片道120km以上の通勤者、コロナ禍で「3割以上」増加の衝撃! 米国研究で明らかに しかしそれは幸せなのか?

通勤時間の逆転現象

日本の通勤イメージ(画像:写真AC)

日本の通勤イメージ(画像:写真AC)

 あなたは勤務先までの往復にどれくらいの時間を費やしているだろうか――。

 コロナ禍の影響で、リモートワークが普及し、私たちのビジネス環境は大きく変わった。特に、首都圏や関西圏の多くの路線では、終電が20分前後早まるという事態が起きた。

 終電の時間が早まると、仕事終わりの“ちょっと一杯”を楽しむお酒好きにとっては、飲みのペースが乱れてしまう。それでも、コロナ禍の間はそもそも外でお酒を飲むこと自体が難しかった。コロナ禍後も夜の街でのお酒離れは完全には戻っていないようだ。

 そうなると、

「いっそのこと会社の近くに住めばいいのではないか」

と思うかもしれないが、どうやら世の中の流れは以前とは変わってきているようだ。実際、コロナ禍後には通勤時間が増えている傾向が見られる。つまり、人々はコロナ禍を経て、勤務先から遠くに住むようになったということだ。

 日本の民間会社の調査でも、コロナ禍後の通勤時間がコロナ禍前よりも長くなり、一週間の通勤回数が減っている傾向が報告されている。一方、米国ではこの傾向がより顕著で、通勤で片道120km(75マイル)以上移動する

「スーパー通勤者(super-commuters)」

がコロナ禍後に大幅に増加しているのである。

米国で広がる郊外生活とワークライフバランス

スタンフォード大学(画像:写真AC)

スタンフォード大学(画像:写真AC)

 スタンフォード大学の研究チームが2024年6月に発表した「The Rise in Super Commuters(“スーパー通勤者”の増加)」という研究では、コロナ禍後に長距離通勤が急増している実態が報告されている。

 車の衛星利用測位システム(GPS)データからわかったことは、米国の主要10都市で64km(40マイル)を超える通勤の割合が増加していることで、特に片道120km(75マイル)以上の移動をする“スーパー通勤者”がコロナ禍後に

「32%」

増加している。

 この背景には在宅勤務の増加がある。コロナ禍で増えた在宅勤務のスタイルが、米国のビジネス環境においてある程度定着した。その一方、日本ではコロナ禍後に出社勤務が徐々に戻ってきているが、米国では在宅勤務がかなり根付いており、以前の状態には戻らないといわれている。

 ムーディズ・アナリティクスの調査によると、2024年第1四半期(1~3月期)の米国のオフィス空室率は19.8%と過去最高を記録した。これは、コロナ禍を経てオフィス需要が低下していることを示しており、在宅勤務が想像以上に定着していることを意味する。

 研究によると、在宅勤務の定着によって毎日の通勤の必要性が直接的に減少し、交通量が削減され、“スーパー通勤者”の移動時間の短縮にもつながることが示されている。つまり、都会で働いていても、コロナ禍後には郊外に住みやすくなったといえる。

 これらの“スーパー通勤者”は、平均で片道2時間20分、往復で約5時間を通勤に費やしているが、コロナ禍前よりは短時間で済むようになり、通勤日も減っているため、長い通勤時間が心身に与える負担も軽減された。

 “スーパー通勤者”は長時間の通勤を選択する代わりに、自然環境に囲まれた広い家に住むことを選び、私生活の充実を重視している。コロナ禍を契機に、広い意味での“ワークライフバランス”を見直す動きが増えているようだ。

スタバCEO、エコと炭素排出の矛盾

カリフォルニア州ニューポートビーチの位置(画像:OpenStreetMap)

カリフォルニア州ニューポートビーチの位置(画像:OpenStreetMap)

 米国では最近、究極の“スーパー通勤者”が現れた。

 世界最大のコーヒーチェーン、スターバックスの新たな最高経営責任者(CEO)、ブライアン・ニコル氏は、カリフォルニア州ニューポートビーチの自宅からシアトルの本社まで、スターバックスの社用ジェット機で片道1600kmの空の旅をして通勤している。

 スターバックスでは、CEOは週に3日以上シアトルの本社に出社することが求められており、ニコル氏はシアトルでの住居を検討中だ。しかし、当面はカリフォルニアの自宅から出勤するために会社のジェット機が提供された。

 シアトルとニューポートビーチ間の飛行は通常2.5~3時間かかり、まさに究極のスーパー通勤といえる。

 スターバックスは紙のストローをいち早く採用するなど、エコな企業として知られているが、膨大な量の二酸化炭素を排出するジェット機を通勤に使うことに対する疑問の声もある。

 サステナビリティを推進している企業として、炭素排出に無頓着に思えるCEOのジェット機通勤は確かに疑問を禁じ得ない。もしかすると、このジェット機通勤の炭素排出量を相殺するために、同企業はカーボンオフセットにも取り組むべきかもしれない。

 また、“スーパー通勤者”の長距離ドライブは、コロナ禍で1度は大幅に削減された炭素排出量を再び増やす要因になる可能性もある。確かに在宅勤務の定着により、全体の交通量がコロナ禍前に戻ることはないと思われるが、大幅に減った炭素排出の削減分を理由に、“スーパー通勤者”が無遠慮に炭素を排出しているようにも見える。

郊外暮らしのトレードオフ

論文「The Rise in Super Commuters(“スーパー通勤者”の増加)」ニコラス・ブルーム教授のウェブサイトより(画像:スタンフォード大学)

論文「The Rise in Super Commuters(“スーパー通勤者”の増加)」ニコラス・ブルーム教授のウェブサイトより(画像:スタンフォード大学)

 この点、日本の長距離通勤は鉄道利用が主であり、炭素排出量の観点からはあまり問題視されない。2019年10月に英ロンドンのマーケティング企業「カンター(Kantar)」が発表した調査では、東京は世界で最も“エコフレンドリー”な通勤環境を整えた都市と報告されている。

 しかし、その一方で、終電が早まるなどのダイヤ改正の影響が大きくなっている。コロナ禍以降、多くの通勤者は自然とワークライフバランスを考えざるを得なくなった。

 ワークライフバランスは“トレードオフ”の関係でもあり、何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。

 コロナ禍後、“スーパー通勤者”は郊外に住みプライベートを充実させている様子が見えてくる。この研究を行ったスタンフォード大学の経済学者、ニコラス・ブルーム氏は、多くの“スーパー通勤者”がこのようなトレードオフをしていると指摘している。

 通勤時間が短い窮屈なアパートに住むか、郊外の広い家に住んで週に数日だけ長距離通勤をするかは、もちろん個人の判断による。自分の仕事スタイルがどちらに合っているのかを慎重に見極める必要があり、いずれは状況が変わる可能性も考慮に入れておくべきだろう。

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