゆる板金修理が可能だ。

 しかし、カーボンパーツは基本的に修理ができない。板金ができず、破損すればそのパーツごと交換するしかない。修理費用が高くつくため、ユーザーが購入をためらうこともある。結果的に、カーボンを多用した車が売れなければ、よい車を作っても意味がなくなる。

 さらに、カーボンのリサイクルが難しいことも、普及が進まない理由のひとつだ。鉄やアルミニウムはリサイクル技術が確立されているが、カーボンはそうではない。持続可能性が重視される現代において、リサイクルが難しい素材は導入にハードルがある。

 もちろん、リサイクル技術の研究は進んでいる。カーボンファイバーリサイクル工業(岐阜県御嵩町)は、いぶし瓦焼の技術を応用してカーボンファイバー製品から樹脂を焼き、炭素繊維を回収する技術を開発中だ。岐阜大学とも協力して、事業化に向けた技術の標準化を目指しているが、実用化にはまだ時間がかかりそうだ。

フルカーボン車実現とリサイクル問題

BMW M3 Competition(画像:BMW)

BMW M3 Competition(画像:BMW)

 カーボンファイバーは、軽量で高剛性という特性から、自動車の性能向上に大きく貢献している。特にモータースポーツでは広く使われ、その性能が十分に発揮されてきた。しかし、市販車に導入するとなると簡単にはいかないようだ。

 軽量かつ高剛性な点は、市販車においても大きなメリットだ。特に、電気自動車(EV)化や燃費向上を目指す自動車にとって、軽量化は大きな武器となる。それにもかかわらず、カーボンファイバーの普及には大きな障害がある。

 まず、原材料や製造コストが高いこと。そして、金属のように板金で簡単に修理できないという問題もある。さらに、リサイクルシステムが確立されていない点も普及を妨げる要因だ。自動車産業ではカーボンニュートラルや持続可能性が求められているため、この問題は特に大きい。現在では、

「モータースポーツで使われる高価なカーボンが、自分の車にも使われている」

というドレスアップの意味が強く、純粋なカーボンパーツというよりも、表面にカーボン柄を施した部品が多い。しかし、カーボンファイバーの軽量・高剛性という魅力は変わらず、その課題を克服できれば、将来的にはフルカーボン車に乗れる日が来るかもしれない。

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