海自「潜水手当不正受給」の深層! 元中級幹部が語る“偽装報告文化”の闇とは

隠蔽文化が生んだ闇

海上自衛隊(画像:写真AC)

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 海上自衛隊の不祥事が続いている。2024年7月には護衛艦での不適切な情報取り扱い、潜水艦乗員の金品受取、潜水員による潜水手当の不正受給といった事件が相次いで報じられた。

 潜水手当の不正受給では多数の懲戒免職者を出すに至った。書類上だけ潜ったこととして手当を受給する。その行為の悪質さが問題となった結果である。

 なぜ、このような不正受給が続いてきたのか。

 その背景には海自の

「メイキング文化」

がある。“偽装報告”を指す隠語で、

・やっていない仕事
・失敗した仕事
・見栄えが悪い仕事

を書類の上でごまかす行為である。この悪習に慣れすぎた結果、金銭に関わる事項まで偽装してしまったのである。

海自とメイキング

海上自衛隊(画像:写真AC)

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 メイキングは海自のいたるところに存在している。筆者(文谷数重、軍事ライター)は元3等海佐(中級幹部)で、15年間ほど働いたが存在しない部署はなかった。

 駆け足や水泳では日常的である。例えば、部隊全員が1日4km以上を走る行事を始めると頻発する。指揮官が未達成を責めると各隊とも達成率100%で報告を上げる。タイムも全て基準を満たしたとなる。

 ただ、別段に罪もない行為である。人事評価に関連する体力検定と水泳検定以外はどうでもよい。人の生死には関係しないし国にも損害は与えない。

 安全対策となると、やや問題となる。メイキングで安全教育や安全点検を実施したとすると事故が起きた際に責められる。本当に実施していれば事故は防げたからだ。

 筆者は救命器材教育で見つけた。持ち回りで安全係士官をやっていた時、下士官から登場間もない自動体外式除細動器(AED)の教育報告があった。書面には1台の器材しかないのに実施時間15分で60人が実操作をしたことになっていた。

 接地抵抗の測定でも上がってきた。同じ下士官が百台を超える電気機器の接地抵抗を、しかも半日で調べ上げたとの報告である。記載の数字は去年の抵抗値そのままであった。もう信用できないので二週間かけて筆者が測定した。

 ちなみに普通なら見抜けない。大抵は自然な仕上がりにする。所要時間と人員数は合わせる。測定値は前回値と多少はズラすし記載の筆跡もバラつかせるのが通例である。

インド洋給油とメイキング

海上自衛隊(画像:写真AC)

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 20年前にニュースとなったインド洋給油問題の背景でもある。

 原因そのものは市ヶ谷における給油実績量の取り違いとされている。

 ただ、本当の数字も横須賀でのメイキングで分からなくなっていた。現地報告の段階で実績量には不整合が生じていた。それを

「見栄えが悪い」

と悪意なくメイキングした結果である。当時、総監部内ではそういわれていた。

 担当が艦艇系士官だった影響もあるだろう。護衛艦では報告ほかの体裁にやたらと厳しい。数字の異同や不整合も責めたてられる。それをメイキングで解決する傾向がある。

 後には、別の艦艇系士官からは航跡メイキングを美談として聞かされた。

「護衛艦で漁網を切ったが、気の利いた先任下士官が即座に海図上の実航跡に消しゴムをかけて証拠隠滅した」

話である。筆者の商売は周辺対策であり配置次第では漁協に日参する。それを知らず口を滑らせたのだろう。

 漁協も先刻承知である。密漁対策でレーダや暗視装置を備えている。ただ、裁判は面倒な上に公事倒れなので泣き寝入りをしているだけだ。

潜水訓練の面倒を嫌った

海上自衛隊(画像:写真AC)

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 潜水手当の不正請求は、このメイキングの結果である。間違いなくそう判断できる。

 根底には飽和潜水の面倒がある。潜るのはよいが地上に戻るための減圧作業に1週間やそれ以上もかかってしまう。

 本番ならばいとわない。艦船沈没や航空機墜落での救難や原因究明なら潜水員はプロの沽券(こけん)にかけて遂行する。その後に1週間や2週間に及ぶ減圧があっても辛抱する。

 ただ、訓練は勘弁してくれとなる。潜水員からすれば「年間計画に載っている」だけで1週間以上も家に帰れず、娯楽もプライバシーもない減圧室で過ごすのは御免である。潜水員以外も安全のために付き添う面倒をがある。

 それをメイキングで解決した。年間訓練の一部、あるいは全てを実施した体裁とした。それが今回の事件である。

手当の辞退はできない

海上自衛隊(画像:写真AC)

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 ただし、その場合には潜水手当の問題が生じる。飽和潜水では比較的高めの手当が出る。民間海洋土木の潜水作業単価と比べると少額だが自衛隊内では破格である。

 本来なら辞退しなければならない。飽和潜水の心身負担、危険、苦痛、拘束と引き換えである。潜水作業がなければ手当もないからである。

 ただ、辞退すると不都合が生まれる。

 まず手当不受給はメイキングの白状に近い。年間の業務計画が未達成であり潜水員としての資格維持の基準を満たしていない、それが事実なのだが、それを疑われてしまう。

 また、予算配分とも衝突する。行政機構の習性として潜水手当を使い切らなければならない。実際に、翌年度以降の要求や配分にも影響する。実働時の潜水手当が足りなくなる事態も生じうるのである。

 だから不正受給に至ったのである。手当がほしくて不正受給したのではない。それならば訓練を実施すれば済む。そうではなく

「訓練の面倒」

が先にあってメイキングでごまかした。その偽装を完成させるには手当も受給しなければならない。

 つけ加えれば、事実上の強制でもある。ひとりが「不正受給となるので辞退する」といっても通用しない。それにより同僚の不正受給が疑われる。下士官兵の世界ではそれは許さない。

外形しか見ない

海上自衛隊(画像:写真AC)

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 なお、書類さえそろえば手当は支給される。外見上、形式を満たしてさえいればよい。

 性悪説にたったチェックはない。メイキングの雰囲気があってもそのまま通る。

 経理は意識して関心を寄せない。仮に雰囲気で察したとしよう。それでも積極的には動かないだろう。自分の立場が悪くなるだけでしかない。艦艇ならなおさらである。

 ただ、自らの安全は確保している。法規、特に予決令の縛りから不正請求には加担できない。そのため距離をおく。仮に表面化してもだまされた形となるようにしておく。

 指揮官等も似たようなものだ。雰囲気を察してもそのままにしている例は、おそらくであるが多い。

 さらにいえば是正する力もあまりない。下士官は慣習で動く。問題意識を持った士官が「金銭に絡むメイキングだけはやめてくれ」といっても聞かない。内心では

「昔からこうしていた」

と反発する。以前よりも注意深く偽装するくらいである。

 できるのは実作業に立ち会ってメイキングをさせないくらいだろう。目の前なら正規どおりの作業はする。なお、怪しい作業は時間外や休日が多いのでこのやり方では休日出勤も必要となる。

 そして、そこまで努力しても当の士官が異動すれば終わる。大抵は元の木阿弥である。

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