東京メトロの株式上場が「20年」も遅れた、2つの決定的理由

収益構造の多様化

東京メトロのマーク。2024年7月撮影(画像:時事通信フォト)

東京メトロのマーク。2024年7月撮影(画像:時事通信フォト)

 東京地下鉄(東京メトロ)は、2004(平成16)年に設立されて以来、東京都区部やその周辺地域(埼玉県と千葉県の一部)で地下鉄を運営し、成長してきた。そして今回、ついに株式上場の具体的な日程が発表された。

 9月20日、東京証券取引所は同社の上場を承認し、10月23日にプライム市場への上場が決まった。これは約6年ぶりの大型上場となる。売り出し株数は発行済み株式の半分に当たる2億9050万株で、想定価格は1株1100円。総額3195億円の大型IPO(新規株式公開)になる見込みだ。

 営団から株式会社、そして株式上場へと至るこの変遷にはどのような経緯があったのか。本短期連載(3回)では、東京メトロの民営化プロセスやその効果、今後の課題について詳しく見ていく。

※ ※ ※

 前回の記事(「営団地下鉄の民営化は、なぜ「幸福な民営化」と呼ばれたのか?」2024年9月30日配信)では、帝都高速度交通営団の設立から民営化までの歴史をざっと振り返った。そして今、東京メトロはついに株式上場の最終段階に入っている。

 しかし、なぜここまで株式上場が遅れたのか。2004年に民営化されてから、実に20年もかかった理由は何だろう。今回は、東京メトロの誕生後の経営戦略と、上場までの道のりで直面した障害について詳しく見ていく。

 まずは、民営化後の東京メトロの変化を決算データで見てみよう。下記は、交通営団としての最後の決算である2004年3月期と、それから20年後の2024年3月期の財務データだ。

●2004年3月期
・鉄道事業営業収益合計:3107億5412万6192円
・旅客運輸収入:2702億5157万0743円
・鉄道線路使用料収入:30億9242万6393円
・運輸雑収:394億1012万9056円
 うち、駅共同使用料:20億7624万円円
 うち、車両使用料:129億7897万円2円
 うち、土地物件貸付料:12億4251万1577円
 うち、広告料:193億4598万3601円
 うち、構内営業料:10億1123万0072円

●2024年3月期
・鉄道事業営業収益合計:3523億1900万円
・関連事業営業収益合計:181億円
・運輸業:3564億6700万円
・不動産事業:136億5400万円
・流通・広告事業:239億2000万円

会計の仕組みが異なるため、直接的な比較は難しいが、概算で営業収益が約1.2倍に増加していることがわかる。

 特に注目すべきは、東京メトロの設立以降、運輸雑収として計上されていた収益の一部(土地物件貸付料、広告料、構内営業料など)が、2024年には不動産事業や流通・広告事業として独立、成長し、明確に区分されて報告されるようになった点だ。これらの関連事業からの収益は、2004年には約7%だったが(その多くは広告料)、2024年には全体の約10%を占めるまでに拡大している。このことは、東京メトロが鉄道事業を基盤にしながら、積極的に事業の多角化と関連事業の拡大を進めてきた結果といえる。

民営化が生んだ新戦略

半蔵門線(画像:写真AC)

半蔵門線(画像:写真AC)

 これを受けて、総資産は以下のように変化した。

●2004年3月31日時点
資産合計:1兆3015億8511万5743円

●2024年3月31日時点
連結総資産:2兆225億2400万円
個別総資産:1兆9981億2200万円

 東京メトロは民営化後、積極的に事業を拡大し、大きな成功を収めてきた。その成功の要因は、新しい路線の建設や不動産開発への投資、さらに関連事業への多角的な展開にある。

 具体的には、駅構内に小売店や飲食店を増やしたり、無線LANや光ファイバーの貸し出しなどのメディア事業を始めたり、さらにはホテルやマンション経営にも進出したりしている。この成功モデルは他の都市でも注目され、2018年4月に民営化された大阪市営地下鉄も、東京メトロの戦略を参考にしていることから、その成功が裏付けられている。

『毎日新聞』2007年11月28日付の朝刊には、大阪市営地下鉄の民営化について次のような記述がある。

「民営化が即、利便性の向上や運賃にはねかえるわけではない。しかし、長期的な経営改善を考えた場合、新線計画の中止や職員の削減といった課題を解決するにも、遊休資産を活用し「駅ナカ」ビジネスを展開するにも、古いしがらみを断ち切る方が、間違いなくやりやすい。営団から民営化した東京メトロ(東京地下鉄)は、成功の好個の例だ」

 東京メトロは、民営化を機に新たな事業展開や経営効率化に積極的に取り組み、確かな成功を収めてきた。

 また、多角的な事業展開に加え、鉄道事業自体の収入も安定しており、そのため当初は近い将来に株式上場し、完全民営化が達成されるだろうと予測されていた。しかし、実際にはこれまで株式上場は実現していない。そもそも、民営化の根拠としていた

「東京株式会社法」

も、完全民営化の方針で条文が作られていたのに、である。

東京都の一元化問題

丸ノ内線(画像:写真AC)

丸ノ内線(画像:写真AC)

 それが達成できなかった理由は、次のような問題があったからだ。

・都営地下鉄との統合問題が複雑化した
・2008(平成20)年の世界金融危機以降、経済環境が変化した

このなかで最も大きな要因は、国と並ぶ株主である東京都が求める

「都営地下鉄との一元化問題」

だった。

 都営地下鉄との一元化問題は、民営化が議論され始めた当時から存在していた。1985(昭和60)年には、当時の鈴木俊一都知事が営団への国鉄分の出資を東京都が引き受けることで、一元化を実現する方針を示していた。しかし実現しなかった。

 もともと、都内の地下鉄がふたつの事業者によって運営されているのは、1956年に当時の運輸省が急増する人口に対応するために地下鉄建設を早急に進めるよう都に答申したからだ。現在、都営地下鉄は4路線を運営しているが、その経営は常に厳しい状況にある。

 2022年度の決算からも、その厳しさが伺える。具体的には、

・乗車料収入:1158億7000万円
・経常損益:4億4800万円の赤字
・累積欠損金:2151億7500万円
・長期債務:5860億円

となっている。現時点で、都営地下鉄の収入には約3倍の差があり、長期債務は年間収入の約5倍に相当する。

 都営地下鉄の債務の累積は1980年代から問題視されていた。それでも、東京都は交通営団と東京メトロとの経営統合によりコスト削減が可能で、経営の安定が増すと考えていた。そのため、歴代の都知事は経営統合を強く主張していたのだ。

石原知事の統合構想と壁

東西線(画像:写真AC)

東西線(画像:写真AC)

 株式上場が間近とされていた2006(平成18)年3月の都議会予算特別委員会で、当時の石原慎太郎都知事は次のように発言した。

「東京の地下鉄事業は本来一体化すべきだとかねがね思っている。今時点で、どうも金持ちの営団(現・東京メトロ)の方が、貧乏人とは結婚したくない、持参金があるならともかく、嫌だというのが実情で、これをどう説得していくか、真剣に考えなきゃいけないと思う」

これに対し、東京メトロは真っ向から拒否の意向を示していた。例えば、2008年の有価証券報告書には「都営地下鉄との一元化」が

「事業等のリスク」

として掲載されていた。

「当社は、当社と同じく東京都区部及びその周辺地域における地下鉄道事業を営む都営地下鉄とのサービスの一体化は、当社の利用者の利便性向上につながるものと考えており、地下鉄利用者の利便性向上への取り組みの検討を進めていきます。しかしながら、サービスの一体化の検討の結果によっては、当社グループの業績に影響を及ぼす可能性があります。なお、都営地下鉄については、公営企業という組織形態や累積欠損を抱えていることなどを考慮すると、当社との一元化を図るために解決されなければならない多くの問題が残されています。また、仮に都営地下鉄の経営状況の改善等の問題が解決されないまま一元化が行われることとなった場合には、当社グループの経営に重大な影響を及ぼす可能性があります」

このように、一元化を目指して影響力を確保したい東京都が売却を渋ったため、上場は停滞した。

 さらに、2008年の金融危機による株価の低迷や、2011年の東日本大震災後に国が株式売却益を復興財源とする方針を示したことも影響し、株式上場のタイミングを見極めるのが難しい状況が続いていたのだ。

一元化の行方と猪瀬氏

銀座線(画像:写真AC)

銀座線(画像:写真AC)

 前後するが、都営地下鉄との一元化問題について、以下の時系列で概観してみる。

・2010年:猪瀬直樹副知事(当時)が統合案を再提起し、「東京の地下鉄の一元化等に関する協議会」が設置された。
・2011年:国土交通省と東京都が経営統合の結論を保留。代わりに、乗り継ぎ利便性の向上や割引の拡大といったサービス改善を優先することが決定される。
・2012年:猪瀬氏が東京都知事に当選し、一元化への期待が高まる。
・2013年:九段下駅で、都営地下鉄と東京メトロのホームを隔てていた「バカの壁」が撤去され、将来の一元化を見据えた動きとして話題になる。
・2013年:猪瀬氏がスキャンダルにより辞職。

 猪瀬氏の辞職以降、都知事が一元化問題に言及することはほとんどなくなり、近年まで動きが見られなかった。

 一方で、東京メトロは2010年代に入り、経営の多角化を推進した。2017年にはベトナムに現地法人を設立し、海外進出も果たしている。国内でも、賃貸住宅や老人ホームの運営にまで事業を拡大していることが、2024年3月期の有価証券報告書から明らかになっている。

 このような着実な事業拡大を背景に、東京メトロはついに上場に向けた動きを本格化させている。なぜ今、このタイミングなのか、その理由については次回詳しく解説する。

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