リニア中央新幹線、全リスクを一社で背負う「JR東海」 その未来に迫る危機とは?

リニア中央新幹線の現状

東海道新幹線(画像:写真AC)

東海道新幹線(画像:写真AC)

 リニア中央新幹線の静岡工区をめぐる政治的な論争や、「国商」「最後のフィクサー」と呼ばれた名誉会長・葛西敬之氏(2022年没)などの影響もあり、JR東海は多くの人にとって複雑なイメージを抱かせる存在かもしれない。しかし、一般の人たちが本当に知りたいのは、創業以来の長い歴史に刻まれた、同社の鉄道事業の成功と未来への壮大なビジョンではないか。本連載「リニアはさておき」では、創業から現在に至るまでの歴史を掘り下げ、鉄道事業の神髄を探っていく。

※ ※ ※

 これまでJR東海の概要や鉄道事業、関連事業について見てきたが、連載の最終回では将来展望について考えたい。特に、これまで「さておかれていた」リニア中央新幹線について触れる。まず、その現状を整理してみよう。

 2024年3月期決算の説明会資料によると、

・工事の完了予定時期:2027年(令和9年)以降
・品川~名古屋間の工事予算:7.04兆円

となっている。工事の遅れと聞くと、真っ先に静岡工区問題を思い浮かべるかもしれないが、JR東海は

「静岡工区以外でも難易度の高い工事を控えており、課題を一つ一つ着実に解決しながら進める」

としている。予算については、2021年3月期の決算発表で、これまでの見込み額5.52兆円から7.04兆円(28%増)になると公表済みだった。工事費増加の理由は、

・難工事への対応
・地震対策の充実
・発生土の活用先確保

などを挙げている。ただ、2024年3月末時点における用地取得状況、発生土活用先の確定状況は、

・用地取得状況:約75%
・発生土活用先の確定状況:約80%

であり、関係者を交えて解決しなければならない課題がまだ残されている。工事の完了予定時期を確定できないのはもちろん、工事費がさらに膨れ上がる可能性すら残されている。

運輸収入依存のリスク浮上

2024年5月2日発表「2024年3月期 決算説明会 主なQ&A」より(画像:JR東海)

2024年5月2日発表「2024年3月期 決算説明会 主なQ&A」より(画像:JR東海)

 工事の完了予定時期が伸びることについて、JR東海は

「一般論として、工期が伸びた期間分、東海道新幹線等から得られるキャッシュフローが蓄積され、資金調達の額が減少するため結果として財務上の負荷が軽くなる」

としている。もちろん、工期が伸びることで費用が増える可能性はあるが、全体としてはコストに影響を及ぼすものではないという。

 中央新幹線の建設にあたっては、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)から計3兆円を利率0.6~1.0%で借り入れた。工事費の増加分は自前で調達することとなるが、工事費の見直しでは追加の調達分の利率を3%と試算している。工事費の増加額と調達する資金の利率が、今後の行方を左右するかもしれない。

 また、JR東海が蓄積するキャッシュフローは、そのほとんどが運輸収入からである。つまり、自前の建設資金を蓄積する、あるいは長期債務を返済するにしても

「運輸収入次第」

で状況が大きく変わるリスクを抱えている。その端的な例が、コロナ禍の運輸収入の落ち込みだ。単体の営業収益の推移、

・2018年:1兆4648億円
・2020年:5417億円
・2023年:1兆4173億円

からすると、新型コロナウイルス感染拡大のダメージがいかに大きかったかがわかる。今後も、新たなパンデミックや自然災害によって営業収益が大幅に減少する可能性がある。とはいえ、JR東海は

「健全経営と安定配当を堅持できないと想定される場合には、工事のペースを調整し、十分に経営体力を回復することで、工事の完遂を目指す」

としており、財務的に問題が生じれば完成時期が“ただ遅れるだけ”といえなくもない。

実用化への道筋と不安

葛西敬之氏の著書『飛躍への挑戦』(画像:ワック)

葛西敬之氏の著書『飛躍への挑戦』(画像:ワック)

 超電導リニアの開発も、中央新幹線のインフラ建設と同時に着々と進められているが、決して完成しているわけではない。

 2009(平成21)年7月、超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会において

「超高速大量輸送システムとして運用面も含めた実用化の技術の確立の見通しが得られた」

と評価され、2011年5月に超電導リニアが中央新幹線の走行方式として採用された。以降、技術開発は着実に進められているが、高温超電導磁石の運用安定性の確立など対処すべき課題が残されている。インフラ部分の建設に時間がかかることから、技術的に見通しがたったとして、その間のブラッシュアップ込みでリニア方式を採用するのは理にかなっている。

 あとは、インフラが整うまでに実用レベルのコストに見合った超電導リニアが完成するかどうかだ。2024年3月の決算短信では

「高温超電導磁石について、営業車両への投入を前提に一層のコストダウンを進めるとともに、安定運用に向けたさらなる検証を進めます」

としており、技術的には完成レベルに漕ぎ着けているものの、現時点では“実用に耐えうるコストレベル”にほど遠いのかもしれない。

 リニアが実現しない万が一について、葛西敬之氏の著書「飛躍への挑戦」(ワック)にこう書かれている。

「超電導リニアの実用システムを開発することが山梨実験線の目的だが、土木構造物の基幹部分は汎用である。最悪の場合は鉄輪系でいかざるを得ないことも考慮し、その際、実用線の一部としても使えるように勾配を40パーミルに抑えることにした」

と。実際のところ山梨実験線以外の区間も、最急勾配40パーミル(水平距離1000mに対して、垂直距離が40mの勾配)となっており、かつ上下線の軌道中心間隔、トンネルも東海道新幹線より大きく設計されている。

 超電導リニアが実用レベルに達し、リニアによる中央新幹線が実現すれば、それは夢の実現であり、かつ交通革命でもあり大きなインパクトを社会に与えるだろう。しかしその一方で、課題が解決できない、あるいは実用レベルのコストを達しえず、

「新幹線方式による中央新幹線」

へ英断を迫られる世界線もまだ残されている。

一元化のリスクと覚悟

リニア中央新幹線(画像:写真AC)

リニア中央新幹線(画像:写真AC)

 東海道新幹線および中央新幹線を中心としたブレない経営姿勢を貫いてきたJR東海。東海道という“日本経済の生命線”といえる大動脈を維持する同社のミッションは、これからも変わることがないだろう。

 もしアキレス腱があるとすれば、中央新幹線の建設・運営の一元化により、

「あらゆるリスクを一社で背負ってしまった」

ことかもしれない。予期しなかった建設費増大建設にともなうトラブルといったリスクを回避するため、建設を鉄道・運輸機構に任せるなどの方法もあったはずである。

 静岡工区問題やその他地域の地下水位低下問題も、結局一元化することでJR東海が矢面に立たざるを得なくなってしまったといえる。もちろん、今後異なる形のトラブルが噴出した場合も、JR東海自らが対処し解決していかなければならない。

・実用レベルコストの超電導リニアの実現
・パンデミックなどによる営業収益の低下
・さらなる工事費の増大
・建設にともなうトラブル

全ては未来のことであり実際にどうなるのか誰もわからない。

 今現在できることは最悪の事態に備えつつ最善を望み、ベストを尽くすことだ。完成がいつになるか未定であるが、描いてきた未来予想図どおりにリニアによる中央新幹線が開業することを願って連載を終えよう。

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