ホンダの電動化10兆円投資に世界が注目する理由 中国も「未来を見据えている」と絶賛、EV開発にとどまらない「事業構造改革」の本気度とは

自動車業界の大変革

ホンダのロゴマーク。2022年11月8日撮影(画像:AFP=時事)

ホンダのロゴマーク。2022年11月8日撮影(画像:AFP=時事)

 世界の自動車産業は今、かつてない激動のなかにある。各国の環境規制の強化を背景に、電気自動車(EV)へのシフトが加速している。しかし、この変化の過程は、自動車メーカーにとって新たな課題も浮き彫りにしている。

 日本を代表する自動車メーカーであるホンダは、2040年までに販売する全車両をEVや燃料電池車(FCV)に置き換えるという野心的な目標を掲げている。しかし、その前途は平たんではない。変化のスピードが増す市場環境のなかで、競合他社との開発競争も激化している。サプライチェーンのリスクや原材料価格の高騰など、克服すべき課題も山積している。

 また、6月2日には、ホンダが過去に販売した22車種の騒音試験や原動機車載出力試験で不適切な行為があったと報じられた。これらの車種について、試験条件からの逸脱や実態に合わないデータの記載などの不正が行われていたという。社内調査の結果、ホンダはすべての評価項目が法的基準を満たしていると説明しているが、三部敏宏社長は「遵法性の意識に大きな問題があった」と認め、反省の弁を述べている。

 この問題は、自動車業界全体の信用にかかわる重大な問題である。EVシフトという大きな変革のなかで、メーカーには確かな技術力に加え、高い倫理観やコンプライアンス意識が求められる。こうした逆風のなかでも、ホンダのEVシフト加速の方針は続いている。その挑戦はいかに目覚ましいものなのか。今回は、ホンダのEV戦略の詳細と、課題を克服するための取り組みについて解説する。

EVハブ構想の具体策

オハイオ州メアリズビル(画像:OpenStreetMap)

オハイオ州メアリズビル(画像:OpenStreetMap)

 ホンダは、2030年度までに電動化とソフトウエア開発に10兆円もの巨額投資を計画している。この投資額は、同社の全研究開発費の6割以上を占める、極めて大胆な経営判断だ。

 また、同時に事業の構造改革も進めている。EV関連の投資を増やす一方、エンジンなどのガソリン車向け投資は大幅に絞り込むというものだ。2030年度までに生産コストを35%削減するという高い目標も掲げている。事業改革の具体策のひとつが、北米での

「EVハブ構想」

である。これは、2026年までに、オハイオ州の工場群をEV生産の一大拠点に育て上げる計画だ。なかでも、1982年から操業を続けるメアリズビル工場は「EV化のマザー工場」としての役割を担う予定となっている。電動化の要となる工場である。

 米国のEV関連専門ニュースサイト「エレクトリファイニュース」2024年4月22日付け記事によると、メアリズビル工場では300人の新規採用を行うとともに、既存300人の従業員のスキルアップを図り、新しい生産に対応できる体制を整えている。ここでは

「オハイオ州のEVハブは、ホンダのEV生産施設にとどまらない。米国のEV製造における重要なリーダーになる予定だ(The Ohio EV Hub is more than just a production facility for Honda’s electric cars – it is set to become an important leader in American EV manufacturing.)」

と指摘している。

 前述のとおり、ホンダは2040年までに、販売する車両のすべてをEVとFCVに置き換える目標を掲げている。この高い目標の実現には、北米市場での電動車生産体制の確立が不可欠だ。オハイオEVハブの立ち上げは、その実現に向けた大きな一歩といえるだろう。

投資計画が注目されるワケ

0シリーズ コンセプトモデル「SALOON」(画像:本田技研工業)

0シリーズ コンセプトモデル「SALOON」(画像:本田技研工業)

 このようにホンダのEV戦略は、投資規模の大きさだけでなく、その具体的な取り組みにおいても注目を集めている。特に、長年にわたり同社の北米事業の中核を担ってきた工場群をEV生産拠点に転換する点は、ホンダの電動化へのコミットメントを象徴している。

 海外メディアの評価が示すように、ホンダのオハイオEVハブ構想は、同社が北米市場でのEV展開を加速し、業界をリードしていく上で重要な役割を果たすことになりそうだ。

 電動化とソフトウエア開発への投資額10兆円という金額は、自動車業界でも類を見ない巨額の投資だ。欧米メディアや中国メディアでは、いずれもこの金額の大きさが大きく報じられている。

 ホンダの投資計画が注目されるのは、その“規模”だけが理由ではない。投資の中身が、単なるEV車の開発にとどまらず、

「事業構造そのものの変革を目指す」

ものだからだ。エンジン関連の投資を大幅に絞り込み、電動化に経営資源を集中させる方針は、同社の“本気度”を端的に示している。

 そうしたなか、ホンダのEV戦略を象徴する新世代EV「0シリーズ」は、2026年の投入開始を予定している。この同シリーズは、軽量化と空力性能、優れた操縦安定性を武器に、“走る喜び”を極限まで追求した渾身(こんしん)の1台となる。

 0シリーズでは、アルミ製シャシーや小型・軽量化したパワートレインの採用で車重を大幅に低減。バッテリーも車体の床下に配置し、低重心化を図ることで、ドライバーの意のままに曲がる「マシンとの一体感」を生み出すのが特徴だ。一充電あたりの航続距離は480km以上(EPA)、急速充電にも対応し、利便性も高い。外観は空気抵抗を抑えたスマートなスタイリングが目を引く。

 0シリーズは、2026年発売のセダンを皮切りに、2030年までに計7車種を投入する計画だ。セダンやスポーツタイプ多目的車(SUV)など、多彩なラインアップを展開することで、幅広い層のニーズに応える。ホンダのEVの象徴となる0シリーズが、日本のEVのスタンダードとなるかが注目される。

目指す持続可能社会

2024年5月23日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

2024年5月23日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

 こうしたホンダの電動化戦略は、車の未来を見据えた「持続可能性」の追求でもある。

 同社は2021年4月、2050年までにグローバルでのCO2排出を実質ゼロにする目標を打ち立てた。この野心的な目標の背景には、1960年代からの大気汚染防止の取り組みや、世界初のマスキー法クリア車の開発など、長年にわたる環境技術への取り組みの歴史がある。

「地球環境を守る」

というホンダの思いは、同社の企業文化に深く根付いている。

 ホンダは、EVシフトと並行して、再生可能エネルギーの活用も推進。2019年には欧州の各生産拠点で使用電力の100%再エネ化を達成し、2050年には世界全工場での再エネ比率100%を目指す。

 また、次世代電池技術の開発にも注力する。より高性能で低コストな全固体電池の早期実用化を目指し、2024年春には実証ラインの稼働を開始。2030年代後半の量産化をめどとしている。全固体電池の実現は、EVの普及を大きく後押しするとともに、ホンダの電動化戦略のカギを握る技術となるだろう。

 さらに、挑戦は四輪車だけにとどまらない。電動二輪車や船外機、発電機など、あらゆる事業領域で移動と暮らしの価値創造に取り組む。

・排出ゼロ
・資源循環
・グリーン電力

が当たり前の社会の実現に向け、ホンダは持続可能なモビリティ社会を予見した戦略を進めている。

 こうしたホンダの取り組みは、海外メディアからも注目を集めている。米国の自動車業界のB2B関連情報を扱う「フューチャー・モビリティ・メディア」は、2024年1月10日付けの記事で次のように報じている。

「この動きは、より持続可能なバッテリー駆動の輸送ソリューションへの移行に対するホンダのコミットメントを象徴するものである(This move symbolizes Honda’s commitment to transitioning towards more sustainable, battery-powered transportation solutions.)」

 さらに記事は、ホンダがEVシフトで欧米ライバルに後れをとっていたことを指摘しつつ、

「しかし、ラスベガスで開催されたCES見本市で「ホンダ0シリーズ」とふたつのコンセプトモデルを発表したことで、ホンダはEV市場でのペースを加速させる構えだ。このシリーズは、2040年までにホンダの新車販売のすべてをバッテリー車とFCVにするというホンダのミッションにおける大胆な表明である(However, with the unveiling of the ‘Honda 0 Series’ and two concept models at the CES trade show in Las Vegas, Honda is poised to accelerate its pace in the EV market. This series is a bold statement in Honda’s mission to have battery-powered and fuel-cell vehicles comprise all of its new car sales by 2040)」

とも評している。

中国市場で評価高

「Ye」シリーズ(画像:本田技研工業)

「Ye」シリーズ(画像:本田技研工業)

 ホンダは中国でも高い評価を得ている。2024年5月21日付けの中国の自動車関連ニュースサイト「易車(車は簡体字)」の記事は、中国で展開されるS7とP7を取り上げ、CATLと提携したバッテリーがホンダの既存の新エネルギー車に大きな違いをもたらすと指摘している。

 ホンダ中国で注目されている点は興味深い。2023年の中国のEV販売台数は約810万台で世界全体の約6割を占め、前年比37%増と高い成長率を維持している。いうまでもなく世界最大の市場であり、国内外の自動車メーカーが激しい競争を続けている。そんななか、ホンダは合弁会社の東風ホンダ、広州ホンダを通じて着実に知名度を上げている。

 中国メディア「深センニュース」は2024年6月1日付けで、ホンダの新型EVである「霊悉L(リンシ・霊は異体字)」と「猟光e:NS2(リーヴァン・猟は異体字)」を取り上げ、

「ホンダの電動化への決意と自信を示した」

と伝えている。また、ホンダの今後の開発目標のひとつが、2030年までに100モデル以上の純電気自動車を発売することであることにも触れており、ホンダのEVが中国でいかに注目されているかを示している。

 2024年4月26日、中国中央テレビは、2024年北京モーターショーでの「猟光e:NS2」の予約販売について報じている。ここでは、猟光の名称の「猟」の字が紳士の個性や自信と大胆さを「光」の字は東風ホンダが未来のモビリティ像を見据えていることの決意を現していると解説。

「新エネルギー市場に対する積極的な探求と技術的なブレークスルーを体現している」

と評している。

 日本ではEVに対する懐疑的な見方が強いなか、ホンダがここまでEVにシフトしたのは、自社の技術に自信があるからだろう。それだけに、ホンダのEV関連事業は海外からも注目されている。米国のEV専門メディア『エレクトレック』は2024年4月25日付けの記事で、ホンダの110億ドル(150億カナダドル)という大型投資を報じ、カナダのジャスティン・トルドー首相の次のようなコメントを紹介している。

「ホンダの投資は、カナダの製造業にとってゲームチェンジャーだ(Honda’s investment is a game changer for manufacturing in Canada.)」

さらに首相は、ホンダが完全なサプライチェーンを構築することで、20%以上のコスト削減が可能になることを期待していると述べた。

 ホンダが諸外国からこれほど高い評価を受けているということは、ホンダのEVに対する本気度を物語っている。一方で、冒頭で触れた過去の排ガス試験の不正が発覚したことで、ホンダの技術力や信頼性に懸念が生じる可能性もある。この問題を真剣に受け止め、再発防止と信頼回復に万全を期すことが、EVシフトの成功には不可欠だろう。

 ホンダが創業以来の技術・革新重視の姿勢を忘れず、高いコンプライアンス意識を維持しながら事業を展開していけば、そのEV戦略は消費者から正当に評価されるのではないだろうか。今後も動向を注視していきたい。

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