元中級幹部自衛官の私が、日本の「ウクライナ軍事支援」に断固反対する3つの理由 背後にちらつく“武器輸出解禁”という口実とは
「援助論」訴える防衛・外交関係者
ウクライナ戦争は停滞局面にある。戦争はロシアの侵攻と首都キーウ攻略から始まった。その後、ウクライナは反攻に出るが中途で頓挫するに至った。戦争3年目の現状は膠着(こうちゃく)状態にある。
この停滞を打破するために
「日本も軍事援助を行うべき」
との主張がある。ウクライナを救うために米欧のように武器弾薬を援助すべきとの意見である。
だが、その主張は無視されている。防衛、外交、安全保障といった関係者は援助論を推しているが全く相手にされていない。
なぜなら、あまりにも不適当だからである。必要性は薄い上、そこには
「不純な動機」
も存在している。
対ロ、日本の損得と関係維持戦略
第1に、ウクライナは日本が前に出てまで関与する地域ではない、元3等海佐(中級幹部)の筆者(文谷数重、軍事ライター)は考える。
なによりも欧州の担当地域である。ウクライナは欧州に属している。それからすれば援助ほかで前に出るのも欧州である。
加えて、日本が
「深入りする理由」
もない。ウクライナとは武器弾薬を援助するほどまでに密接な関係にあるかは疑問である。はっきりいえば、そこまでの義理もないし利益もない。
安全保障環境の改善も理由にならない。
援助論者はロシアの脅威除去をも理由にしている。「仮想敵国であり弱体化を図るべき」「侵略戦争は成功しないとの教訓を与えるべき」との内容である。さらには
「今日のウクライナは明日の日本」
といった情緒にあふれた一文を添えることも多い。
ただ、日本からするとロシアはさほどの脅威でもない。
欧州では軍事大国だが東アジアでは凡庸である。極東ロシアの軍事力は中国、日本、韓国はおろか北朝鮮や台湾にも劣っている。冷戦後にはとるに足らぬ相手である。
日本に攻めこむ力はない。旧ソ連の時代からだが間宮海峡から東には大した軍事力は送り込めない。
逆に日本を恐れている。戦争となれば北方領土やサハリン防衛も難しい。
つまり、対ロシア軍備の観点からしても武器弾薬の援助は不要である。
むしろ日本はロシアとの関係も維持したい。天然ガスや漁業資源、木材資源の安定供給を確保したい立場にある。
損得づくからすれば、あまり邪険にしないほうがよいということである。実際のところ武器弾薬を援助をしてもロシアは対日禁輸はできない。天然資源は売り手よりも買い手のほうが強い。ただ、武器弾薬を援助してもウクライナから得られる現実的な利益はない。それなら武器弾薬を売らないことでロシアに恩を売ったほうがよい。そのような打算も成り立つのである。
ウクライナ苦戦、援助の必要性疑問
第2は、現状は危機的状況でもない。
ウクライナはその状態から脱している。首都陥落や国軍の総崩れといった破滅的事態は今では考慮する必要はない。
たしかに苦戦はしている。反攻は頓挫した。2014年の国境はおろか2022年の境界線の回復も厳しい。
しかし、現状の苦戦までも助けるべきかは疑問である。侵略者の前に亡国の危機にあるならば武器弾薬の援助もわからなくもない。その際には日本も軍服や車両を送った。ただ、頓挫した反攻の再開や最終的な領土回復となると別である。それはウクライナ人が努力して解決すべき問題である。
沈没船から脱出した漂流者を救うのは万人に課せられた義務である。だが、その沈没船を引き揚げて引き渡すのは義務ではない。
しかも、日本には反攻ほかの援助するまでの利害関係もない。たしかに日本は侵略者のロシアを非難している。ウクライナによる領土回復も支持している。ただ、
「武器弾薬を援助をしてまで領土回復を助けるまでの関係」
ではない。
ウクライナを利用する武器輸出解禁論
第3は、武器輸出解禁の口実だからである。
援助論はウクライナ救援を前に出している。
「ウクライナの自由と民主主義を守る」
「力による現状変更を認めない」
「侵略者ロシアに懲罰を与える」
ために武器弾薬を送る内容である。
その背後には武器輸出解禁との連携もある。援助論は“なし崩し”による解禁を狙っている。
日本は武器輸出には手を出さない決まりである。戦後日本は平和主義の理念から武器輸出を絞り続けてきた。昭和1976(昭和51)年には「武器輸出三原則」で事実上、やらないと決めた。以降は国禁とのコンセンサスが形成されている。
これに不満を持つ保守政治や防衛産業、監督官庁は禁輸打破を狙っている。
保守政治は平和主義に挑戦したいと考えている。9条改正は最終目標だが武器禁輸の見直しもそこに含めている。「普通の国願望」である。また敵視するリベラリズムや革新陣営に政治的打撃を与えたい発想もある。
防衛産業と関係官庁は目先の利益を求めている。単純な企業による利潤追求と防衛・経産の省益確保である。
ただ、それを訴えても成功する見込みはない。「憲法の平和主義は誤り」と主張しても国民は耳も貸さない。武器輸出の利潤も日本輸出額からすれば“すずめの涙”にもならない。道義を捨てるに見合うほどの金銭的利益ではない。そもそも今の日本には武器輸出を解禁する切実な必要性はない。
これは三原則の見直し以降の状況が示している。2014(平成26)年に閣議決定で見直したものの実質的な武器輸出はできていない。日本製武器は
・二流である
・価格競争力がない
ためだが「武器輸出をしてはいけない」「利益よりも不利益が大きい」との抵抗が大きいためでもある。
だから解禁論者はウクライナを持ち出している。戦況は必ずしも有利ではない。それをあたかも危機であるかのように訴える。それで武器禁輸の国是を覆そうとしている。
そのような主張を認めるべきだろうか。
不純ゆえに拒絶しなければならない。なにより正道を踏まない邪道でしかない。仮に武器輸出解禁が必要であるとしても、それは“正攻法”で進めるべきである。
在庫・援助は別の話
日本は武器弾薬を援助するまでの立場ではない。人道援助の水準でよい。
たしかに日本には余剰兵器や弾薬はある。退役保管している74式戦車や老朽更新を始めた野砲のFH-70はウクライナが求めている兵器である。また払底している155ミリ砲弾も大量に在庫している。
ただ、余っていることと、渡してよいかは別の話である。日本は戦争に深入りすべきではないし、そうするまでの厳しい戦局でもない。武器禁輸の国是を曲げる必要性もない。
04/09 11:51
Merkmal