事業承継税制の活用と、円滑な事業承継に向けたいくつかの方策

■はじめに

円滑な事業承継というテーマにおける危機・課題意識は、主に中小企業経営者の高齢化の進行と、それに追いつかない後継者への引継ぎについてである。個々の事業が廃業になることも残念な話である上に、中小企業の多いわが国では、そうした企業が持っている技術が失われることが、国全体の発展にとって大きな痛手となりうる。また、雇用のキャパシティが減少してしまうという側面もある。

そうした課題を解決するため、円滑な事業承継を国の政策として支援、税制優遇していくのが、中小企業庁の「中小企業の事業承継に関する集中実施期間について」(2017年7月発表)の5ヵ年計画(2017年度~2021年度)である。また、2018年度税制改正における優遇は2018年1月1日~2027年12月31日に、実質的に事業承継を行う者を対象とするもので、10年間の優遇措置であり先は長い。

この稿では、まず事業承継に関する基本的な事項全般を概観したあとで、主に税制と事業承継を円滑に行うためのいくつかの方策について紹介する。

■事業承継に関する基本的な事項

事業承継とは、読んで字の如く、会社の経営の世代交代といったような意味である(1)。しかし大企業・上場企業の場合は、定期的な世代交代が定着しているので、あまりこうした用語で語られることはなく、事業承継といえば中小企業・非上場企業などで、例えば親族・息子へ社長の座を譲るといったイメージの世代交代を念頭に置いた場合が多い。そういうこともあって、わが国の政策としては、経済産業省、なかでも中小企業庁の所管となる分野となっている。

事業の承継というテーマは、単に親の資産を相続する、といったことにとどまらず、事業そのもの、経営に関わる人脈や、従業員の雇用、様々なビジネス上の権利など全てを受け継ぐことが対象になるので、それ相応の時間と手間がかかることがある。また、贈与・相続といった面で支払うべき税金も発生するなど、多額の資金の手当てが必要になる場合があるし、各種制度・優遇措置の利用の仕方によって、金銭面の負担・損得が発生する。

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(1)「承継」も「継承」も似た意味ではあるが、政策や法律の中では「承継」に統一されているようだ。このほうが、目に見える物だけでなく経営理念など精神的な要素も含めて受け継ぐニュアンスを含むようだ。

●何を継承するのか

(1) 経営の承継

会社形態なら代表取締役の交代であり、個人事業主であれば、現経営者の廃業かつ後継者の開業、である。特に中小企業においては、現経営者個人に、技術や取引関係が集中していることが多いので、これを後継者に円滑に引き継ぐことは重要である。また後継者候補を選定し、経営に必要な能力を身につけさせ、後述するように全ての資産を受け継ぐためには5~10年の準備期間が必要とされる。このことから、候補者の選定は早期に行われることが求められる。

(2) 資産の承継

資産とは、事業を行うために必要な資産全てであり、設備、不動産、債権・債務などである。個人所有の場合はそれぞれに承継する必要がある。また株式会社形態の場合は自社株式であり、これを贈与・相続等の形で承継することになる。

ただし、贈与・相続による承継では、資産価値などの状況によっては多額の贈与税・相続税が発生するケースがある。その際、後継者に手持ちの資金がなければ、それらの資産の売却資金で対応せざるをえないことになりかねず、分散・縮小した事業規模の承継を余儀なくされることが懸念される。そのことは承継後の経営の安定を脅かす恐れがあるので、後述のように、経営者自身が承継方法・対策を検討する必要があり、政策としても支援する意味がある。

また、経営者自身の個人資産や資金繰りの才覚が大きな比重を占めるケースでは、そうした現経営者の個人資産の相続関係の整理や、債権・債務者、保証人の解除・変更など、多岐にわたる専門的なポイントが関係してくる可能性があることも、考慮しておく必要がある。

(3) 知的資産の承継

知的資産とは、従来の貸借対照表上にある資産以外の「無形の資産」のことであり、人材、技術、技能、特許・ブランドなどの狭義の知的財産に加えて、組織力、経営理念、顧客とのつながり、など経営に係る全ての資源の総称であり、これらこそが、その企業の競争力の源泉といえるものでもある。

こうした目に見えないものをうまく承継することがきわめて重要であり、そのためには、現経営者、後継者はもちろん、外部の専門家の力も借りて、まずは「その存在に気づく」ことがまず重要とされている。

●誰(どこ)に継承してもらうのか

事業を承継させる先を考えれば、以下のようにいくつかのケースがある。

(1) 親族内承継

現在の経営者の子など親族に承継させる方法である。このメリットは

・他の方法に比べて、内外の関係者から心情的に受け入れられやすいこと
・後継者を早期に決定でき、そうすれば十分長期の準備期間が確保できること
・相続ともあいまって、財産の所有と経営権の移転の一体的な承継が期待できること
・経営方針や従業員の待遇が急に変わることは少ない(かどうかは、それぞれの事情によるが、後に述べるM&Aなどで、これまでまったく縁のない外部から経営陣がやってくることと比較すれば、重要な側面のひとつと思えるだろう。)こと

などが挙げられる。その一方で注意点(デメリット)としては、

・親族の中の誰も、会社を継ぐ意思や能力がない場合があること(個人の資質の問題であることも、会社の魅力度の問題であることも両方あろうか。)。
・遺産相続との関係、特に複数の子供がいる場合に特定の子に事業承継させる場合の不公平への配慮、あるいは遺産トラブル

などが挙げられる。

(2) 従業員への承継

これは、長年社長を支えてきた従業員(いわゆる番頭さん的存在)や、有望な若手社員に事業を受け継いでもらうことである。該当者が有能な後継者とみなされれば、社内の期待もあり、会社が将来に向けてさらに発展する可能性もあるし、社内での反発も少ないかもしれない(これももちろんそれぞれの事情による。)ので、候補者さえいれば有力な選択肢となる。

しかし、従業員への承継にはかなり困難な状況がある。それは、通常の場合、従業員個人単位で会社の全株式購入資金を手にするのが困難であることである。あるいは現経営者が安く譲ってもいい(贈与税等で何か問題がある気もするが。)かもしれない。しかし、その場合は現経営者の取り分が減少してしまい、引退後の生活に支障をきたすことがある。

だからといって、株式の譲渡を行わず、経営だけ引き継ぐことにすれば、資産・権利の所有と経営権が分離してしまう。現経営者が(売れない)株式をもっていても仕方ないし、後継者は発言権がないまま経営する状態になり、トラブルのもととなりそうである。

さらには、現経営者が個人の立場で保証人になっていたりする場合どうするか、あるいは個人資産の担保を提供している場合どうなるか、など、これらは従業員への承継に限ったことではないが、相当ハードルは高いようだ。

(3) M&A

自社の事業に関心のある企業を探し、自社を買い取ってもらう方法である。このメリットは、親族や従業員に適任者がいない場合でも、外部に広く候補者・企業を求めることが可能な点である。また現経営者は(もしあれば)会社売却の利益を得ることができる。後述するように、国の施策としても、適任となる後継者が見当たらないケースでは、親族に限らずより広く後継者を探す「企業マッチング」などの方策も推奨され、援助する制度も設けられている。

(4) (一応触れておくが)廃業

残念ながら事業継承ができない場合、廃業となる。会社の資産を売却、負債を返済することで、会社を清算し残金は株主に配当される。後継者も買い手も必要ない。比較的短時間で処理できる。しかし、現在の会社のブランド、信用、技術力など全てが消失する。またM&Aに比べて、例えば「営業権」分の金額は受け取れないし、かかる税金も所得税など税率が高いものが適用される不利があるかもしれない。

業績が悪化していて、どうにもならないケースを除いては、大変残念なことであり、できれば避けたい選択肢ではある。従って、これを防ぐために様々な形で事業承継を支援する援助制度・税制が生み出されてくる。

■円滑な事業承継を阻む問題~中小企業経営者の高齢化と承継準備の遅れ

●中小企業等の役割・位置づけ・実態

日本の企業のうち、99%が中小企業にあたり、従業員数でみると約7割が中小企業で働いている。このように、中小企業は地域経済・社会を支える中核となる存在であり、雇用の受け皿としてもきわめて重要な役割を担っている。

また中小企業の技術、サービスは大企業と競争できる高い水準にあるかまたは、大企業の技術や生産過程の一部を担う役割を持っている。一つ一つの企業は小さくても、例えばその製造する部品等は、なくてはならない、あるいは世界的なシェアを誇るものであることも多い。

国全体としてみても、こうした中小企業の発展を支援し、その役割や場合によっては特殊な生産技術を承継させていくことは、日本経済が持続的に発展していくために必要不可欠な取り組みとなっている。

そうした背景のもと、各企業や事業主において先に述べた様々な選択肢の中のどれかによって、事業の承継が何の問題もなくいつも行われるものであれば、特段何の支援も必要ないことになる。しかし円滑な事業承継について、解決すべき大きな課題がある。

それが、わが国の様々な分野でも表われている、中小企業経営者の高齢化に起因する諸課題である。

●中小企業経営者の高齢化と、問題の表出

ここで、「中小企業の事業承継に関する集中実施期間について」(2017年7月 中小企業庁発表)をもとに、中小企業経営者の高齢化の実態を見ておく。

国内の企業数は2009年から2014年にかけて、中小企業を中心に421万社から382万社へと39万社減少している。近年の景気動向を反映して倒産件数は年1万件程度の水準のもとで減少傾向にあるものの、休業・廃業が年2.7~3.0万件と高止まり傾向にある。

この計画のための調査の時点では、中小企業経営者の年齢をみると、1995年には年齢分布の山(最頻値)が47歳だった分布が、2015年まで20年の間では66歳へと移動した。こうしたデータの解釈は様々であろうが、単純にみて「ほとんど世代交代していない」、ということであろう。また今後2020年までに30.6万人が70歳に、6.3万人が75歳に達すると予想されている。

アンケート調査(2)によれば、こうした高齢(60歳以上)の経営者のうち半数が廃業を予定している。このうち約4割は当初から自分一代限りと考えていたようであるが、「子供がいない」「子供に継ぐ意思がない」「適当な後継者がいない」という後継者難を理由とするものも約3割を占めている(その他の理由は、事業や地域の将来性がない、など)。

廃業を予定している企業の3割は、同業他社と同等以上の業績をあげていると答え、将来性についても4割が現状維持以上は可能だとの自信を持っている。こうした企業が本当にそのまま廃業してしまうと、その技術・ノウハウが永遠に失われ、地域にそうした企業が多ければ、地域の雇用も減少することにつながってしまう。にもかかわらず、実際には事業承継の準備も進んでいない実情であり、70歳以上の経営者においても承継準備を行っている経営者は半数にとどまる。

高齢化が進むと企業の業績が停滞する、もしくは売り上げ増が若い年代の経営する企業よりも少ない、との調査結果もある。逆に後継者のほうに目をむければ、一般には若年の経営者のほうが、投資意欲があり、リスクテイクも辞さないなど、事業の成長という観点でも事業承継・経営の若返りが重要となっている。

また、後継者の確保が困難な中での近年の傾向として、事業を子どもなどの親族に承継させる以外に、従業員や第三者に承継させる親族外承継が増加している。中小企業庁の2015年の調査によれば、経営者の在任期間が長い(35~40年)層では9割以上が「親族が承継している」と回答したのに対し、在任5年未満の層では親族外承継が65%を占める結果となっているという(3)。

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(2)同5か年計画の中にある「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」(2016年2月)
(3)「事業承継に関する現状と課題」(2016.11.28 中小企業庁)

●事業承継難に対する施策の方向性

さて、こうした事業承継難に対しては、すでに以前から国としての対応が始められてきていた。2008年5月には、事業承継に伴う税負担の権限、民法上の遺留分への対応をはじめとする総合的な支援策としての、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」が成立した。この中では、中小企業の円滑な事業承継を図るうえでの課題を、民法上の遺留分の制約、代表者交代による信用不安、多額の相続税負担であると整理した。

まず民法においては相続・贈与に関していくつかの特例を設けることにより、株式の分散を防止し、あるいは株価上昇へのインセンティブをもたせた。

信用不安に対しては、経営者の交代の際などの特例的な資金融資制度を設けた。

そして税制に関しては、相続税・贈与税を猶予する「事業承継税制」の前提となる認定要件が定められ、事業承継税制は翌2009年から施行された。これに関してはあらためて後述する。

前述の、中小企業庁が2017年7月に公表した「中小企業の事業承継に関する集中実施期間について(事業承継5か年計画)」が現在最新の事業承継への支援策となっているが、この施策の方向性・内容は、概ね次の通りになっている。

・経営者の「気づき」の提供 ~事業承継プレ支援のプラットフォームの構築
地域ごとに、支援機関(金融機関、地域の商工会、税理士・会計士等の専門家)のつながりである事業承継プラットフォームを立ち上げ、事業承継診断等を行う体制を作る。

・後継者が継ぎたくなるような環境を整備 ~早期承継のインセンティブの強化
事業承継への補助金の新設、経営改善事業再生への支援。そして後述する事業承継税制の実施による、承継の早期取り組みを促すための、生前贈与の優遇。

・後継者マッチング支援の強化 ~小規模M&Aマーケットの形成
事業引継ぎ支援センターなどにより、、事業から退出したい事業者と、経営人材とのマッチング機会を向上させるため、情報インフラ・統計データを整備し、関連する支援機関とも連携を強化する。

・事業からの退出や事業統合をしやすい環境の整備 ~サプライチェーン、地域における事業統合等の支援
事業承継を契機に地域の主要産業の強化を図るため、地域の事業承継ネットワーク等を通じて地域ごとに実態と課題を把握することで、地域独自の事業承継・事業再編あるいはその支援に結びつける。またはその体制を整備する。

・経営人材の活用 ~経営スキルの高い人材を事業承継支援へ活用
例えば、大企業の経営幹部経験者など経営スキルの高い人材や事業承継経験者などの外部人材を活用しやすい環境を整備する。

こうして、最終的に目指すべき姿として、「地域の事業を次世代にしっかりと引き継ぐとともに、事業承継を契機に後継者がベンチャー型事業承などの経営革新等に積極的にチャレンジしやすい環境を整備」することとされている。

これを、経営者からみた課題の解決といった側から見ると(4)、

・株式等の承継に伴う相続税等の負担 →事業承継税制の利用
・遺留分による株式等資産の散逸 →遺留分に係る民法の特例
・分散した事業用資産の集約資金調達 →金融支援の実施
・後継者による新たな取り組みのための資金調達 →第二創業(事業承継を機にした新分野への挑戦)補助金の創設
・後継者がいない場合 →事業引継ぎ支援センターによる支援

などということになってくる。

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(4)「事業業承継の支援施策」(2016.4.26 中小企業庁 財務課)

■事業承継税制

●事業承継の円滑化を支援する税制の方向性

事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を贈与又は相続等により取得した場合において、その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予したり、その後の後継者の死亡等により納税が義務付けられている贈与税・相続税の納付が免除される制度である。

相続税・贈与税の負担は事業承継における最大の課題である。これを軽減することで、事業承継を支援しようという政策は昭和の時代から取り組まれてきてはいた。

まず、事業承継に限らない、相続税・贈与税全体の枠組みとしては、課税最低限額の引き下げ、最高税率の引き下げの方向でこれまでに税制改正がなされてきた。

事業承継の分野をみると、非上場株式の評価を低く見積もることで税額を軽減する方向で来ている。

いわゆる事業承継税制なるものは2009年に創設(あるいは当時としては事業承継税制の「完成」とも表現された。)されたもので、

・自社株式に係る相続税の軽減措置を、それまでの「10%減額」から「80%猶予納税」に大幅拡充
・対象を「発行済み株式総額20億円未満の会社」であったものを、中小企業基本法上の中小企業全般に拡大

なお、事業承継に係る要件(相続人・被相続人の要件、事業継続期間・雇用など)は、その前年に施行された「経営承継円滑化法」に経済産業大臣の認定を受けたものが対象となるとされた。

その後、何度かの税制改正により、
雇用確保要件の緩和、納税額の減免、現経営者・後継者要件の緩和
などが行われてきた。

●更なる円滑化を目指した20018年度税制改正

さて以上のような税制優遇がなされてきたにもかかわらず、実際の現場では、雇用要件の確保など満たすべき条件やペナルティが厳しく感じられたようであり、それでいて、相続・贈与税の猶予割合は80%までにとどまるなど、使い勝手や優遇度合いの点でなお問題があった。

そのため、各地の税理士会や日本税理士連合会、あるいは各地の商工会などから、さらなる税制緩和措置の要望がなされたこともあり、2018年度税制改正では、以下の基本的な考え方に沿って、具体的な改正(=税負担軽減の方向での)措置がなされることになった。

平成30年度税制改正の基本的考え方

2 デフレ脱却・経済再生

(2)事業承継税制の拡充

中小企業経営者の年齢分布のピークが60歳半ばとなり、高齢化が急速に進展する中で、日本経済の基盤である中小企業の円滑な世代交代を通じた生産性向上は、待ったなしの課題となっている。こうした中で、事業承継税制について、10年間の特例措置として、各種要件の緩和を含む抜本的な拡充を行う。

具体的には、施行日後5年以内に承継計画を作成して贈与・相続による事業承継を行う場合、

1) 予対象の株式の制限(発行済議決権株式総数の3分の2)を撤廃し、納税猶予割合80%を100%にひきあげることにより、贈与・相続時の納税負担が生じない制度とし、

2) 雇用確保要件を弾力化するとともに、

3) 2名または3名の後継者に対する贈与・相続に対象を拡大し、経営環境の変化に対応した減免制度を創設して将来の税負担に対する不安に対応する等の特例措置を講ずる。こうした特例措置を講ずるに当たっては、租税回避が助長されないよう、制度面・運用面で必要な対応を行う。

中小企業の事業承継の問題に対応するには、こうした税制措置だけでなく、予算措置も含めた総合的な支援を行うことが必要である。この中で、中小企業の後継者難については、後継者のマッチングなどを支援し、あわせて、関係省庁において経営者の個人保証の適正化に向けた検討を行っていかねばならない。

(平成30年度税制改正大綱(平成29年12月14日 自由民主党・公明党)より該当箇所を抜粋)

また、ここでいう10年間とは、具体的には「2018年1月1日から2027年12月31日までの間に贈与等により取得する財産に係る贈与税又は相続税について適用」と記載されている。

この事業承継税制について、それまでの措置(一般措置という)に加え、10年間限定の措置として、

(1) 納税猶予の対象となる非上場株式等の制限(総株式数の最大3分の2まで)の撤廃
納税猶予割合の引き上げ(80%→100%)

それまでの制度では、先代経営者から贈与・相続により取得した非上場株式等のうち、議決権株式総数の2/3までの部分の株式等が対象であった。しかも相続税の猶予割合は80%であったことから、実際には全体の53%(=2/3×80%)が猶予されるに過ぎなかった(とはいっても、前述の通り、当時としては、相当の優遇措置として設けられた経緯はあるが。)。「2/3」も「80%」も撤廃されるので、約10年間、「事業承継時の贈与税・相続税の現金負担はゼロ」ということになった。

(2) 雇用確保要件の弾力化

事業承継を支援する目的の一つは、雇用の確保である。したがって従前より税制優遇の条件として、雇用維持率が一つの要件とされ、以前は「事業承継後「毎年」8割維持」が求められていた。それが2015年の1月から、事業承継後5年間「平均」で8割維持、に緩和された。さらには2017年4月から雇用維持率の算出は「端数切捨て」へと緩和された。

それでも、もしも5年間の雇用平均が8割未達の場合には、せっかく猶予された相続税・贈与税を全額納付する必要があった。この条件は中小企業の業績見通しとしては、非常に厳しいものであったようで、そのために事業承継税制の適用を躊躇し、ひいては納税負担から承継が困難になるという、足かせだという見方があった。

2018年度税制改正では、ついにこの雇用要件を撤廃し、納税猶予を継続可能とした。ただし、従来の雇用要件(平均8割)が維持できなかった理由を報告する必要があり、その理由が経営悪化等である場合には、定められた認定支援機関の指導・助言を受ける必要があることとされている。

(3) 対象者の拡充

従来の制度では、「一人の前代経営者から、一人の後継者へ」相続・贈与される場合が事業承継税制の対象とされていたが、抽象企業経営の実情に合わせ、「複数の株主から、代表者である後継者最大3人」への承継も対象とされた。例えば、「同族・配偶者・第三者の株式を後継者(たち)に贈与する」場合も税制の恩恵を受けることができるようになった。

(4) 経営環境変化に対応した減免

また従来の制度では、後継者が、自主廃業や売却を行う場合や猶予取り消しになった時(その場合には業績の悪化などにより、株式評価額も下落しているケースが多いと想定される。)、自社の株式評価額が下落していても、「承継時の(高い)株式評価額」を基に贈与税・相続税を納税することとなっており、重い税負担が生じていた。改正後は、売却時・廃業時の評価額であらためて納税額を計算することになったため、将来の経営環境変化に対する不安をある程度軽減できるものとなった。

また、2019年度税制改正においては、それまで対象とされていた中小の法人に加え、個人事業主に対しても、同様に負担軽減となるような措置が追加され、さらに万全の支援ができるようになっている。

■事業承継を円滑に進めるための対策のいくつか

さて事業承継を円滑に進めるための主に資産面についての方策は、いくつかある。それらは承継にあたって資産の分散を防ぐためのもの、税金負担を軽減するためのものが主なものである。税制については先に述べたような状況であり、以下のような資産・対策が、事業承継ガイドライン(6)に挙げられている。

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(6)事業承継ガイドライン(2016.12 中小企業庁)

●種類株式の活用

種類株式とは、定款によってその種類ごとに「異なる内容」を定めた株式であり、「異なる内容」は、剰余金の配当、残余財産分配、議決権、譲渡制限など多岐にわたる(会社法第108条)。

例えば先代経営者の相続財産の大部分が株式である場合、後継者に株式を集中させようとしても、他の相続人から遺留分を要求されることがある。この場合、後継者には普通株式を相続させ、他の相続人には「無議決権株式」を相続させることで、株式(議決権)分散リスクを低減できる。

最近、注目されるものに、「拒否権付株式(黄金株)」の活用がある。これは株主総会等の決議事項について拒否権を有する株式のことをいう。例えば、後継者がまだ未熟な段階において、合併や役員人事などの重要事項の拒否権を現経営者に残すことで、経営方針を誤ることを恐れずに事業そのものの譲渡を進めることができる。また、親族以外への継承の際、オーナー一族に拒否権を残すことで、合併や事業譲渡などを阻止あるいはコントロールできるなど、強力な効果を有するものである。

また、原則として株式はその内容と数に応じて平等に取り扱わねばならないとされてはいるが、公開会社でない会社は株主ごとに異なる扱いを定款で定めることができる(例えばある株主の所有株式は特別に1株100議決権とする、など)(会社法 第109条)。こうした制度を利用して資産の分散を防ぐことができる。

●信託の活用

事業承継に関して、先代経営者や後継者の希望に沿う財産の移転を行えるよう、例えば「遺言代用信託」を用いて、自社株式に信託を設定する。そして信託契約において当初は自らを受益者とし、死亡時に後継者が受益権等を取得するよう定めることができる。

また、一般に信託ということでこれまでなじみ深かったのは、投資信託・金銭信託といった「商事信託」であり、これは免許を受けた信託銀行などが営利目的で(信託報酬を得て)行っているものであるが、近年、「民事信託」が注目されてきている7。これは、高齢化の時代における資産管理ニーズの高まりを受け、2016年の信託法改正において、受託者・受益者の権利義務の合理化が図られたもので、ある。特に注目されているメリットは、認知症などで判断が低下した場合に備えて、あらかじめ財産管理を受託者に移すことができる、という点である。

事業承継という場面を考えれば、特定の財産を相続時の財産分割協議から切り離して、確実に後継者に相続させる、という活用が考えられる。

また、一般に信託報酬は月数万円などの水準でかかるのに対し、民事信託において報酬支払は義務ではない。例えば親子間なら無償でもよいし、甥姪などの親族であっても多少は安く済むことも考えられるので、いずれにしてもコストは小さいことが期待できる。

なお、「事業承継ガイドライン」でも言われていることだが、種類株式・信託のいずれにしても、法務・税務の取り扱いがいまだ明確でない部分も存在するため、個々のケースについては、早期に弁護士・税理士等の専門家に相談することが大切であるとされている。

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(7)松澤 登「認知症・相続対策としての民事信託 成年後見制度を補完する可能性としての信託」(基礎研レポート2019.2.18)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=60897?site=nli

●生命保険の活用

生命保険の活用については、「事業承継ガイドライン」の中では、

・死亡保険金に対する相続税の非課税枠の活用による相続税負担の軽減、といった納税負担や遺産分割・遺留分への課題への対応、
・現経営者の引退後の生活資金の確保、
・会社側における(死亡)退職金の準備、

などが挙げられている。

生命保険が他の資産と異なる特徴として、「保険金が現金であること」、「速やかに支払われること」が挙げられる。

事業承継の際には、先に述べたような税制の優遇措置はあるものの、相続や贈与などに関わる納税負担がある程度は発生する。また、事業承継者以外への親族への相続も発生する。

一般には相続・承継される財産は株式・不動産であるが、事業継続のためには、株式・不動産を現金化するわけにはいかない。こうした財産の散逸することを避けることが、事業承継時の相続に関する注意点であった。だから、現金の形で用意される資産は貴重なものとなるのだが、保険金はこうした資金に充てることに際しては便利である。

生命保険契約の中でも死亡保険金の場合は支払い事由がはっきりしているので、支払条件の審査や場合によっては訴訟などで、支払いが遅延するトラブルは通常なく、相当速やかに支払われるものであるのは、利点であろう。

また保険金は、あらかじめ保険金受取人を指定しておくべきもので、その受取人の固有の財産となることから、遺産分割の対象とはならず、また遺留分にも含まれない。従って後継者を保険金受取人に指定しておけば、確実に資金として活用することができる。この資金を後継者以外の親族への支払原資とすることもできる。

一般に、中小企業や個人事業だと、金融機関からの借入にあたって、現事業主の個人保証や債務保証がつけられる場合が多い中、事業承継者がそうした信用までもすぐ受け継げるかというと、金融機関に対する信用面からそうもいかず、一般には厳しい状況のようである。そうしたケースでは「個人契約の」生命保険の受取金があれば、相続にかかわらず、万一のときの返済資金が準備できることになる。

法人契約の場合には、生命保険と会社の財務状況の関係において、以下のようなメリットもある。

まず、保険料支払いについては会社の費用となることから、その分、保険料支払事業年度の利益を押し下げ、会社の株式評価額が下がることにより、事業承継時の相続・贈与対象評価額も下がる効果があり、そうした税金負担が小さくて済む。

逆に、死亡退職金の支払年度を考える。死亡退職金の支払は会社の利益を一時的に引き下げることになり、場合によっては赤字になるかもしれない。その際、金融機関の融資が必要だとするなら、赤字の状況でも借り入れができるかという懸念がある。その時に生命保険の保険金受取という収益があれば、それを補うことができるので利益の減少が軽減される、という効果がある。

■おわりに

●税制優遇の効果

これまで見てきたとおり、事業承継税制については、2008年頃から政策は講じられてきているのだが、これまでの施策には、雇用の継続条件に代表されるように、経営者が若干使いにくい適用条件などがあって、優遇措置などを受ける件数はさほど伸びてきていないのが実態であったようだ。

そこで特に2018年度税制改正において、実質的に贈与税相続税負担をすべて免除したことで、相当の効果があるものと期待する向きもある。

しかし、一般には税制は、それが問題の解決に主たる効果を生む政策というわけでなく、メインとなる政策が別にあって、「政策の方向性が矛盾しない(足を引っ張らない)」あるいは「後方支援」の役割が大きいのではないか。また、個々の企業の財務状況にもよるが、例えば、業績がふるわず赤字である(法人税が払えない)といった場合などは、法人税は当然のこと、贈与・相続税の対象資産の評価額も低迷したりして、税金の軽減はあまり魅力的ではなくなる場合もあろう。

幸いなことに、現在までのところ、中小企業の業績が全般に上向きであることで、しばらくは一定の効果があるだろう。今後も景気全般が明るいものであって、中小企業の業績が改善・上向きであってくれれば、より効果的な施策であり続けるだろうし、むしろそうなるような経営支援が本筋であろう。

●様々な分野の専門家が対応の準備に

さてここまで事業承継全般について、特に税制、保険の活用といった点に重点を置いて、わが国の円滑化施策全体を紹介した。

実際のところ、個々の事業承継のケースにおいては、法律、税金、資産評価、企業会計などそれぞれの専門家が対応する必要があろう。また金融支援面では、金融機関や地域の商工会なども全面的なバックアップをしている分野であり、個々の懸念事項に応じて相談に応じる体制が整えられつつある。先に挙げたいわゆる「5ヵ年計画」も本格的に進行する時期でもあり、もし実情に問題が生じれば、引き続き制度が改善されていくなど、今後も動きのある分野だと思われる。

安井義浩(やすい よしひろ)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

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