イギリス「次期戦闘機やめます」報道は過剰反応か? 波乱だらけの国際開発 “最悪のシナリオ”を回避するには

イギリスの政権交代により、日英伊による次期戦闘機の共同開発計画「GCAP」が方針転換する可能性が出てきました。実際どのような影響が考えられるのでしょうか。

イギリス保守党が歴史的大敗 政権交代発生!

 イギリスの「ザ・タイムズ」など複数のメディアが2024年7月19日、イギリスの政権交代によって、同国と日本、イタリアの3か国による新たな有人戦闘機の共同開発計画「GCAP」が、イギリスの国防方針見直しの対象になると報じました。

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BAEシステムズがかつて公開したGCAPのコンセプトCG(画像:BAEシステムズ)。

 イギリスでは2024年7月4日に下院の総選挙が行なわれ、選挙前まで野党であった労働党が勝利し14年ぶりの政権交代が起こりました。5日に同党党首のキア・スターマー氏を首班とする新政権が誕生しています。

 イギリスでは時の政権によって幾度となく国防方針が見直されています。スターマー政権も保守党政権時代に定められた国防方針を踏襲するつもりはなく、同政権は7月16日に国防方針の見直しを発表しています。

 この時点では、国防費を対GDP(国内総生産)比2.5%にまで引き上げることや、引き続きウクライナを支援することなどが確認されたものの、GCAPを含めた個別の案件については言及していませんでした。

 GCAPは保守党政権時代の2022年末に誕生したプログラムですが、イギリスの国防、および日本、イタリアとの関係などから重要だと日英のメディアで報じられています。

 一方、スターマー政権で国防担当閣外相に任命されたルーク・ポラード下院議員が7月18日に開催された国際空軍参謀長会議の席上で、GCAPを含めた個別のプログラムについて「(2025年前半に)国防方針見直しプロセスが完了するまでは何も断言できない」と述べており、この発言からGCAPの中止や見直しが起こるのではないかとの見方が強くなってきたものと考えられます。

 GCAPのように国家が対等な立場で参加する防衛装備品開発プロジェクトでは、参加する国家の都合で、プロジェクトが危機に瀕することが珍しくはありません。

 たとえば現在、ドイツ空軍機とスペイン空軍機が来日し、航空自衛隊と共同訓練を行っているユーロファイター「タイフーン」(ドイツとスペインではタイフーンという愛称は使わない)は、イギリスとイタリア、ドイツ、スペインの共同開発機ですが、これも紆余曲折がありました。

ドイツが抜けて頓挫の可能性もあったユーロファイター

 ユーロファイターの開発は企画段階でのフランスの離脱のほか、技術的問題や東西冷戦の終結などから当初の計画(1980年代)よりも遅くなっただけでなく、東西ドイツの統一により旧東ドイツのインフラ整備に多額の資金の投入を余儀なくされたドイツが1992年に計画からの脱退を表明したことから、一時は開発計画の頓挫が取りざたされていました。

 その後、検討された代替案がタイフーンの開発を続行するより割高になることが判明したことから、ドイツは脱退を取り下げ、当初の計画よりも就役次期は遅れたものの無事就役しています。

 ユーロファイターほど極端な例は多くありませんが、政権交代により国防方針の見直しが計られ、ヨーロッパ諸国が国際共同プロジェクトの再検討を行った事例は存在します。このためイギリスの新政権がGCAPを見直しの対象として、イギリスメディアが中止と騒ぎ立てるのも、不思議な話ではありません。

 このGCAP見直しの報道は、日本国内でも大きく取り上げられており、大手新聞社及びNHKなどのテレビメディアでも「次世代戦闘機」「見直し」さらに「開発中止」といった文字が見出しに踊っています。しかしスターマー首相と7月16日に電話会談を行なった岸田文雄総理大臣は、GCAPで日英両国が協力していくことを再確認していますし、林芳正官房長官も7月22日の記者会見で、GCAPの見直しを否定していることなどから、計画見直しという事態には至らないと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。

 国内報道でこのような状況になっていることに関しては、日本が他国と兵器共同開発をした経験が少ないことが影響している可能性も考えられます。

 日本はアメリカとF-2戦闘機などの防衛装備品の共同開発を行った経験はありますが、ヨーロッパ諸国との防衛装備品の共同開発プロジェクトに参加した経験はありません。それ故に日本のメディアは、ポラード閣外相の発言やイギリスメディアの報道に対して、やや過剰に反応しているのではないかとは思います。

 とは言うものの、イギリス国内で政権交代以前からGCAPの見直し議論がくすぶっていたのも事実です。その最大の理由は、いくらになるのかわからない巨額の開発費と製造費にあります。

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ユーロファイター「タイフーン」の共同開発機体だった(画像:イギリス国防省)。

 イギリスは2021年9月にアメリカ、オーストラリアと軍事同盟「AUKUS」を結成しています。AUKUSは新原子力潜水艦の開発を柱に据えていますが、巨額の開発費を必要とするAUKUSの原子力潜水艦開発とGCAPの両方を推進することは不可能なのではないかとの見方が、GCAP見直し議論の論拠となっています。

「わが国主導で」開発は現実的ではない

 日本は2018年12月に、F-2後継機を「国際協力を視野に、わが国主導で開発する」という方針をいったんは発表したものの、この時点で国際協力の主眼と位置づけていたアメリカが協力に消極的な姿勢を示したことから、GCAPへの参加に舵を切ったという背景があります。

 時間とお金をかければGCAPから脱退して、当初の方針通り「わが国主導で(戦闘機を)開発」という方針に立ち返ることもできなくはないと思いますが、現在の日本はF-2を開発していたころとは比べものにならないほど経済的に弱体化しており、「わが国主導」で現在運用しているF-35を超える第6世代戦闘機を単独で開発することは、現実的ではありません。

 アメリカと新型機の共同開発も困難な状況で、早期に第6世代戦闘機を入手できる、ほぼ唯一の道がGCAPだと思います。

 なお、GCAP の主契約企業のひとつであるBAEシステムズは7月21日、イギリスで開催中のファンボロ―国際航空ショーにGCAPの新たなコンセプトモデルを展示しました。

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アメリカのロッキード・マーチンなどの協力で三菱重工が開発したF-2(画像:航空自衛隊)。

 GCAPを空中分解させないために、日本はこれまで以上の努力が必要になると思いますし、イギリス、イタリア両国が望んでいると報じられている、サウジアラビアの加盟といった、日本からすると「妥協」にしか見えない選択肢についても、より真剣に検討していく必要があるとも思います。

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