アクセル・ブレーキ踏み間違い事故 その原因を「人間のせい」にしている限り、問題は永遠に解決しない

事故の根本に潜む問題

アクセルペダルとブレーキペダル(画像:写真AC)

アクセルペダルとブレーキペダル(画像:写真AC)

 アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故は繰り返し報道される。ニュースの多くが高齢者によるものなので、高齢ドライバーは危険だというイメージが定着しているが、実際には、運転に不慣れな若年ドライバーが起こす踏み間違い事故も多い。

 高齢ドライバーは加齢にともなって心身機能が低下し、行動を抑制がうまくいかなくなることがある。また、若年ドライバーは免許を取ってから日が浅く、運転に不慣れなために踏み間違いを起こすと考えられている。しかし、これらはいずれも踏み間違い事故の原因をドライバー、つまり

「人間に帰属させる考え方」

である。

 人間はどんなに気をつけていても、一定確率でエラーを起こしてしまう生き物である。この人間の特性は鍛えたり練習したりして変えられる類いのものではない。したがって、「事故の原因は人間のエラーだ」と考えている限り、事故をなくすことはできない。

 ではどうすれば事故を防げるのだろうか。ひとつは人間のエラーが致命的な事態に結びつかないような工学的対策をすることだ。

 初期のウォシュレットつきのトイレの個室からは、よく使い方を間違えた人の悲鳴が聞こえてきた。しかし、最近のウォシュレットからは悲鳴は聞こえてこない。これは、人間が操作を間違えても、システムが便座に人が座っていないことを検知し、操作ミスをした人をずぶぬれにすること(致命的な事態になること)を防いでいるからだ。

事故を防止するもうひとつの方法

交通事故のイメージ(画像:写真AC)

交通事故のイメージ(画像:写真AC)

 最近の車にはこのような安全装置が取り付けられ始めている。

 目の前に障害物があるのにアクセルを急に踏み込んだような場合に、システムが踏み間違いだと判断して加速を抑制するのだ。このような工学的対策は高い効果が期待できるが、対策が施された車が普及するまでには時間がかかる。

 事故を防止するもうひとつの方法は、人間のエラーを「事故の原因」ではなく、より深いところにある

「背後要因の結果」

だと考えて、エラーを誘発する要因を取り除くことだ。人間のエラーはゼロにはできないが、エラーを誘発する要因を取り除けば、エラー率を下げることはできる。

 踏み間違いを誘発する要因には、

・考え事
・いつもと違う運転姿勢
・疲労や焦り
・不適切な靴

などさまざまあるが、この記事のテーマである不適切なユーザーインターフェース(UI)もエラーを誘発する主要な要因である。

 UIとは、人間と機械が「命令や情報をやり取りするところ」である。パソコンの場合、キーボード、マウス、マイクなどは人間から機械に情報を送るUIであり、モニターやスピーカーは機械から人間に情報を伝えるUIである。このUI設計が直感的でわかりやすければエラーは起きにくくなり、そうでなければエラーは起きやすくなる。

異なる乗り物のUIデザイン

アクセルペダルを踏む足(画像:写真AC)

アクセルペダルを踏む足(画像:写真AC)

 車のハンドルは、「行きたい方向に回す」という直感的なUIである。一方、加減速のUIであるアクセルペダルとブレーキペダルには問題があるようだ。車に対して加速と減速という「逆の挙動」を命令する操作が、ペダルを踏むという

「同じ操作」

になっている。しかもふたつのペダルはすぐ隣にあり、一般的にはどちらも同じ右足で操作する。このような紛らわし操作方法を採用しているのは、数ある乗り物のなかで車だけだ。

 バイクのアクセルは右手グリップの回転によって操作する。ブレーキは両手のレバー、あるいは右手のレバーと右足のペダルの組み合わせである。

 鉄道はマスコンと呼ばれるレバーで加減速を操作する。2ハンドルと1ハンドルのタイプがあるが、2ハンドルタイプでは加速とブレーキが別のレバーに割り当てられており、別の手で操作する。

 レバーを動かす方法も、押さえながら回転させる、縦に引く、横に引くなど、ふたつのレバーが同じ動作にならないように工夫されている。1ハンドルタイプでは1本のレバーで加速と減速を行うが、操作の向きが手前と奥で真逆になっている。

 船にはブレーキがない。もともと水の抵抗が大きいので、スクリューを止めれば自然に減速する。さらに急減速が必要な場合には、加速するのとは別のレバーや機関室への口頭指示によってスクリューを逆回転させて急ブレーキをかける。

 飛行機には、空気抵抗を増やして速度を落とすスポイラー、エンジンの力で速度を落とす装置(逆噴射やプロペラの羽の角度を逆にする仕組み)、そして車輪に取り付けられた車と同じ摩擦式のブレーキと、3種類の減速方法がある。いずれのブレーキも、飛行機を加速させるスロットルとは別のUI(レバーやペダル)や逆の動作(スロットルを加速とは反対方向に動かす)が割り当てられている。

 車以外の乗り物は、加速と減速の操作方法が全く違うので、ブレーキをかけたいのに、操作を間違えて加速することまず考えられない。つまり、

「エラーを誘発しにくいUI」

が採用されているのだ。ではなぜ車はこのように紛らわしいUIが標準的になってしまっただろうか。

AT時代の安全

MT車のシフトチェンジ(画像:写真AC)

MT車のシフトチェンジ(画像:写真AC)

 黎明期の車の操作方法は統一されておらず、レバーで加減速を行うもの、ペダルでギアチェンジを行うものなどさまざまな操作が乱立していた。

 しかし、車が量産されるようになり、売れる車とそうでない車が出てくるようになると、後発の車の操作方法を売れている車に合わせるようになる。なぜなら、既に多くの人が慣れ親しんだ操作方法にしておけば、

「買い替えのユーザーが買ってくれる確率」

が高まるからだ。こうして車はなかば

「なし崩し的」

に、加速も減速もペダルというエラーを誘発しやすいUIがデファクトスタンダードになってしまった。

 ただし、AT車が登場するまでは、加速はアクセルとクラッチの組み合わせ操作であったので、ブレーキと間違えてアクセルを踏んでもエンストする可能性が高く、踏み間違い事故はあまり起きなかった。しかし、ほとんどの車がAT車になってしまった現在、踏み間違い事故は頻発している。最終的に事故を起こしたのがドライバーであることは間違いないのだが、

「社会全体がエラーを誘発する車のUIを放置してしまったこと」

も、踏み間違い事故の背後要因であることは理解しておくべきだろう。

 もちろん、今から世界中の車の加減速のUIを全面的に変更するのは現実的ではない。膨大なコストがかかる上に、いくら優れたUIに変えたとしても、そのUIに慣れるまでの間はエラーが起きやすくなるという問題もある。

 また、例えば「ナルセペダル」のように、エラーを起こしにくい意欲的なUIの提案もあるのだが、なかなか普及しないところを見ると、異なるUIを社会に受け入れてもらうのは容易ではなさそうだ。

自動運転時代はUI改革のチャンス

自動運転のイメージ(画像:写真AC)

自動運転のイメージ(画像:写真AC)

 一方で、現代の自動車産業は、運転の自動化をはじめとした100年に1度の技術革新の最中にあるといわれており、自動運転に移行する過程は

「UIを改良するチャンス」

なのかもしれない。

 自動運転は完全手動のレベル0から完全自動のレベル5までの6段階に分類されており、完全自動運転のレベル5では運転のためのUIは不要である。しかしレベル5の実現はだいぶ先になりそうなので、当分の間は車には何らかのUIを用意する必要がある。現在の車のUIは、レベル0が前提の設計なので、半自動化された車のUIとしては不適切なのかもしれない。

 例えば、条件付き自動運転であるレベル3自動運転バスの実証実験が各地で始まっており、報道でも取り上げられ始めている。

 ニュースでは、ドライバーはハンドルを握ってはいないが、いつでも握れるように空中で腕をプルプルさせている映像を目にすることがある。これはレベル3自動運転が、

「システムの介入要求があったときに、ドライバーがいつでも対応できること」

を求めているためだが、せっかく自動化したのに、自分で運転するよりも腕が疲れそうに見える。ハンドルというUIはレベル3自動運転には向いていないようだ。

 このような状況を解消するために、今後、自動化の進度に応じた適切なUIの提案が求められる可能性がある。このとき、今度は「なし崩し的」にエラーを誘発しやすいUIを採用してしまわないように、人間の特性を踏まえて、良いUIをしっかりと検討していく必要があるだろう。

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