糾弾か熟考か 自動車メーカーがこぞって「不正」に走る根本理由 交錯する“正義”は糺せるのか?

不正が起こる三要素

2022年10月31日撮影、東京都内の自動車ショールームに掲げられたトヨタのロゴマーク(画像:AFP=時事)

2022年10月31日撮影、東京都内の自動車ショールームに掲げられたトヨタのロゴマーク(画像:AFP=時事)

 2023年はダイハツによる国の認証取得における不正が発覚し、2024年になってからはトヨタ、ホンダ、マツダなどのメーカーで同じく認証取得における不正が発覚した。

 こうしたニュースを聞くと、企業の倫理観の欠如がこのような不正を生み出しているのだと考えてしまうが、今回紹介する中原翔『組織不正はいつも正しい』(光文社)は、そうではなく、組織内のある種の

「正しさ」

が不正の原因となっていると主張している。

 不正がなぜ起こるのかという問題については、「不正のトライアングル」という考え方がある。これは不正が起こる要因を

・機会
・動機(プレッシャー)
・正当化

の三つで説明しようとするものである。

 まず、不正を行うにはその「機会」が必要であり、その機会を持った人に「動機」あるいは、そうせざるを得ないようなプレッシャーがかかっていることが必要になる。そして、この不正が何らかの理由で「正当化」されることが必要だというのだ。

 もちろん、この三つの要因がそろったからといってすべての人が不正をするわけではない。ただし、三つの要因がそろうと、不正に無関心で不正をしようとは考えてもいない人が不正に走ることもあるという。

 不正をする人間というと、周囲から孤立しているエゴイストのような人物像が想定されがちだが、社会学者のドナルド・パルマーによると、むしろ

「周囲に溶け込んでおり、自分や組織の成長のために働こうとする人」

が不正を働くという。2019年には大和ハウス工業で実務経験をごまかして施工管理技士の資格を不正に取得する事件があったが、これも個人や組織の成長を目指すための目標が大規模な組織的不正を生み出したケースだといえる。

燃費不正の実態

ダイハツ工業のロゴマーク(画像:時事)

ダイハツ工業のロゴマーク(画像:時事)

 本書では、

・三菱自動車やスズキによる燃費不正事件
・東芝の不正会計事件
・小林化工や日医工でのジェネリック医薬品の不正製造事件
・大川原化工機事件

の四つのケースを分析しているが、ここでは本書の分析枠組みがうまく当てはまっていると思われる三菱自動車やスズキによる燃費不正事件を中心に、本書が提示する組織不正のロジックを紹介したい。

 三菱自動車とスズキの燃費不正は2016年に発覚した。2015年にフォルクスワーゲンがディーゼルエンジンの排ガス規制を不正なソフトウエアを使ってクリアしていたことが明らかになってから、日本でも各社で燃費や排ガス検査における不正が明らかになった。

 三菱自動車とスズキだけではなく、2018年にかけて、スバル、日産自動車、マツダなどでも燃費に関わる不正が明らかになっている。

 三菱自動車とスズキの不正は、燃費の計測において国が定める測定方法を使用していなかった不正だった。

 三菱自動車は日産とNMKVという会社を作り、そこからの委託生産という形でekワゴンなどで知られるekシリーズを生産していた。しかし、日産が燃費を計測したところ、三菱自動車が実際に測定していた実測値と国土交通省へ届け出ている届け出値が大きくかけ離れていることが判明し、三菱自動車側でも調べたところ、燃費試験のデータを不正に操作していたことが発覚した。

 さらなる調査の結果、三菱自動車が過去10年間に製造・販売していた自動車においても燃費試験の不正が行われていたことが判明している。

不当な測定方法

三菱自動車のロゴ。2020年1月22日撮影(画像:EPA=時事)

三菱自動車のロゴ。2020年1月22日撮影(画像:EPA=時事)

 この不正の内容は、国交省が1991(平成3)年に定めた

「惰行法」

と呼ばれる測定方法に沿わない形で燃費を測定していたことだった。

 惰行法とは自動車を惰行させるように走らせて車にかかる抵抗を測定するもので、この走行抵抗をもとに燃費が算出される。

 惰行法では、時速20kmから90kmまで10km単位の速度を基準とし、ギアをニュートラルにした状態から指定速度+5kmから指定速度-5kmになるまでの惰行させるように走らせる(基準が時速90kmなら時速95kmから85kmになるまで)。これを最低3回計測して、平均惰行速度を求め、車にかかる走行抵抗を測っていくというものだ。

 ところが、三菱自動車は

「高速惰行法」

という時速150kmから惰行を始めるという方法で測定していた。スズキの不正も同じように惰行法を使用していないものだった。スズキは三菱自動車とは違い、

「装置毎の積上げ」

と呼ばれる方法で走行抵抗を測定していた。これは

・タイヤ
・ブレーキ
・ホイールベアリング
・サスペンション

などの部品ごとの抵抗値を求めて、それらを合計することで自動車全体の走行抵抗を求める方式になる。スズキで対象になったのはアルト、アルト ラパン、ワゴンRなどの26車種にも及んだ。

惰行法の実施困難

ジャパンモビリティショーに出展したスズキのロゴマーク(画像:時事)

ジャパンモビリティショーに出展したスズキのロゴマーク(画像:時事)

 なぜ両社は惰行法を使わずに「不正」を行ったのだろうか。

 不正を認める記者会見のなかで、両社とも惰行法の難しさを語っている。三菱自動車によると、風や気温が変化しやすい日本では惰行法での測定が難しく、タイで測定を行っていたという。さらに調査報告書でも惰行法での測定は

「よほどの条件が整わない限り不可能であった」

と説明されている。

 スズキも、記者会見において惰行法の難しさを指摘したうえで、燃費をよく見せるためではなく

「より正確な燃費を測定するため」

に惰行法を使わなかったと述べている。

 三菱自動車の採用していた高速惰行法は米国で使用されていたコーストダウン法という測定方法をもとに開発されたものであり、スズキが「装置毎の積上げ」で測定していたのは

「欧州での認証を得るため」

にこのようなやり方で測定していたからだった。つまり、両社とも国際的に見れば

「正しい」

方式で測定したことになる。

国際基準と不正の背景

中原翔『組織不正はいつも正しい』(画像:光文社)

中原翔『組織不正はいつも正しい』(画像:光文社)

 では、なぜ日本ではこのように測定が難しい方法が採用されていたのだろうか。

 当時、日本では

「JC08モード」

という燃費基準が採用されており、そこで惰行法が採用されていた。このJC08モードは、それまでの「10・15モード」で計測した燃費が実燃費とかけ離れてるとの声を受けて2011(平成23)年に採用された方式であったが、それでも同一車種の場合、米国の燃費基準よりも燃費値がかなりよくなるといわれていた。

 例えば、当時のプリウスの燃費について、米国の基準では24kmほどだったが、JC08モードでは40.8kmになったという。このJC08モードは2018年に「WLTPモード」という国際的な燃費基準に切り替えられている。

 日本は独自の基準を捨て去ることになるわけだが、政府(国交省や経産省)があえて独自の基準にこだわっていた裏には、

「日本車の燃費をよく見せたい」

という考えが存在していたと思われる。ところが、燃費がよく見えるとはいえ、この測定方法は実施が困難で、三菱自動車やスズキは「不正」に走ってしまったのだ。こうして見ると、

・行政側:日本車の燃費をよく見せたいという「正しさ」
・三菱自動車やスズキ:実施困難な測定方法にこだわるよりも海外でも採用されているやり方で燃費を示せばいいという「正しさ」

があったことが見えてくる。

 もちろん、三菱自動車やスズキの行ったことは「不正」なのだが、その背景には規制をかける側と守る側の

「コミュニケーション不足」

があったともいえるのだ。2024年になって発覚したトヨタの不正でも、日本の基準よりも厳しい米国向けの基準でテストを行ったことが含まれていたという。

 本書は、規制をかける側と守る側がそれぞれの「正しさ」にこだわるのではなく、コミュニケーションを通じてよりよい「正しさ」を追求していくべきだということを教えてくれる本である。

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