昭和の風物詩「社員旅行」 令和の今こそ復活すべき? 90年代初頭はなんと9割の会社が実施していた!

社員旅行の意義再考

社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

 かつて日本企業の風物詩として親しまれていた「社員旅行」が新たな視点から注目されている。

 もちろん、単なる懐かしさの回帰ではなく、現代の日本企業が直面する課題、特に

・社員間のコミュニケーション
・組織の一体感の構築

に対するひとつの解決策を示唆しているようだ。

 日本が経済大国になった背景には、「日本的経営」スタイルがあり、結束を高める社員旅行はその象徴的な存在である。日本的経営スタイルとは、日本の企業文化や経営手法に基づいた特徴的な経営方式を指す。主な特徴は次のとおりだ。

●終身雇用制度
 多くの日本企業では、社員が定年まで働くことを前提とした終身雇用が一般的で、企業は長期的な視点で人材を育成し、社員は安定した雇用を享受する。

●年功序列
 給与や昇進が年齢や勤続年数に基づく年功序列が広く採用されていて、社員は長期間にわたり企業に貢献する意欲を持ちやすくなる。

●チームワークの重視
 個人よりもチームや集団の成果が重視され、協力して目標を達成することが求められる。これにより、会議や合意形成が重要視され、意思決定には時間がかかることもある。

●企業内教育
 社内での教育や研修が重要視されていて、社員のスキルや能力を向上させるための投資が行われる。これにより、企業は競争力を維持・向上させる。

●顧客第一主義
 顧客のニーズや要望を重視し、品質やサービスの向上に努める姿勢が強い。顧客満足度を最優先に考える傾向がある。

●社会的責任
 日本企業は、利益だけでなく地域社会や環境への配慮も重視している。CSR(企業の社会的責任)活動が活発に行われている。

●控えめなリーダーシップ
 経営者は一般的に控えめで、部下の意見を尊重しながら意思決定を行うことが多い。これにより、社員とのコミュニケーションが円滑になる。

●長期的な視点
 短期的な利益追求よりも、長期的な成長や安定を重視する傾向がある。

これらの特徴により、日本的経営スタイルは安定性や持続可能な成長を実現し、特に戦後の経済成長に寄与してきた。ただし、グローバル化や労働環境の変化にともない、これらのスタイルも進化している。

昭和の旅再現実験

ハトヤホテルのウェブサイト(画像:ハトヤホテル)

ハトヤホテルのウェブサイト(画像:ハトヤホテル)

 2023年7月、富士通総研の池上敦士研究員らによる研究グループは、その仮説に基づいて実験を行った。

 実験の内容は、昭和の社員旅行を完全に再現するというものだ。1泊2日の旅程では、社員旅行の定番であるハトヤホテル(静岡県伊東市)を目的地に選び、次のような「再現」が実施された。

・行きの電車内での缶ビールによる乾杯
・ホテル到着後、浴衣に着替えての温泉入浴
・全員でのテーブルを囲んでの夕食
・畳敷きの和室での宴会

『産経新聞』2023年8月25日付電子版によると、池上氏はこの実験を通じて、社員旅行の意義について

「裸で温泉に入り、浴衣で開放的な気分になる。己をさらけ出し、互いの人となりを知ることができる極めて有意義な仕組みだと実感した」

と語っている。今後もさらに大規模な実験を予定しているという。

社員旅行の必要性94.3%が否定

昭和時代の社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

昭和時代の社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

 かつて、社員旅行は会社員にとって毎年必ず行われる行事だった。しかし皮肉なことに、その全盛期には多くの社員がこの行事を敬遠したいと考えていた。

 1990(平成2)年に日本能率協会が実施した「経営課題実態調査(人事・教育部門)」によると、社員旅行に対する意見は以下のようになっている。

・必要性を感じない:58.2%
・大いに不満でやめたい:7.2%
・満足していないが、こんなものだとあきらめている:28.9%

 この調査結果は衝撃的で、94.3%の回答者が社員旅行に否定的または消極的な態度を示していることがわかる。つまり、ほとんどの社員が

「不本意ながら参加していた」

ということだ。

 それにもかかわらず、この時代の社員旅行は空前の豪華さを誇っていた。バブル景気の絶頂期、企業はぜいたくな旅行を次々と企画し、費用のほぼ全額を会社が負担して、わずかな自己負担で家族同伴の旅行が可能だった。

 1987(昭和62)年には大蔵省(現・財務省)が海外への社員旅行を福利厚生費として認めたことで(それ以前は社員の所得扱いだった)、海外旅行の割合が急増した。しかし、参加者の大多数は「こんな旅行、本当に必要なのか」と疑問を抱いていた。

 この矛盾した状況が、バブル崩壊後の急激な衰退を招いた。1991年以降の景気後退に入ると、社員旅行は瞬く間に打ち切られていった。

社員旅行消滅の危機

社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

 人事労務分野のシンクタンクである産労総合研究所の調査によると、社員旅行の実施率は次のように推移している。

・1992年:99.0%
・1994年:88.6%
・1999年:61.7%
・2004年:36.5%
・2009年:51.6%
・2014年:46.0%
・2020年:27.8%

全盛期に比べ、社員旅行を実施する企業は大幅に減少している。しかし、2020年の調査では、社員旅行を実施している企業のうち52.3%が

「毎年1回」

実施していると回答している。これは、社員旅行が消滅していくなかでも、一部の企業では

「今なお重要な社内行事」

として位置づけられていることを示している。

 例えば、「熱烈中華食堂日高屋」を展開するハイデイ日高は、2024年2月期の上半期(2023年3~8月)に過去最高の売上高237億9600万円を記録し(前年同期比35.2%増)、社員旅行などの行事に熱心な企業だ。同社の採用情報には、過去の旅行先として

・伊香保温泉(群馬県渋川市)
・草津温泉(同県草津町)
・熱海(静岡県熱海市)
・勝浦(千葉県勝浦市)

などが挙げられており、昭和の社員旅行の定番ともいえる。

 飲食業界が人手不足に悩むなかで、同社は給与面だけでなく、福利厚生を通じて従業員に利益を還元している。また、社員旅行やパーティーを通じて社内のコミュニケーションを円滑にする施策を実施しており、その結果が現在の売上高のアップに寄与していると考えられる。

 社員旅行が本当に社員の結束を高め、企業業績の向上につながるかは単純には判断できない問題だ。バブル期には豪華な社員旅行を実施しながら倒産した企業も少なくない。その一方で、個人主義を徹底していたにもかかわらず経営破綻した企業も存在するからだ。

個人主義が生んだ名門の破綻劇

社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

 1987(昭和62)年1月5日付の『朝日新聞』朝刊に掲載された「会社人間お断り」という記事では、林原という企業が日本的な集団主義を完全に廃止した例として取り上げられている。林原は、トレハロースやインターフェロンの開発で当時世界的なシェアを誇る優良企業だった。記事は、当時の林原健社長(当時)への取材を通じて次のように伝えている。

「「会社人間になってほしくない」とこの44歳の社長は言い切った。新しい時代に応じた「新型社長」である。社歌や社訓、社員旅行、家族ぐるみの運動会などは一切行わない。社員に愛社精神も求めず、個人の生活が豊かになれば自然と会社も大事にするようになると信じている。同社は、岡山の本社や研究所など5カ所に約5億円を投じて立派な食堂を設けた。ホテルやレストランで2000円はかかる料理がすべて300円で提供され、その費用の大半は会社が負担する。社長はこれを福利厚生とは考えず、社員同士が仕事後に付き合うことはない。昼間、ゆったりと食事をしながら情報を交換し、その中から新しい仕事のヒントが生まれればそれで十分だと述べている。食堂への投資は安いものだと考えている」

 一見すると、林原の経営方針は現代の働き方改革の理想を先取りしたように見える。個人の生活を尊重し、社員の自主性を重んじるこの環境は、多くの人が憧れるものかもしれない。しかし、見た目は理想的な個人主義的経営方針は、予期せぬ結果をもたらした。2011(平成23)年、同社は莫大(ばくだい)な負債を抱え、経営破綻に至ったのである。

 2011年2月2日、林原、林原生物化学研究所、林原商事のグループ中核3社が東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請し、3月7日に更生手続きの開始が決定された。翌年の2012年2月1日、林原生物化学研究所と林原商事の2社が株式会社林原に吸収合併され、2月3日には合併後の株式会社林原が100%減資し、長瀬産業(大阪市)の完全子会社となった。

 破綻の理由はさまざまだが、研究開発に没頭していた兄の林原健氏と経理担当の弟・靖氏とのコミュニケーション不足が原因のひとつであると述べている。

 林原の事例は、極端な個人主義が企業の存続に必ずしも最適ではないことを示唆している。結局、会社は

「人の縁や絆」

で成り立っているのだ。組織の健全な運営には、社員同士が自然にコミュニケーションを取り、相互理解を深める機会が不可欠である。そうした観点から見ると、社員旅行は単なる福利厚生の一環ではなく、組織の結束力を高める

「戦略的な施策」

として再評価できる。

 日常業務から離れた環境で過ごすことで、部署や階層を超えた交流が生まれ、新たな発想や協力関係が芽生える可能性もある。つまり、適切に設計された社員旅行は、楽しみながら組織の一体感を醸成する非常に効果的な手段といえるだろう。

 ちなみに林原だが、2024年4月に社名をナガセヴィータに変更した。麦芽水あめ製造で財を成した社名は、これで姿を消したことになる。

つながり重視の企業戦略と14%の実績

社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

社員旅行のイメージ(画像:写真AC)

 この「人と人とのつながり」を重視する考え方は、社員旅行の復活だけでなく、最近の採用トレンドにも反映されている。

 今、企業が注目している採用方法のひとつが「リファラル採用」だ。これは、社員が知人や友人を会社に紹介する新しい形の縁故採用だ。富士通では2018年にこの制度を導入し、2023年度には

「中途採用の14%」

を占めるまでになっている。

 リファラル採用のメリットは、ミスマッチを防ぎ、有能な人材を確保できる点だ。しかし、それ以上に大切なのは、人と人とのつながりから生まれる結束力だ。この採用方法は、既存の社員と新入社員の間に自然な絆を作り出し、組織全体の一体感を高める効果がある。

 こうした流れを考えると、社員旅行の再評価は単なる懐古趣味ではなく、現代の企業が直面する「人と人とのつながり」という課題へのひとつの答えを示しているといえるだろう。

時代遅れ?それとも必要?社員旅行の今

社員旅行に関する調査(画像:サーバーワークス)

社員旅行に関する調査(画像:サーバーワークス)

 ここまで書いてきたが、最後に社員旅行に関する最近のアンケート調査が見つかった。調査対象は全国の20歳以上の会社員550人で、調査期間は2024年5月15日から5月22日まで。概要は次のとおり。

・社員旅行に対するイメージで最も多かったのは「時代遅れ」で24.7%。
・20.2%が「特にイメージはない」と無関心な様子。
・社員旅行を実施している会社は28.4%。
・業種別で社員旅行の実施率が最も高かったのは鉱業(88.9%)、次いで宿泊業(66.7%)。
・実施率が低かったのは金融・保険業(10.7%)、飲食業(12.5%)、情報通信業(18.2%)、ソフトウエア(20.0%)。
・社員旅行が任意参加と答えた人は92.3%だが、そのうち37.2%が「実質強制参加」と感じている。
・日数は1泊2日が43.6%で最も多く、次いで2泊3日が34.0%。
・約4割の社員旅行が平日に行われている。
・社員旅行がある会社の9割の人が参加経験あり。
・参加理由で最も多かったのは「親睦を深めたいから」で42.1%。
・ネガティブな参加理由として「上司に言われた」(24.3%)や「参加しないと気まずい」(22.9%)が約半数を占めた。
・参加者の45.7%が「また参加したい」、42.1%が「内容次第で参加したい」と答えた。

 ちなみに、調査を行ったサーバーワークス(東京都新宿区)では、2019年までは一般的な社員旅行を実施していたが、現在は社員が自由に旅行プランを企画でき、任意の時期に実施できる形式に変更している。この形式により、旅行の満足度を保ちながら、コミュニケーション活性化やエンゲージメントの強化を図っているという。

 あなたは、これらの数値をどう感じるだろうか。そして、社員旅行を復活させるべきだと思うだろうか。

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