白川前日銀総裁は「デフレ大好き人間」と、著作を読んで納得した

 白川方明・前日本銀行総裁が、2013年3月に退任後、5年半の沈黙を破り、バブル期やバブル崩壊、リーマンショックの際など、日銀時代の経験や中央銀行の役割について書いた本が話題になっている。

『中央銀行―― セントラルバンカーの経験した39年』(東洋経済新報社刊)は、700ページになるが、総裁当時に日銀が公表した論文などからの引用も多く、突っ込みどころも満載だ。

 白川前総裁については、「2%インフレ目標」を金融政策だけで達成するのは困難、と総裁時代からしきりに述べていたことで、現状を的確に「予言」したと評価する向きもあれば、リーマンショック後の「デフレ脱却」を妨げた戦犯と捉える人もいる。

 白川時代の日銀の金融政策をどう評価するのが正しいのか。筆者の評価は、ハッキリ言えば「デフレ脱却を妨げた戦犯」である。

消費増税なければ
「2%物価目標」は実現していた

 まず、2%のインフレ目標だが、それが達成できなかったのは、2014年4月からの消費増税が原因だ。

 消費増税までは、白川氏が抵抗した大胆な金融緩和を、後任の黒田東彦総裁が「異次元緩和政策」としてやった効果で、インフレ率はいい感じで上昇していた。

 14年5月には、消費増税による見かけの上昇分を除き、インフレ率は1.6%まで上がっていた。消費増税がなければ、14年の年内にも2%達成は確実だった。

 しかし、消費増税の影響でより長期的な消費低迷に入り、それとともにインフレ率上昇にもブレーキがかかり、今日に至っている。

 このことは、2015年3月19日付本コラム「『2%インフレ目標未達』の批判は誤解で的外れ」を参照されたい。

 要するに、金融政策だけでインフレ目標2%は達成できたはずなので、当時の白川氏の金融政策に関する「予言」は外れたのだ。

 白川氏の著作や総裁時代の発言から、疑問に思うのは、金融政策は何のために行われるのかをきちんと理解していないのでは、と思わざるを得ない。この点が致命的である。

金融政策は雇用確保の政策
という認識がない

 本コラムで繰り返し指摘しているように、金融政策は雇用を確保する政策だが、白川氏の著作や発言には、雇用の話はまず出てこない。

 また著作では「インフレ目標2%の意味がわからない」という趣旨のことが書かれている。これはある意味で、正直ともいえるが、そういう人が中央銀行総裁だったとは空恐ろしいことだ。

 インフレ目標として「なぜ「2%」なのかという理由は、本コラムでも繰り返し書いてきた(例えば、2017年12月28日付「安倍政権5年間の通信簿は雇用の確保で70点の及第点だ」)。

  最低の失業率を目指しても、ある下限(経済学ではNAIRU、インフレを加速しない失業率という)以下にはならずに、インフレ率ばかり高くなってしまう。そうした下限の失業率(筆者の試算では、日本では2%台半ばから前半)を達成するために最小のインフレ率が2%程度になっているからだ。

 この意味で、インフレ目標は、中央銀行が失業率を下げたいために金融緩和をし過ぎないような歯止めともいえる。逆に言えば、インフレ目標までは金融緩和が容認されるということだ。

 このような基本的なことを認識しないで、日銀総裁をやっていたから、その成果が散々だったのだ。

 雇用確保の観点から、白川総裁時代を評価すると、失業率は、就任時の2008年4月は3.9%だったのが、退任時の2013年3月は4.1%に上がっている。とても及第点はつけられない。

 リーマンショックや東日本大震災があったのは不運だったが、その対応でも落第だ。

円高やデフレが悪いと
思っていなかったのでは

 リーマンショック後の超円高を招いたところに、それが端的に表れている。

 当時、各国の中央銀行は失業率の上昇を恐れて、大幅な金融緩和を行ったが、日銀はしばらくはそれをやらなかった。その結果、円が各国通貨に比べて相対的に少なくなったので、その相対希少性から猛烈な円高になった。

 これで苦しんだ企業は多かった。

 しかし、その「無策」を反省するでもなく、「(インフレ格差を差し引いて修正した)実質為替レートで見たら、大した円高ではないので、それを言うとたたかれるから放置した」という趣旨の記述が著作中にある。

 この記述は、逆に言えば、名目的な円高は大したことないのになぜ大騒ぎするのか、という彼の本心を告白しているようなものだ。

 これには驚いた。変化の実質だけを見て、デフレで実質所得が高くなるからいいだろうという、典型的な「デフレ思考」である。その当時、円高に苦しんだ人は、この白川氏の本音を聞いてどう思うだろうか。

 デフレも円高も、円が、それぞれモノや他国の通貨量に対して相対的な過少状況から引き起こされる現象である。相対的に過少なので、通貨の価値が高くなり、その裏腹にモノの価値が下がりデフレになり、円の価値が高くなって円高になるというわけだ。

 それが怖いのは雇用が失われるからだが、この人には金融政策によって雇用を確保できるという考えがなく、またデフレや円高が悪いものと思っていなかったのだろう。

人口減少は
デフレの原因ではない

 このほかにも、あきれたことはある。人口減少がデフレに影響しているという「デフレ人口原因説」を、著作で長々と書いていたことだ。

 この論は、5年ほど前には一世を風靡したが、今でも人口減少は続いている一方で、デフレは脱却しつつある。だからもう否定されているものだ。

 日銀総裁時代にも、白川氏は「デフレ人口原因説」を展開したが、その時も、主張は破綻していた。

 2012年 5月30日、日銀の国際シンポジウムでの挨拶、「人口動態の変化とマクロ経済パフォーマンス ―日本の経験から―」で、同じ見解を示した。

 その時に、資料として示された「先進国の生産年齢人口変化率とインフレ率の関係」(図表14)のデータについて、筆者は、「国別データの取り方を恣意的にしたもので捏造レベルの問題だ」と、月刊誌『FACTA』2012年7月号で、恣意的な方法を含めて批判したことがある。

 この図表は、今回の著作では出ていないが、それでも同じような見解が書かれている。

「日本銀行はデフレは低成長の原因ではなく、結果であると反論した。この点で興味深いのは先進国における(人口一人当たりの)潜在成長率と予想物価上昇率の関係である(注8)。これを見ると、両者の間には明確な正の相関関係が観察される(図10-5)。」(341ページより引用)と。

 だが筆者が確認したところでは、注8で引用されている「マネーと成長期待―物価の変動メカニズムを巡って」と題した日本銀行のワーキングペーパーには、「米英欧では、中長期の予想インフレ率と潜在成長率が無相関」とされている。

 白川氏の著作の記述は間違っている。著作では、まだ懲りずに、デフレの「人口原因説」を展開しているが、その論拠は怪しいものだ。

 また、白川氏は日本財政についても、危機であると本当に信じ込んでいる。これも著作に書かれているが、筆者には、その見解は信じがたい(2015年2月5日付「国の債務超過490兆円を意外と簡単に減らす方法」)。

「統合政府論」で見れば、日本の財政は問題がないことは、先週の本コラムでも言及したが、今ではIMFでもそういったことを言い始めている。

 いずれにしても、白川氏はまぎれもない「消費増税積極論者」であるようだ。

 だが、冒頭に述べたように、2%のインフレ目標が達成できなかったのは消費増税が原因である。

 白川氏が仮に2014年4月に日銀総裁を続けていたら、日本経済はもっとひどいことになっていただろう。

 というのは、金融政策で2%物価目標は達成できないというくらいだから、金融緩和は「手抜き」だろう。したがって当然のように物価上昇率は2%には届かず、その上、消費増税が行われるので、デフレに逆戻りしただろう。

 こうしてみていると、白川氏はまさに「デフレ大好き人間」なのだと、妙に納得してしまう。

(嘉悦大学教授 高橋洋一)

ジャンルで探す