【ニッポンの議論】企業の副業・兼業解禁「スキル獲得の手段に」×「監督責任不明が問題」

特定社会保険労務士の篠原宏治氏(左)とリクルートワークス研究所の萩原牧子氏

 政府が進める働き方改革の中で、多様な働き方の一環として、企業の副業・兼業解禁が注目を集めている。従業員が離職せずに別の職につけ、スキルや経験を積むことが、企業にとってもプラスになる一方、関連の制度整備の遅れが問題になっている。副業・兼業を推進する立場のリクルートワークス研究所の萩原牧子主任アナリストと、現在の制度には問題点が多いと指摘する特定社会保険労務士で「しのはら労働コンサルタント」の篠原宏治代表に聞いた。(経済本部 平尾孝)
萩原牧子氏 活用していくべきだ
 --現在の副業・兼業の実態は
 「当研究所の調査では、雇用者の12.9%、正社員でみると10.8%が副業・兼業を経験している。ライドシェアなどのシェアリングエコノミーの発展で、ハードルは下がってきた。今は多くの企業が副業・兼業を禁止していることを考えれば、勤務先には知らせない『隠れ副業』は広がっているだろう。その意味では、副業・兼業を認めた場合、企業としてのルールを明確にしておく必要がある」
 --生活費補てん目的の印象が強い
 「そういった側面もあるが、正社員で年収500万円以上でも、8.6%が副業・兼業をしている。同時に、本業の年収が高いほど、副業の収入も高くなる比例関係にある。自身の能力を外で生かすキャリア型と呼ばれる副業・兼業の形態で、解禁となればさらに増加していくだろう。政府が推進するのは、これまで1つの企業内にとどまっていた人材の活用を、社外に開放することで、社会全体の生産性を高めることが目的で、キャリア型の拡大を想定している」
 --企業にとってメリットは
 「成熟社会に入って、従業員の成長機会を自社内で提供するには限界がある。イノベーションに必要な多様な知識やスキルを獲得する手段の一つとして副業・兼業を位置付け、活用していくべきだ。企業の多くは副業・兼業が、転職のきっかけとなることをリスクと感じている。しかし、一つの会社に閉じ込めておくことになれば、意欲ある人は離職を選択せざるを得ない。また、従業員の仕事を通じた成長実感の調査では、副業・兼業をしている方が成長しているとの実感が高く、副業・兼業により高まったスキルは、本業の会社でも生かせる。メリットは大きい」
 --今後の企業の対応策は
 「たとえ副業・兼業の方に魅力を感じ、離職する従業員がいても、業務委託契約などで関係を継続したり、数年後に戻りたいと思った人材を受け入れたりするような制度が重要だ。人材を囲い込むのではなく、働き方の選択肢を多く提供すべきだ。それは、働き方の魅力を広げることにもなり、自社が副業・兼業先になるだけでなく、転職してくるケースも増えることにつながる」
 --働く側にとっての利点は
 「人生も職業キャリアも長くなる中で、1つの会社でキャリアを終えるのではなく、複数のキャリアを持つ必要がある。副業・兼業は第二の人生の準備につながる。日本は総合職型の人材育成が一般的で、自身のスキルを意識しないままということが多く、定年間近になって慌てることが多い。副業・兼業を通じ、自分のスキルを再確認し、能力の引き上げに取り組むべきだ」
 〈はぎはら・まきこ〉昭和50年、大阪府出身、42歳。大阪大院博士課程修了。リクルート入社後、企業の人材採用・育成などの営業を担当。平成18年4月から現職。政府の柔軟な働き方に関する検討会メンバー。
篠原宏治氏 残業規制や長時間労働が問題になる
 --現状での副業・兼業の問題点は
 「最大の問題は労働時間を通算・合算する必要があり、これによってさまざまな問題が生じることだ。労働の後に労働するということは、残業になるケースがほとんどで、残業規制や長時間労働が問題になる。本業の会社だけなら長時間労働を抑制し、残業規制を守っていたとしても、本業、副業を合算すると、クリアしていない場合が多くなる上、そのときの責任を誰が負うのかが明確になっていない」
 --労働時間の通算・合算とは
 「労働基準法では、原則1日8時間の法定労働時間を超えた労働時間には、1.25倍の割増賃金を残業代として支払う義務が発生する。例えば、本業で7時間働いて、副業で3時間の計10時間働いた場合は、2時間分は残業代を支払わなくてはならない。今は働いている側も、会社側もそういったことは意識していないのが実情だ。果たして認識していても、副業している会社に残業代の1.25倍払ってくれといえるかは疑問だ」
 --残業代の負担は誰がするべきか
 「副業先は、労働者が他の会社でも勤務していることを確認した上で、契約を締結すべきだ。その場合、後から労働契約を結んだ会社が割増賃金の支払い義務を負うので、理屈上は副業側が負担することになる。ただ、事前の契約通りにいかず本業側が負担しなくてはならないケースも出てくる。この場合の残業代の請求権は、過去2年にわたり労働者が会社に行使できる。制度を労使双方が認識する必要はある」
 --会社の監督責任のあり方は
 「今回の制度変更の中で、使用者責任をどう考えるのかについては、国もまだ意識していないようだ。例えば、副業している人が長時間労働が原因で過労死した場合、どちらの会社に責任があるのかなど、答えの出ていない論点が多くあり、課題は多い」
 --政府が副業・兼業を推進することに対しては
 「政府や既に解禁した大企業は、副業や兼業を通して、従業員がスキルアップして、その能力を本業に還元してもらうことや、起業して経営者の視点を持ってもらうことなどを狙っている。しかし、多くの人は収入補てんとして、アルバイトすることなどを想定しており、このギャップが埋められていない。この認識の差は今後十分に議論されなくてはならない」
 --現場での体験を踏まえるとどうあるべきと考えるか
 「今の日本人の労働への考え方では、うまく回らない可能性が高い。自分で労働をコントロールするのが難しい中、スキルアップの副業よりは、起業とかサイドビジネスを起こすことの方が現実的だ。だが、それができる人材がどの程度いるのかは疑わしい」
 〈しのはら・こうじ〉昭和53年、愛媛県出身、39歳。愛媛大工学部卒。労働基準監督官として約7年間勤務。日本年金機構や社会保険労務士法人で経験を積んだ後、平成28年2月に開業し、現職。

ジャンルで探す