飛行機は「富士山に近づかない」が鉄則、なぜ? 恐ろしさを知らしめた過去の大事故とは?

国内線の航空機に乗ると窓の外に富士山が見えることがありますが、この山の周囲にはとても恐ろしい乱気流が流れています。そのため、旅客機などは不必要に近づかないようにしているほど。過去にはそれが原因で事故も起きました。

半世紀以上前に起きた富士山至近での墜落事故

 飛行機で、羽田空港から西日本に向かう多くの便では、機窓から富士山を眺めることができます。日本一の山を空の上から見るのは格別で、もっと近づいて見てみたいと思う方も多いのではないでしょうか。

 しかし航空関係者のあいだでは、「富士山の近くを飛ぶ際は要注意」というのがほぼ常識になっています。なぜなら富士山の風下側には、ジェット旅客機をも空中分解させる、強力な乱気流が存在するからです。

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富士山をバックに飛ぶアメリカ海軍のF/A-18F「スーパーホーネット」戦闘機(画像:アメリカ海軍)。

 風が山を越えて吹くとき、山の斜面に沿って吹き上がった空気は山頂へ向かっていくにつれ冷たく重くなり、山頂を越えると今度は温まって膨張しながら吹き下ろしてきます。ふもとにまで達した空気は十分に温まり、今度は上昇気流となっていき、上昇するに従い再び冷たく重くなることを繰り返し、波打つような流れを作ります。

 このように、山の風下側に発生する波打つような気流のことを、気象の世界では「山岳波」と呼んでいます。山岳波は時に100~200kmも遠くまで影響することがあり、周囲に乱気流を発生させる場合もあります。

 山が高いほど、そして吹く風が強いほど山岳波は強くなるので、周囲に風をさえぎる山がなく、そのうえ日本一高い富士山は、非常に強力な山岳波の発生源となります。特に西高東低の気圧配置で、強い北風の吹く冬には、関東地方にまで富士山の山岳波による乱気流の影響が見られるほどです。

 富士山の山岳波による乱気流の恐ろしさを航空関係者のあいだに知らしめたのは、1966年3月5日に発生したBOACの略称で呼ばれた英国海外航空(現在のブリティッシュ・エアウェイズ)のボーイング707墜落事故でした。通常、伊豆大島上空から太平洋に抜けるルートを進むところ、乗客へのサービスだったのか富士山に接近するルートをとった結果、当該機は強い季節風の風下側にあたる静岡県御殿場市上空で乱気流に巻き込まれ、空中分解しながら墜落したのです。

グライダーなどは逆に利用することも

 当時、富士山の山岳波から発生する乱気流は知られていましたが、ヘリコプターや小型機の飛行に影響を与える程度だと考えられていました。ところが事故調査の過程で、ボーイング707のような大型ジェット機すらも空中分解させるほど強力な乱気流が生じることが判明します。

 この事故を受け、富士山近くに設けられた航空路を飛行する際は、富士山より十分高い高度を確保したり、風上側を通るか風下側では大きく迂回したりすることが徹底されるようになりました。以降、富士山の山岳波による旅客機の墜落事故は発生していません。

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逆光で光る雲により可視化された富士山の斜面に吹く風(咲村珠樹撮影)。

 現在では富士山の場合、山頂付近に50ノット(風速約25.7m)以上の風が吹き、山頂付近の高さに逆転層(通常と違い高度が上がるにつれて気温が上がっていく空気の層)や安定層(高度が上がっても気温の低下がゆるやかな空気の層)があると、航空機に重要な影響を与える山岳波が発生することが判明しています。

 雲の形は気流の影響を受けるので、乱気流の発生を雲で判断することができますが、空気が乾燥していると雲が発生しないため、その場合は乱気流の存在を目視することはできません。気象庁では、1日あたり4回発表する「国内悪天予想図」で、富士山に限らず全国の山地で発生する山岳波など乱気流の発生を知らせており、航空関係者はその情報を参考に飛行ルートを決定しています。

 なお、山岳波は一般的な航空機にとっては極めて恐ろしい存在ですが、気流に乗って高く遠く飛ぶグライダーの場合は、逆に山岳波の上昇する部分、いわゆる「ウェーブ」と呼ばれる上昇気流を有効活用して高度をかせぐことができるため、飛行時間と飛行距離を伸ばすのに重宝するといいます。

 立場が違うと見方も変わるというのが、山岳波の興味深い点ではないでしょうか。

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