被害総額40億円! 驚愕の「クラシックカー投資サギ事件」優秀なレストア職人なぜ悪事に手を染めた?

2024年9月、兵庫県警は詐欺容疑で高級クラシックカーのレストア販売会社オーナーを逮捕しました。余罪を含めると集金総額は56億円にもなるようですが、なぜ彼は悪の道に走ったのでしょうか。そこには業界の特殊な現状がありました。

被害総額36億円以上! 世間に衝撃を与えた巨額詐欺事件

 クラシックカーをめぐる投資を呼びかけて多額の金銭をだまし取ったとして、兵庫県警は2024年9月10日、詐欺容疑で東京都渋谷区の自動車修理販売業、室崎泰夫容疑者(42歳)を逮捕しました。

 警察の調べによると、室崎容疑者はクラシックカーを仕入れてレストア(復元)販売する投資話を兵庫県に住む会社役員の男性に持ちかけ、「投資すれば半年後に5%が上乗せされて償還される」と説明し、2023年2月27日と3月2日の2回、合計4億円をだまし取った疑いがもたれています。

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クラシックカーの整備工場。写真はイメージ(画像:PIXTA)。

 室崎容疑者は同じような投資話を別の男性にも持ちかけており、10月1日には約1億4千万円を詐取した容疑で再逮捕されています。余罪は他にもあるようで、その後の捜査で投資家から総額約56億円を集めた疑いも持たれていますが、室崎容疑者が経営していた会社はすでに破綻しており、36億円以上が被害者に返還されない可能性があります。

 現状、室崎容疑者は「弁護士と相談してから話します」と認否を留保しているようですが、なぜ彼は、このような悪事に手を染めてしまったのでしょうか。そこには、クラシックカー販売特有の商売の難しさがあるようです。

容疑者は優秀なレストア職人? 有名店が起こした事件

 室崎容疑者が自身の会社「STAR CRAFT」を設立したのは2012年です。場所は神戸市東灘区で、クラシックカーの整備や販売が主な事業内容でした。

 扱うクラシックカーは、主に1960~1970年代初頭のメルセデス・ベンツやポルシェなどといった、いわゆる往年のスーパーカーで、これら高級クラシックカーを海外から輸入し、レストアしてから販売していました。

 意外なようですが、2023年8月の倒産までは同社の評判は悪くなく、作業に必要な設備もしっかりと整えられており、腕の立つメカニックを何人も雇用して、1台ずつコンディションに応じたメンテナンスやレストア作業を行っていた模様です。

 なかでも欠品による部品在庫のないクラシックカーの場合は、オリジナルのパーツを日本でスキャンし、ベトナムにある関連会社でCAD化して、3Dプリンタを用いて部品を複製していたとか。また、そのようにして製作したものは、部品としても販売していたようで、こうした画期的なサービスにより業界の中でも注目される存在でした。

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世界的に高値で売買されているS30型の日産「フェアレディZ」。写真はイメージ(画像:写真AC)。

 筆者(山崎 龍:乗り物系ライター)は室崎容疑者の犯罪をかばうつもりは毛頭ありませんし、被害に遭われた方の救済を心から祈っています。ただ、彼が最初から人をだますつもりで会社を起こした詐欺師であるとは、こうした経緯や周囲の評判を鑑みると、どうしても思えません。

 事実、室崎容疑者は高校卒業後、大阪のレストア職人に弟子入りし、そこで高級外車のレストア技術を学んでいます。その後、大手販売会社のレストア部門で腕を振るったあと「STAR CRAFT」を設立しました。同社では約10年間で65台をレストアしており、彼が正真正銘のレストアラーであったことは間違いないようです。では、そのような有能な職人であった彼が、どうして犯罪に奔(はし)ってしまったのでしょうか。

世界的ブームによるクラシックカー人気の負の側面

 近年は世界的なブームにより、クラシックカーの相場は年々高騰しています。ここ20年ほどの上昇率は、金やプラチナなどの貴金属、ワインや時計、美術品のそれを上回っています。

 その背景には、オルタナティブ投資の過熱による投機マネーの流入があります。クラシックカー市場は株式や債券といった金融資産との相関性が低く、高いリターンが期待できるということで、有望な投資先として投資家から注目を集めています。室崎容疑者が男性に持ちかけた「クラシックカー投資」は、けっして珍しい話ではなく、大手の資産運用会社が高いリターンを謳って投資ファンドを立ち上げているほどです。

 こうした市場の加熱ぶりを見ると、クラシックカーを取り扱う専門業者は、さぞかし儲かっているのだろうと思う人がいるかもしれませんが、現実にはまったく様相が異なります。商売の基本は「安く買って高く売る」ことにあるわけですが、相場の高騰による仕入れコストの上昇で、販売店の経営リスクもまた大きくなっているといえるでしょう。

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整備工場でレストア中のポルシェ。写真はイメージ(画像:PIXTA)。

 海外オークションで、数十億円で取り引きされるフェラーリ250GTOのような希少車はともかく、空冷ポルシェやR34型「スカイラインGT-R」などはブームのあおりで高騰したといっても所詮は量産車です。市場では常に一定の台数が流通しており、ある意味で買い手市場といえます。

 こういったクルマは、すぐに買い手が見つかれば相場が高騰した分だけ得られる利益も大きくなるのですが、現実には数千万円もの高額商品が次から次へと飛ぶように売れるはずもなく、在庫の長期化傾向により保守管理コストの上昇が販売店の経営を圧迫しているのが現状です。

 これはレストア業者や専門の整備工場についても同じことが言え、中古車相場の高騰にあわせて部品価格も高騰していることから、修理中に立て替える部品代の上昇が整備工場の経営に悪影響を与えているのも事実です。

ハマったら抜け出せない「今さえしのげれば」の泥沼

 こうした状況でなにか1つ間違いが起これば、会社の経営は一気に傾くことになり、急場をしのぐため他の客が支払った前払金や手付金による補填を余儀なくされます。そして、どこかで負債を埋められなければ、徐々に経営は自転車操業となっていくでしょう。そのようなことを繰り返せば、負債は雪だるま式に増えていき、やがては経営破綻を招きかねません。

 こうなると、トランプのババ抜きと同じで、最後の客は前払金を支払ったのに「クルマが届かない」「修理がされていない」「預けていたクルマが戻ってこない」といったトラブルに巻き込まれることになります。

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整備工場でクラシックカーをレストアする様子。写真はイメージ(画像:PIXTA)。

 日本経済の長期低迷に加えて、「アベノミクス」による円安やコロナ禍などの影響もあり、「STAR CRAFT」の経営はかなり苦しくなっていたのでしょう。室崎容疑者は道を踏み外していることは内心気づきながらも、「今をしのげれば必ず挽回できる」との楽観バイアスでどんどんと深みにハマり、やがては戻るに戻れないところへと自らを追い込んでしまったものと筆者は考えます。その結果が経営する会社の破綻、詐欺罪による逮捕という、誰にとっても最悪の結末に至ったのではないでしょうか。

 今回の事件は、被害額の大きさと投資を謳ったことから世間の注目を集めましたが、じつはクラシックカーの業界では、けっして珍しい話ではありません。クラシックカーの購入や修理を専門店に依頼する場合は、経営状態に問題はないか、信頼に値する業者かを付き合う前にしっかり見定める必要があるようです。

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