北陸新幹線「大阪延伸」で着工5条件が骨抜き? 関西政財界からも「費用負担再検討すべき」の声、議論の手法に問題はなかったのか
費用増と地下水リスクへの懸念
北陸新幹線の大阪延伸で整備新幹線の着工5条件が“骨抜き”にされかねない状態になってきた。費用便益比の計算方法や地元負担のあり方が見直される可能性が出てきたためだ――。駅を出ると巨大なイオンモールが見える。周囲はマンションや戸建ての住宅地。京都市南区のJR桂川駅は下京区のJR京都駅から2駅なのに、寺社や町家が多い京都の街並みと異なり、どこにでもありそうな郊外の風景に囲まれている。そんな桂川駅が今、注目を集める場所に変わった。北陸新幹線の大阪延伸で京都市に設置する駅候補地に挙げられたからだ。
国土交通省の案では、北陸新幹線は京都府北部を南下したあと、地下約50mの大深度で桂川駅の地下にやってくる。
新幹線停車駅に決まれば、新京都駅などの名称をつけ、京都市を代表する駅のひとつにすることが検討されている。しかし、駅前にいたタクシー運転手(64歳)は
「京都市西部が発展するチャンスだが、歓迎ムードはない。地下水への影響や事業費増加など問題が多すぎるからやろ」
とそっけない。
国交省が詳細ルート案を提示
国交省が与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(PT)の北陸新幹線整備委員会に示した京都市の停車駅候補は3案。桂川駅のほかは、京都駅南の地下が予定地で、
・東西方向に設置する案
・南北方向に通す案
が出た。東西案は市営地下鉄烏丸線の下を通るため深さ約50mの大深度、南北案は通常の深さで地下にホームを置く。
トンネルはシールド工法(シールドマシンと呼ばれる大型の掘削機を使って掘り進める工法。主に都市部や地下水位が高い地域での建設に利用される)で進める。懸念の声が出ている地下水への影響について、国交省は提出資料で
「影響を解析したところ、地下水位低下域の発生が予測されなかった。地下水への影響は発生しない」
とデータを示さずに断言した。
東西案と南北案は在来線への乗り換えに便利だが、福井県敦賀市から大阪市を結ぶ小浜・京都ルート全体の概算事業費が3.7~3.9兆円かかり、桂川案の約3.4兆円を上回る。桂川案は都駅で在来線に乗り換えるまでに
「20分近くかかる」
のが難点だ。
概算事業費は将来の物価上昇を考えれば、最大5.3兆円に膨らむ可能性があると試算された。2016年試算の2.1兆円と比べれば2倍以上。工期も15年から最長28年に伸びた。社会情勢の変化でさらなる増額も考えられ、このままでは整備新幹線の着工5条件を満たすことが難しい。
投資効果や財源の地元負担が焦点に
整備新幹線の着工5条件は、
・安定的な財源見通しの確保
・収支採算性
・投資効果
・営業主体となるJRの同意
・並行在来線経営分離についての沿線地方自治体の同意
となる。北陸新幹線の他区間や岩手県盛岡市以北の東北新幹線、九州新幹線などは、国交省が5条件を満たすことを確認したうえで着工してきた。
問題は「投資効果」だ。2016年試算は費用対効果を現わす費用便益比がわずかに「1」を上回る程度だったが、事業費の大幅増で1を下回りそう。1を下回る数値は
「費用に見合う投資効果がない」
ことを意味する。国交省は駅の位置が決まってから、費用便益比を算出する方針だが、与党PT内ではより大きな投資効果が出るよう計算方法の見直しを求める声が出ている。
地元負担についても見通しは厳しい。整備新幹線の事業費はJRへの貸付料を除いた残りを
・国:3分の2
・地元都道府県:3分の1
の割合で負担する。駅の建設費は都道府県負担額を算出し、その10分の1が各市町村の負担になる。
京都府は現状のままだと2028年度に約200億円の財源不足が生じる見込み。京都市は深刻な財政難で大幅なコストカットを続け、2022年度一般会計決算で22年ぶりに黒字転換したばかり。ともに苦しい財政だけに、京都府は「受益に見合う負担に」(府交通政策課)、京都市は
「実質ゼロか極小化してほしい」(市総合政策室)
と訴えている。
これを受け、与党PTには国の交付税措置率を高めるなどして地元負担を軽減しようとする動きがある。だが、着工5条件が唐突に骨抜きになる形だけに、整備新幹線が開通した別の自治体担当者は個人的見解と断りながら
「整備途中で見直すのは不公平だ」
と首をかしげた。
与党PTは次の整備新幹線も視野
与党PTも苦しい立場だ。整備新幹線のスキームは地元が新幹線をほしがることを前提に作られている。
・住民の反対で着工のめどが立たない事態
・自治体が地元負担の大幅軽減を求めるケース
は想定していない。
しかも、与党PTは現在整備中の路線に続く次の整備新幹線を視野に入れている。手を挙げている地域は山陰や四国などで、整備中の区間より人口が少なく、自治体の財政規模も小さい。着工5条件が今のままなら、投資効果や財源見通しが妨げになる。
与党PT整備委員会の西田昌司委員長は8月上旬の記者会見で
「国策だからやらねばならない」
と力を込めた。この方向で進めない限り、整備新幹線網の拡大が難しいことを示した発言と見られる。
新幹線を使うのは地元だけではない。北陸新幹線の大阪延伸区間も全国の人が利用する。受益者も地元に限らない。このため、京都府が訴えるように
「費用負担のあり方を再検討すべき時期に来た」
と考える声が関西の政財界で出てきた。一律の地元負担を受益に見合う負担に変えようというわけだ。
その一方で、2月に就任した松井孝治京都市長は7月の記者会見で
「この国家的事業に向き合うには環境への影響やコストを厳密にとらえなければならない」
と述べた。京都新聞社が21日に配信したインタビューでも慎重姿勢を強調している。就任後、大阪延伸に対する見解表明を避けてきたが、反対寄りに一歩踏み出したと受け止めた市民が少なくない。
延伸ルートに反対してきた市民団体も反発を強めている。北陸新幹線京都延伸を考える市民の会会員で、元京都大学農学部教授の石田紀郎さんは
「京都市内3案のどれを見ても、京都を壊すむちゃくちゃな計画。計画は中止するしかない」
としている。
与党PTはいったん立ち止まったうえで先に着工5条件見直しを打ち出してから、延伸区間を議論すべきでなかったか。小浜・京都ルートの整備を急ぐだけでは、混乱がさらに深まるばかりだ。
08/24 06:11
Merkmal