中国人の“爆買い”にはもう頼れない! これからのインバウンド対策、カギは「リスク分散」 収益モデルに変化の兆し

中国依存度と地域消費の関係性

かつての中国人観光客のイメージ(画像:写真AC)

かつての中国人観光客のイメージ(画像:写真AC)

 インバウンド市場では、中国への依存度が低い地域で消費が大きく伸びるという現象が起きている。

『日本経済新聞』2024年2月21日付電子版の記事「訪日消費、山形・和歌山好調 低い「中国依存度」奏功」によると、三井住友カードは、キャッシュレスデータ分析サービス「Custella(カステラ)」を活用し、2011年の訪日客の決済動向を分析したところ、以下のことがわかったという。

「19年比で都道府県別の回復動向を調べたところ、もっとも高かったのが山形県で3.6倍だった。次いで和歌山県が3.0倍、高知県が2.6倍となった。一方、回復がもっとも進んでいないのは三重県で19年比73%減だった。次いで岡山県が35%減、愛知県が34%減だった。大都市圏の回復も道半ばだ。大阪府が25%減ったほか、東京都は横ばいだった。19年時点の訪日客消費に占める中国の割合を県別に比べた。全国平均は57%だったが、山形県は17%、和歌山県は30%、高知県が16%といずれも全国平均より低かった。回復が遅れていた地域の19年時点の訪日客消費を見ると、三重県は84%、愛知県は72%が中国からだった。岡山県は51%と全国平均は下回るものの、なお半分以上が中国からだった」

そして同紙は

「中国依存度が低く、幅広い国・地域から訪日客を受け入れている地域が好調だ」

と、結論づけている。

 果たして、コロナ以前の中国依存度とインバウンド市場の回復に相関関係はあるのだろうか。観光庁の「宿泊旅行統計調査」と「訪日外国人消費動向調査」を使って調べてみた。

 まず、訪日外国人ひとりあたりの旅行消費単価の全国平均は、2019年が9万6223円、2023年が9万7239円である。コロナ後の2023年のひとりあたり旅行消費単価の全国平均は、2019年に比べて1016円(1.1%)増加している。こう前置きした上で、以下を読んでほしい。

インバウンド市場の多様化

都内観光地(画像:写真AC)

都内観光地(画像:写真AC)

 2023年の東京都の外国人延べ宿泊者数は3365万人で、そのうち中国人は2019年度比で420万人から283万人に減少したが、その他の地域からの宿泊者数は

・東アジア:431万人増
・東南アジア:95万人増
・欧米:332万人増

と大幅に増加した。ひとりあたりの消費単価も2019年の9万9959円から2023年には14万942円に増加している。同様に大阪府と京都府でも、中国人観光客の大幅な減少を他地域からの観光客の増加で補っているため、観光客数は増加し、ひとりあたり消費単価も増加している。

 注目すべきは、もとよりインバウンド需要の高い大都市圏よりも地方の動向だ。例えば、和歌山県では、中国人観光客の数が減り、全体の宿泊者数は減少したものの、ひとりあたり消費単価は上昇している。和歌山県の宿泊客数のデータを示そう。

●2019年
宿泊者数:39万550人(うち中国13万8460人、東アジア14万340人、東南アジア2万7530人、欧米2万8820人)

●2023年
宿泊者数:24万5800人(うち中国5万8940人、東アジア10万5150人、東南アジア1万5770人、欧米3万2270人)

 このように総数が、中国人観光客の減少により減っているにもかかわらず、和歌山県のひとりあたり旅行消費単価は2019年の2万6513円から2023年には

「3万277円(約14%増)」

となっている。また、山形県も観光客総数は減少しているが、ひとりあたりの旅行消費単価は2019年の4万711円から2023年には4万996円(0.7%増)に。奈良県でも同様の現象が起きており、観光客総数は激減しているが、ひとりあたりの消費単価は増加している。

 これらの事例は、ポストコロナのインバウンド市場において、中国一辺倒から脱却し、多方面から観光客を呼び込むことが必要であり、それに成功した地域がインバウンドの恩恵を大きく受けることを示している。

中国人観光客に訪れた「嗜好変化」

かつての中国人観光客のイメージ(画像:写真AC)

かつての中国人観光客のイメージ(画像:写真AC)

 では、今後、インバウンド市場ではどういった戦略が望ましいだろうか。中国人の海外旅行の動向を見ると、かつての

「爆買い」

する中国人観光客を目当てにした戦略は成功し得ないことは明らかだ。中国人観光客の回復の遅れは、日本だけでなく、

・タイ(2019年の1100万人から2023年は350万人に減少)
・韓国(同600万人から202万人に減少)
・シンガポール(2023年1~9月の中国人観光客数が2019年同期の35%)

など、アジア各国で共通している。現在、中国政府は多くの国とビザ免除を実施しているが、中国観光研究院の予測では2024年の出国者数は約1億3000万人で、2019年の約1億5500万人には及ばないとされる。その最大の理由は、中国人の

「旅行嗜好の変化」

である。コロナ禍で出国が制限されたなか、国内旅行への関心が高まり、海外旅行への熱は以前ほどではなくなった。また、

・買い物中心から体験型観光へのシフト
・団体旅行から個人旅行への移行
・ビーチリゾートから都市部人気の高まり

など、旅行スタイルも変化。「爆買い」に代表される物品の大量購入を前提とした観光を楽しむ人は激減しているのだ。

 つまり、今後も中国人観光客の存在は無視できないが、かつての「爆買い」のような現象は期待できないし、数の多さに惑い

「中国人のみに主眼をおいたインバウンド戦略」

は効果を発揮できない。日本政府は、2030年に訪日外国人旅行者数6000万人、消費額15兆円という目標を掲げている。この目標を達成するカギは、中国一辺倒からの脱却を意識することと、多角的な誘客を狙うことにあるだろう。

 先に記した『日本経済新聞』によれば、高知県は、大型クルーズ船の寄港地として名乗りを上げ、欧米客の取り込みを図っている。山形県では、タイの旅行会社と連携し、毎年交流事業を実施。親日国タイからの観光客増加につなげている。

「和歌山モデル」が示す希望

都内観光地(画像:写真AC)

都内観光地(画像:写真AC)

 そうしたなか、中国に頼らない戦略で最も成功しているのは和歌山県だろう。

 和歌山県はコロナ以前から、東南アジアや欧米への観光プロモーションを展開してきた。世界的なニュースサイト、スポーツメディア、多言語ウェブサイト、ガイドブックなど、さまざまな分野で観光客を誘致し、それぞれの国の嗜好に合わせた戦略的なプロモーション戦略を展開してきた。

 そして、この多角化戦略はコロナ後に成果を上げている。これからの地方インバウンド戦略は、和歌山県のようにひとつの国に依存するのではなく、多方面、多言語で幅広く集客することを意識しなければならない。

「爆買い」に代表される中国人観光客頼みの時代は終わった。インバウンド市場で生き残るためには、ひとつの分野に特化するのではなく、事業の幅を広げることが不可欠だ。

 和歌山県の事例が示すように、単に中国人観光客の爆買いに頼るのではなく、賢明かつ多角的なアプローチがポストコロナ時代のインバウンド戦略勝利のカギである。

 インバウンド戦略は観光産業だけの問題ではない。地域経済全体の活性化であり、行政、企業、住民が一体となって取り組む必要がある。観光客の満足度を高め、リピーターを増やすことで、地域のファンを増やすことが重要だ。

 そのためには、観光資源の磨き上げだけでなく、受け入れ体制の整備や人材育成など、総合的な取り組みが欠かせない。つまり、インバウンド戦略は、地域交通の再編・再開発を含めたまちづくりの一環なのである。

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