「戦車を発明した国」が戦車廃止へまっしぐら? 抜け出せない“平和ボケ” 欧州新型戦車のゆくえ

現代のヨーロッパの戦車開発において、世界で初めて戦車を実戦投入したイギリスが出遅れています。射撃テストも試験場がないとしてドイツで行わなければならない始末です。原因には、冷戦後の“平和ボケ”がありました。

ウクライナ戦線では最重量のチャレンジャー2

 2023年8月、ウクライナ軍はザポリージャ州の戦線で、西側から供与された戦車、装甲車を押し立てて反転攻勢を開始しました。
 
ロシア兵A:「敵車両の動きを探知した」
ロシア兵B:「どんな車両だ?」
ロシア兵A:「わからない。ばかでかくて、すごくうるさい」

 これはチャレンジャー2戦車を配備したウクライナ軍部隊が傍受した、ロシア軍の無線通信とされています。

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独仏合弁企業KNDSがユーロサトリ2024に出展した、今後10年を見据えたモジュラーソリューションとしてのレオパルト2 ARC3.0(画像:KNDS)。

 第1次大戦中のソンムの戦いで、イギリス軍がマーク1型戦車を初めて登場させ、ドイツ軍を驚かせましたが、21世紀にはチャレンジャー2戦車をしてロシア兵に「ばかでかくて、すごくうるさい」と言わしめました。この戦車はロシア兵が見慣れたT-72系列より一回り大きく重量70tにも及び、ウクライナ戦線では最も重い車両なので、動けば地響きが伝わるぐらいのインパクトはあったようです。

 チャレンジャー2は、イギリスがウクライナに供与を決定した最初の西側第3世代戦車で、その後の西側各国が第3世代戦車を供与する呼び水となり、国際政治的なインパクトもありました。実際の戦場では、長射程での射撃精度が評価されてはいるものの重すぎて動きが制約され、供与数も少なく戦局に寄与するほどではありません。2023年9月6日には最初の損害が確認されています。

 前述の通り、イギリスは世界で最初に戦車を実戦投入した国ですが、伝統あるイギリス戦車も21世紀ではすっかり精彩を欠きます。

 冷戦後の2000年代初頭は、戦車を使うような国家間戦争の蓋然性は低いと思われ、この“平和ボケ時代”に戦車開発は停滞。イギリスの戦車メーカーだったBAEシステムズは2009(平成21)年5月、採算性が悪化し回復も見込めないとして戦車製造ラインを閉鎖しました。しかしロシア・ウクライナ戦争の影響で戦車のニーズは爆上がりしています。

フランスとドイツは合弁企業を設立

 ヨーロッパでは、フランスとドイツが主導して次世代欧州標準戦車を目指す「MGCS」(Main Ground Combat System:陸上主力戦闘システム)の開発が進んでおり、2024年6月にパリで開催された兵器展示会「ユーロサトリ2024」では、独仏合弁企業KNDSがMGCSへの3ステップを示しました。

・第1ステップ:実績あるソリューションの活用として「レオパルト2A8」と「ルクレールXLR」
・第2ステップ:今後10年に向けたモジュラーソリューションとして「レオパルト2 ARC 3.0」と「ルクレール・エボリューション」
・第3ステップ:次世代戦車の提案として「EMBT ADT 140」

 これらはあくまでもコンセプトモデルであり、そのまま実現するわけではありませんが、MGCSの具体的成果を可視化してきたことが注目されます。

 対照的に戦車発明国イギリスの影はすっかり薄くなっています。製造ラインを閉鎖して15年が経過し、国産戦車はもうロストテクノロジーとなってしまっているのです。

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チャレンジャー2の延命改修型チャレンジャー3(画像:RBSL)。

 それを象徴するのがチャレンジャー2の改修型「チャレンジャー3」です。NATO内でも唯一のライフル砲などユニークスキルで扱いにくく、旧式化も懸念されたチャレンジャー2の延命計画が2005(平成17)年に立ち上がります。しかし“平和ボケ時代”、予算を削減されるなど消極的でした。

 2014(平成26)年になって、チャレンジャー2を2030年代まで使えるように延命するプログラム(LEP)がようやく始まり、国内メーカーのBAEシステムズとドイツのラインメタルが審査に応募します。審査結果が出た2019年にはBAEとラインメタルは統合してラインメタル・BAEシステムズ・ランド(RBSL)社となっており、このプログラムはドイツとの合弁事業となります。

前倒しされたチャレンジャー3開発

 しかしチャレンジャー2LEPはイギリス国内では不評でした。国産戦車技術はロストテクノロジー化していることが明確となり、予算オーバーと計画遅延で議会からは追及され、外国戦車を輸入せよという意見も出されました。

 それでもイギリス国防省は2021年にチャレンジャー3と命名してプログラムを承認します。なんとかイギリス戦車の面目だけでも保ちたいと考えたのでしょうか。

 2024年5月、イギリス国防省はドイツで射撃試験を成功裏に実施し、5000mでも目標に命中するという並外れた長距離射撃精度を示したと発表しました。しかしこれを実現したのはドイツ製ラインメタルL55A1 120mm滑腔砲です。国内には施設がないので、試作車テストさえもドイツに持ち込まなければならないというのがロストテクノロジー化したイギリス戦車の現実です。

 228両保有するチャレンジャー2のうち148両がチャレンジャー3に改修され、2027年には初期作戦能力獲得する計画でしたが、風雲急を告げる欧州情勢を受けてイギリス陸軍の近代化を加速するため、2025年に前倒しされました。そして2030年代には将来戦車に交代することになっています。

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チャレンジャー2の120mm主砲。砲身内に溝が切られたライフル砲であることがわかる(Cpl Ross Fernie RLC, OGL v1.0OGL v1.0, via Wikimedia Commons)。

 次の問題が、この将来戦車が何になるかです。MGCSを主導するドイツ、フランス政財界の思惑は必ずしも一枚岩ではなく、分裂する可能性も十分に考えられます。そうなった場合イギリスはどういう選択を迫られるのか。いずれにしても2030年代以降のイギリス戦車戦力を担うのはイギリス国産戦車でないことだけは確かです。

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