「私は荷物のように扱われた」 ある“車いすユーザー”が航空会社を訴えたワケ 米国の実態は日本より数段ひどかった?

車いす取り扱いに明確な指針

車いすマーク(画像:写真AC)

車いすマーク(画像:写真AC)

 車いす利用者が安全かつ尊厳を持って空の旅をできるように――。2024年2月29日、そんな規則提言が米運輸省(DOT)から発表された。

 これは、障がい者を旅客として安全かつ尊厳を持って受け入れるため、厳格な基準を航空会社が満たすことを義務づけるものだ。車いす利用者自身への対応はもちろん、預けられた車いすを不適切に扱うことも

「航空アクセス法(Air Carrier Access Act)違反」

となる。航空会社の取り扱いが原因で車いすが破損した場合には、迅速な修理や交換対応を行うことまでも、明確に義務づけている。

 これらの規則は、車いす利用者が航空機を安心して利用できるようにするための重要な一歩であり、このような取り組みが、今後もさらに進展していくことことが期待されている……らしい。

 すばらしい提言だが、しかし、そもそもそんなことは当たり前ではないのか。筆者(黒田莉々、フリーライター)は疑問が頭をもたげたので、米国の車いす利用者の空の旅の現状を調べてみた。

米国の車いす利用者の受難

サウスウエスト航空のウェブサイト(画像:サウスウエスト航空)

サウスウエスト航空のウェブサイト(画像:サウスウエスト航空)

 ホワイトハウスでの米運輸省からの提言発表の場で、運輸長官ピート・ブティジェッジ氏は、次のような引用をしていた。

「They were made to feel like a piece of luggage and so decided no longer fly(彼ら〈車いす利用者〉は、まるで自分が荷物であるかのような扱いをされていると感じ、もう二度と空の旅はしないと決めた)」

 車いす利用者を荷物のように扱う……そんなことがあるのだろうか。米国の航空会社による車いすの扱いについて調べてみたところ、車いす利用者が航空会社を相手取って訴訟を起こした例が数多くあった。

 2019年にサウスウエスト航空に対して起こされた訴えでは、原告の車いす利用者が搭乗時に適切なサポートがされず、乗り降りに困難を感じたという。この訴訟では、サウスウエスト側が和解に応じて原告に賠償金を支払い、スタッフトレーニングの強化やサービスの改善を約束するに至っている。

 この件は、障がい者の権利に関する問題について、航空会社の責任にスポットをあて、業界全体に影響を与えることとなった。

航空会社を相手取った訴訟

フロンティア航空のウェブサイト(画像:フロンティア航空)

フロンティア航空のウェブサイト(画像:フロンティア航空)

 しかし、訴訟事案はまだまだ続く。

 2019年の訴訟でサービス改善を誓ったはずのサウスウエスト航空だが、2022年にさらに深刻な訴訟を起こされている。車いす利用者が、搭乗ブリッジを渡る際の介助をスタッフに願い出たものの断られ、自力で渡ろうとして車いすから転落、半身不随に陥るという不幸な事故が起きている。

 フロンティア航空も、2023年に訴えを起こされている。車いすなしでは生活がままならない障がい者が、手荷物として預けた特注のカスタム車いすを紛失され、戻ってくるまでの数日間、寝たきりの生活を強いられたとしてフロンティア航空を訴えたのだ。この乗客の車いすは、戻ってきたときには壊れてしまっていたという。

 ユナイテッド航空では、スタッフのずさんな車いす介助が起因し、呼吸チューブが外れてしまった大学生が、脳障害を起こし植物状態に陥るという重大な過失を起こしている。スタッフが乗客の車いすを高所から無造作に投げ下ろしている動画をSNSに投稿され、大炎上したのはアメリカン航空だ。

 調べるとほかにもどんどん出てくる。これ以上例をあげると気がめいってくるので、事例はこの辺で切り上げるが、2022年に米運輸省に報告された車いすや医療用スクーターの不適切取り扱い事案は、なんと

「1万1389台」

に上るそうだ。この不適切事案の数は、2023年には1万1527台となっている。

 このような米国の現状から、2月の運輸省の提言は、減ることのない不適切事案への警鐘として発表されたものだ。

米国の障がい者への意識

ユナイテッド航空のウェブサイト(画像:ユナイテッド航空)

ユナイテッド航空のウェブサイト(画像:ユナイテッド航空)

 米運輸省長官は、この航空会社の車いす取り扱いに関する提言がされた背景を、次のように述べている。

「これまでにあった劣悪な対応は、エアライン側の意識や教育の問題ではあるものの、その背景に規則の不備がある」

つまり、ルールを強いて問題を具体的に可視化することで、改善をうながそうとしているのだ。今後改善が求められる課題をまとめるとおおむね以下だ。

1.預け入れ車いすの取り扱いの改善
2.預け入れ車いすの紛失の防止
3.スタッフの意識改革
4.航空機や空港の設備/アクセスの改善
5.障がい者ニーズの正しい理解とコミュニケーションの改善
6.手続き上の問題の解決(ルールや手順を障がい者目線で見直す)

 このなかで、特に「スタッフの意識改革」という点に注目したい。スタッフの意識とはどのようなもので、どのような改革が必要なのだろうか。正確に把握するには、まず根底にある米国社会の障がい者への考え方についても知る必要がある。

 これまでに述べた訴訟事案などのように、顕著に劣悪な対応が起こる背景には何があるのだろう。航空会社は、なぜ障がい者に対し差別的でひどい扱いをしてしまうのだろうか。

 米国社会は日本以上に障がい者を受け入れている。個々人の考え方や態度は別として、社会全体としては、むしろ障がい者を特別視しないことがごく当たり前の認識だ。雇用を見ても明らかだ。日本の「障がい者雇用枠」などという概念すらそもそもない。障がいがあっても能力があれば健常者と同じ条件で雇用される。

 われわれ日本人は、

「身体の不自由な方には思いやりを持って接し、手助けする」

ことを美徳として学び育つ。それはそれで立派な道徳観だが、少しうがった見方をすると、米国社会と比較して、むしろ日本の方が障がい者を

「特別扱い」

しようとしているともとれる。あくまでもよい意味ではあるが、障がい者を特別扱いして当たり前だと考えていると思う。

 その点、米国人の概念は少し違っていて、障がい者を特別視せず同等に見る。障がい者への一見ひどいと思われる扱いは、障がい者を他の乗客と同等に見る米国的な考え方から、ついそのような対応になってしまうという部分も、少なからずあるのかもしれない。

 助けを必要として願い出ているにも関わらず、対応しなかったり、ぞんざいな対応をしたりするのはもちろん問題だが、一概にすべてが

「差別的意識が起因したいじわるな対応である」

ともいい切れないのかもしれない。

再認識される車いすの大切さ

車いす(画像:写真AC)

車いす(画像:写真AC)

 これは日本での出来事だが、ある航空会社が脚の不自由な乗客に

「階段タラップを自力ではって上らせた」

という話が衝撃的に伝えられ、その対応に非難が集中したことがある。しかし、この当事者は、腕を使うのは階段を昇降する手段として、自分には普通のことだとあっけらかんと述べていた。そうはいっても、米国の乗客のなかに

「荷物のように扱われた」

と感じた車いす利用者がいる以上、徹底した意識改革は叫ばれてしかるべきだ。

 そして、高所から車いすを投げ落とすのは、完全にアウトだ。車いすを壊さないよう、失くさないよう、大切に取り扱うよう改善を求めるのは当然だ。

 しかし、擁護するわけでもないが、別に彼らは、車いすだけをぞんざいに扱っているわけではないと思う。預けたスーツケースに見事な亀裂が入って戻ってきた経験がある筆者からいわせてもらうと、失礼ながら、彼らは

「どんな荷物でもぞんざいに扱う」

のだ。

 なので、今回の提言は、

「車いすはスーツケースよりも大事に扱え」

という意味だと読む。何しろ、スーツケースがなくなったり壊れたりしても、不便をこうむるだけで、まあ何とかなる。

 しかし、航空会社スタッフがしっかり認識すべきなのは、車いす利用者から車いすを取り上げると、まあなんとか……はならない、ということだ。車いすを失うとどういう事態が起こるのか、車いす利用者の立場に心を寄せて適切な対応をする。そんな意識改革が必要ということだ。

 米国での車いすの不適切な取り扱い案件の数が、今回の提言でどれだけ減るのか、はたまた意識改革されることで逆に増えるのか、そして航空各社がどのような改善を進めるのか注目したい。

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