日本一? 超~遅いスピードで走る「黒子の列車」とは なぜ遅い?「これが仕事だよ!!」
列車の安全運行を担う保線車両のひとつに「削正車」があります。ただ、そもそもレールを削る必要はあるのでしょうか。実はとても重要な役割があるそう。ゆえに次世代モデルも登場しています。
文字通り「黒子」の車両
多くの人が寝静まった頃合いを見計らって、火花を散らせながらレールをゆっくりと舐め回す、奇妙な列車が夜な夜な走る。しかもその姿を見た者は稀――いかにも夏の風物詩、「怪談話」のように聞こえますが、実は線路を維持する保線車両のひとつ、「削正(さくせい)車」のことです。
同車は、ほとんどの場合、終電が走り去った後の深夜に動き出すので、一般人の目に触れる機会があまりないのも無理はありません。
では、どんな役割を担っているのかというと、それは読んで字のごとく、レール頭部を削って補正することです。
風で運ばれた砂埃や、スリップ防止のために列車の車輪に吹きつけた砂などがレール表面に乗り、その上を重い列車の鉄輪が転がると、わずかながらレール上にクラック(傷)ができてしまいます。
「太くて丈夫な鉄製のレールだから、びくともしないのでは」と思いがちですが、実はレールはとてもデリケートです。
列車が走れば、巨大な荷重が鉄輪を通じてレールにかかります。このとき、下方向にレールを曲げようとする力、いわゆる「曲げモーメント」が生じ、さらにこの圧力で鉄分子も擦れて、発熱します。
その一方で、列車が通り過ぎると、今度はレールが元に戻ろうとするほか、「鉄冷え」と言われるように急速に冷めていきます。
これを繰り返すと、やがてごく小さなクラックをきっかけにしてレールに亀裂が入り、最悪の場合、線路が破断して脱線事故を引き起こす事態にもなりかねません。
また、そこまで至らなくともデコボコのレールでは乗り心地が悪くなるだけでなく、鉄輪とレールとの摩擦係数も大きくなるので、列車のエネルギー効率(燃費)も低くなります。
こういったことを防ぐのが削正車の務めなのです。ただ、少々ユニークなのが、作業能力を示す単位が、「頭(とう)」である点です。
ビックリするくらい遅っ! な作業速度
車両にはレール表面を削る、ヤスリや砥石の役目を果たす「削正器」という装置が多数装備されています。「頭」の数字が多いほど高性能で、長い距離のレールを一気に磨き上げることができます。
最小レベルの「4頭」から始まり、日本では10~20頭が主流ですが、海外では100頭超えも存在します。
「4頭」「14頭」「100頭」と聞くと、初めての人は「深夜に馬車が走るの?」と勘違いしそうです。
なお、開発した欧米では、この“砥石”のことを「head(ヘッド)」と呼び、日本導入の際にこれを直訳したようです。
削正器は車両の両側側面に配置され、レールに接地させて擦っていきます。砥石は回転式が主流で、「荒削り」「中間削り」「微細削り」という具合に、数種類の”砥石”が用意されています。また「仕上げ」には、レール頭部を鏡面のようにピカピカに磨き上げるベルト式削正器もあり、通常は車両の前後に2頭ずつ設置されています。
とはいえ、1両あたり装備できる“砥石”は、車両の長さの都合上、三十数頭(片側20頭弱)が限度です。ただし、効率を図るため、削正車を何両も連結し列車仕立てにする場合もあります。線路が長大な大陸国家の場合は、100頭超となることも少なくありません。何重連結もの削正列車が、レールを削る際の火花を勢いよく発しながら走る光景は、まさに圧巻です。
ちなみに、作業時の速度は0.5km/h~2km/hほどで、人が歩くスピードよりもかなり遅いようです。
また、1両編成が1回の走行で削る厚さは、最大0.3mm程度で、この場合、対象区間を2往復するのが一般的ですが、「100頭超」くらいになると、片道だけの「1発OK」が可能となります。
人手不足の日本で独自進化した「カニ歩き」車両
日本で主流の削正車は、小回りの利く20頭前後のものだそうですが、実は保線の分野も深刻な「人手不足」に陥っているため、昨今では各メーカーとも省力化・省人化マシンの開発に、しのぎを削っています。
中でも注目は、「保線機器整備」という会社が開発したばかりの「RGSB-U14」です。
これはいわゆる14頭式で、全長約8.4m、重量約14t。車両は中くらいの部類ですが、注目なのが、自ら「カニ歩き」しながらトラックを乗り降りするほか、線路へのセッティングまでこなします。
線路のそばまでトラック輸送された本車は、クレーン車が作業時に張り出す「脚」のような「アウトリガー」を伸ばし、まず自らの車体を120cmほどアップさせ、輸送トラックを移動させます。次にアウトリガーを横方向に、50cmずつゆっくりと動かし、線路上まで移動させ、アウトリガーを縮めてレール上に接地、準備完了です。
通常、削正車の搬入・撤収には大型クレーンが必要ですが、これにともなう手間・ヒマ・コスト、そして人手もがかかりません。
加えて、本車の移送の際に使用する車両が「大型トラック」だという点も、実は大きなポイントです。
この最大積載量は通常20t(最大で25t)なので、14tの本車なら余裕で積載でき、また荷台床面の高さも9~12mが普通なので、「低床型」であれば、余裕で「自分で乗り降り」が可能です。また大型トラックの荷台全長も多くが10mなので、本車を楽に積みこめます。
利点はこれだけではありません。仮にトレーラー輸送が必要となると、この運転手は大型免許に加えて牽引免許が必要になり、それだけ人件費が嵩んでしまいます。さらにトレーラーの場合、高速道路料金もぐっと跳ね上がってしまいます。
それが、この「RGSB-U14」であれば必要なくなるため、保線会社の取得・運用コスト、ひいては鉄道会社の保線コストの圧縮にもつながるのです。
これらを鑑みると、削正車というニッチな領域でも、すでに「省力・省人競争」が始まっているといえるでしょう。
07/21 15:42
乗りものニュース