金融所得課税の強化、法人税増税…「イシバノミクス」はどっちにいくのか?〈専門家4人が語り尽くす〉

石破茂首相が実行すべき経済政策とは——。帝京大学教授の軽部謙介氏、日本総研調査部主席研究員の河村小百合氏、BNPパリバ証券グローバルマーケット統括本部副会長の中空麻奈氏、ウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久氏の4人に聞いた。

【画像】文藝春秋の座談会に出席した河村氏、軽部氏、中空氏、柴山氏

◆◆◆

財政再建から逃げるな

 軽部 総裁選の過程で各候補が打ち出した経済政策は、すぐ他の候補から突っ込みが入って訂正したり、意見を引っ込めたりすることが往々にしてありました。豪雨などの災害の影響もあり、本格的な論戦になりませんでしたが、それらの政策の中には、真剣に議論しておくべき政策もあったと思います。

 たとえば、石破茂さんが打ち出した、現行一律20%(所得税15%、住民税5%)の金融所得課税の強化です。「貯蓄から投資への流れに水を差すのか」といった批判にさらされて、石破さんは、課税強化は一部の富裕層に限定すべきだと発言を修正し、議論は深まりませんでした。

総裁選では金融所得課税にも言及  Ⓒ時事通信社

 この制度自体は、実は前回の総裁選で岸田文雄さんも公約に掲げていました。新政権の目玉だった「新しい資本主義」の旗印だったのに、総裁選後に党内から批判を受けて、あっという間に撤回してしまった。増税の議論はいつの時代も国民の不興を買うので、とにかく先送りにされがちですが、日本の財政の状況を考えれば、総裁選でもっと議論しておくべきだったと思います。

法人税は上げる余地あり

 河村 財政収支の赤字幅がこれだけ開いているのだから、金融所得課税の強化もありだと思います。石破さんは金融所得課税の強化だけを唐突に打ち出すのではなく、「財政再建」という大目的のためには、ここにも手をつける必要があるんだ、といった大きな構えの議論を提起すべきでした。その方が国民も聞く耳を持ったはずです。

 中空 そうですね。いまは所得税、たばこ税など増税しやすいところから取ればいいという発想に見えています。タイミングは考える必要がありますが、財政再建を目指すのであれば当然、広く薄く徴収する消費税の議論も避けては通れません。

 河村 法人税について石破さんが「上げる余地がある」と言っていましたが、その通りだと思います。内部留保をたくさん抱えていたり、円安の恩恵を受けている企業は数多くある。

 軽部 法人税は安倍晋三政権下でトリクルダウンを狙って段階的に引き下げられましたが、上手くいかなかった。取れるところから取ろうということですが、党税制調査会では議論百出になるでしょうね。

 河村 税に関する議論は、選挙を考えたら言いたくないのはわからなくもないが、政治家こそが提起しなければなりません。欧米では近年、ウインドフォール課税(予期せぬ大きな利益に課される税)の導入が広がっています。ウクライナ戦争による資源価格の高騰を受け、米英等の各国では“棚から牡丹餅”のごとく大儲けしたエネルギー会社等に対する課税を強化した。企業からしたら払いたくはないでしょうが、「誰かが払わなかったら国が回らない」という意識を国民が持っているから、受け入れているわけです。

 防衛費の増額によって利益を受ける会社へ増税することも考えると石破さんは言っていましたが、これはウインドフォール課税の一種。ご自身が防衛大臣を務めた経験があるからこその意見だと思います。

解雇規制は緩和すべきか

 軽部 小泉進次郎さんが打ち出した解雇規制の見直しは大きな注目を集めました。リスキリングや再就職支援を条件に大企業の整理解雇の要件の緩和を訴え、1年以内に実現する、というかなり思い切った考えですから大きな物議を醸しましたね。

 中空 私は経済を活性化するために、解雇の金銭解決制度を導入するのはありだと思います。但し選挙の場合には伝え方を間違えると猛反発となります。小泉さんへの批判は主旨より伝え方にあったと思います。

 軽部 小泉さんは、解雇の自由化を考えているわけではない、正規・非正規の格差解消のための労働市場改革をしたいのだと説明しました。

 柴山 正規雇用と非正規雇用の間にある壁は、大きな問題です。正規雇用は何重にも守られて賃金も高いのに、非正規雇用の安定性は極めて低く、賃金も安い。この格差や分断を次の世代にまで残していいのか。私の答えはノーです。

 軽部 2014年に消費税を8%に引き上げる際、政府は臨時福祉給付金(簡素な給付措置)を交付しました。消費税には逆進性がありますから、住民税非課税世帯に対して、1人につき1万円を支給する制度でした。その対象人口は2400万人ほど。つまり、10年前の数字でも、日本の人口の5分の1が、住民税が非課税になるほど厳しい暮らしをしている。その後、格差は拡大している可能性があります。

 日本のジニ係数(社会の所得格差を測る指標)はそこまで大きくなっているわけではありません。しかしバブル崩壊後、「総中流社会」と言われていた日本の格差がじわじわと拡大してきたことは確かです。

 また、いったん非正規雇用者になると、なかなか正規雇用者になるのが難しいことが、その格差の固定化をもたらしている。この制度的な問題を解決しないと、欧米のように格差と分断が著しく拡大し、社会が壊れかねない。そのような危機感があったからこそ、総裁選候補者たちが「分厚い中間層」の復活を唱えたのでしょうね。

 中空 経団連からも「格差問題の解決、分厚い中間層の再構築」を訴えられていますから、言わざるを得ない面があるのでしょう。選挙で勝つためにはマスを取り込む必要があるわけですから、あまりニッチな部分に振って共感を得ても意味がなく、どうしても誰も反対しないような一般的なことしか言えないのだと思います。

 とはいえ、分厚い中間層をどうやって作るのかと問いたいところでもありますが、具体的な答えを提示する候補はいませんでした。私自身は分厚い中間層を作るには、競争力をつけるほうが先決ではないかと思います。たくさん儲けて、たくさん税金を払う「分厚い勝ち組」です。まぁそんなことを言えば、選挙に絶対負けそうですよね(笑)。

(軽部 謙介,河村 小百合,中空 麻奈,柴山 和久/文藝春秋 2024年11月号)

ジャンルで探す