マンション価格の暴騰が“投資のミスマッチ”になっている理由

 マンション価格の高騰が止まらない。新築マンションは都区内ではすでに昨年から平均価格が1億円を超えるようになっているが、新築相場につられるように中古マーケットの高騰も目立っている。一般庶民にとってもはやマンションは高根の花、全く手が届かない存在になっているのが実態だ。

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「マンション価格はまだまだ上がる」という読みは正しいのか

 だがマンションは人が生活を送るための住居にすぎない。それであるのに一般庶民が住むことができないということに不合理を覚える人は多いだろう。またこうした動きを「バブル」と評して批判するひとも多くいる。いっぽうで、マンション価格はまだまだ上がる、早く、無理してでも買わなければ、さらに上がると煽り続けるひともいる。いったい何が正しくて、何がミスリードなのだろうか。

 現在のマンション相場を不動産価値から冷静に分析してみると、わかってくることがある。長く不動産投資のアドバイザリーを務めてきた立場からあらためてマーケットの状況を考察してみた。

 ある都内湾岸エリアにある築5年のタワーマンションを例に考えてみよう。高さ48階建、総戸数約1000戸の超高層マンション。最寄り駅からは徒歩10分強かかるが、分譲時から大変な人気を博した物件だ。分譲価格は坪当たり300万円台半ばから390万円台。同じ湾岸エリアにある晴海フラッグの分譲価格(坪300万円前後)よりもやや高いが、タワーであり、東京ベイを見晴るかすロケーションが評価されたのか販売は順調に終了した。

現在の売り出し価格は「高すぎる」

 さてこのタワマンの現状をチェックしてみよう。中古販売、賃貸サイトを覗くと、このマンションから多数の住戸が掲載されている。この中から比較的一般的な事例として12階、住戸面積70.09㎡(21.20坪)の住戸Aと高層階である44階住戸面積87.73㎡(26.54坪)の住戸Bを取り上げて分析してみる。

 分譲時点での住戸AとBの価格をみてみよう。必ずしも同じ住戸かは断定できないが、住戸Aは7650万円(坪単価:360万円)、住戸Bは1億250万円(坪単価:386万円)だ。このうち住戸Aとほぼ同じ条件の住戸が現在売りに出されている。売却希望価格は1億7700万円(坪単価:835万円)である。おおむね1億円の売却益を見込んでいるものと思われる。いっぽう現状のサイトには掲載がないが、仮に住戸Bクラスの住戸が売りに出されるとすれば坪850万円程度になると思われる。価格は2億2500万円程度だ。

 さてこれを見ているあなたはどう思っただろうか。えらい儲かるやんか。買っておけばよかったと思ったに違いない。たしかにたった5年、住んだかどうかはわからないが、所有しただけで1億円の利益が出るのだから、毎日働いているのがばかばかしく思えるだろう。

 だが、不動産投資の専門家の立場から見て、さてこの内容をみると首をかしげざるを得ない。現在の売り出し価格があきらかに「高すぎる」からだ。

利回りはどれくらい期待できるのか その1

 不動産投資を行う際の基本は、取得しようと考えている不動産に対する期待利回りだ。つまりその不動産を取得して、外部テナントに賃貸した場合、取得価格に対してどのくらいの賃料収益を「期待」するかである。そして年間で得られる賃料収入を取得価格で割った料率を表面利回り(グロスレート)という。

 では、現在売り出し中の住戸Aを取得して仮に賃貸に拠出した場合、どの程度の利回りが得られるのだろう。幸いなことにサイト上には、同じタワマン内で賃借人募集を行っている住戸が、びっくりするくらいたくさん掲載されている。この中から同等の条件の事例を取り出してみると、月額賃料(希望賃料)は34万5000円である。これは現在の売り出し価格(1億7700万円)だと表面利回りは2.34%である。実際には賃料をすべて懐に入れられるわけではなく、管理費や修繕積立金が差し引かれる、また固定資産税や都市計画税の負担も必要になるが、いずれにしても利回りとしては極めて低いと言わざるを得ない。

 現在の不動産投資マーケットであれば期待利回りはグロスで4%は欲しいところだろう。これは賃料に直せば月額59万円になる。実際の募集賃料が相場だとすれば、乖離は25万円にもなる。表現を変えるならば、ソフィスティケイトされた不動産投資家であれば、このクソ高い物件にはまず手を出さないという結論になる。現行賃料を基準に期待利回りである4%を確保できる買値は1億350万円だ。それでも分譲時の価格よりも2700万円も高い。分譲時に取得した投資家であれば、十分な投資成果だといってよい。

利回りはどれくらい期待できるのか その2

 同様に住戸Bの事例をみてみよう。同等条件の住戸での賃貸募集賃料は43万5000円だ。仮に住戸Bを坪850万円で売りに出すとすれば、価格は2億2500万円。表面利回りはわずか2.31%になる。同様に期待利回りを4%とすれば、月額賃料で75万2000円は得なければならない。だがどう考えてもこの賃料を負担してでも入居を希望する賃借人がいるエリアとは思えない。逆に現行相場で4%の期待利回りを得ようとするならば、取得価格は1億3000万円でなければならないということになる。希望売却価格となんと1億円近くの乖離がある。つまり買う側からみれば、こんな価格で買ってはいけないということになる。

 分譲価格で現在の賃料相場を計算してみると住戸Aで5.41%、住戸Bで5.09%だ。

 十分期待利回りを上回っている、つまり「お買い得」な物件ということになる。買って正解だったといえよう。

ポジティブな人が期待するシナリオとは

 ここまで話しても、「それでもまだまだ都心湾岸立地のタワマンは値上がりするはずだ!」と叫ぶ人がいるかもしれない。もちろんそういう威勢のよい人があってこそ成立するのが投資マーケットだ。ではポジティブに考えてみよう。

 まず期待利回りが4%、というのがコンサーバティブ(私はそうは思わないが)だとしよう。現在の賃料相場だと2.3%台。これが将来は1%台にさらに下がる(1%台であっても買う人がいる)、というシナリオを描けば投資は吉だ。あるいは現在の賃料相場は低すぎるのでこれからは期待する利回り4%の賃料(住戸Aで59万円、住戸Bで75万2000円)に値上がりするとみるのも自由だ。

 ただ政策金利が上がり、こうした物件を取得するためのローンコストは今後、上昇基調だ。現在の売却希望価格で取得すること自体がすでに期待利回りが2.3%、その期待がさらに下がることは、そうした価格でも買いたいという人がいるという前提に立つこと、または金利上昇は一時的で今後は低金利になる、と予測するしかない。ただ、金利はすでに史上最低水準から脱しつつあるし、湾岸タワマンの賃料が月額75万円になることを夢想するのは結構だが、賃貸はあくまでも実需の話だ。それだけの値上がりを実需に期待できるほど、現代日本人の収入は高くはない。

 日本ではこの先も金利は上がるわけがない! となぜか断言してしまう人もいるが、期待利回りは将来、テロ、戦争、パンデミック、大地震、噴火などの大災害が起きればあっというまに跳ね上がる。金融マーケットは常に世界の金融マーケットにリンクしている。現行の低金利状態がこの先も長く保証されているわけでは決してないのだ。

 こうしたことを鑑みるに、実はこのタワマンの分譲時の価格はこの5年を振り返る限りにおいて、正鵠を得たものだったのだ。表面利回りで5%台を確保していたのだから。これを2%台でエグジット(売却)したいという現在の売主の心理は、やはりかなりのお花畑状態にあるといってよい。

晴海フラッグの現状は

 実は板状棟の分譲引き渡しが終わった晴海フラッグで同様の現象が起こっているという。ここは今回の事例のタワマンよりもさらに立地条件が悪く、賃貸住戸に反応する人が極めて少ない、つまり賃料相場が低い、あるいは需要自体を見込めない状況にあるという。つまり、不動産投資としては最初から「失敗」なのである。

 でもそんなに悲嘆にくれることもない。マンションは所詮「人の住むところ」であるからだ。湾岸の海風に吹かれながら充実した、心豊かな毎日が送れるのならば、そしてどんなに多額のローンであっても、自身の収入から返済ができるのであれば、何の問題もないのである。

(牧野 知弘)

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