「ゲームで弱点を知った」歩兵戦闘車でロシア戦車を撃破し喝采 ウクライナの若き砲手の話は本当か

ウクライナ軍のM2ブラッドレー歩兵戦闘車が雪原で、突如としてロシア軍のT-90戦車と撃ち合いに。結果はM2へ軍配が上がりました。なぜM2がT-90を撃破できたのか。しかしそれを考察する前に、これが事実か慎重に見極める必要があります。

25mm機関砲を乱射

「とても怖かった」「でもよくやれたと思う」「戦車が照準器に入るということがどういうことなのか、うまく表現できない。訓練では、『照準器に戦車を捉えるなんて神さまの思し召しだ』といっていた。しかし偶然にもそうなってしまった」
 
 これは、ウクライナ陸軍第47機械化旅団に所属し、M2ブラッドレー歩兵戦闘車の乗員であるセルヒー(防諜上仮名の可能性あり)が2024年1月、ウクライナメディア『TCH』のインタビューで答えた内容です。

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M242 25mm機関砲「ブッシュマスター」を射撃するM2ブラッドレー歩兵戦闘車(画像:アメリカ陸軍)。

 雪原の林で突然、ウクライナ軍のM2とロシア軍のT-90戦車が遭遇し、接近戦になりました。M2の乗員はM242 25mm機関砲で乱射します。機関砲弾を浴び続けたT-90は125mm主砲をM2に向けることもできず離脱しようとしますが、自爆ドローンが突っ込んできて動けなくなります。T-90は行動不能になり3名の乗員が脱出。セルヒーは25mm機関砲でT-90を仕留めたとして、SNSで話題になったM2の砲手とされます。

 セルヒーはドイツでM2の訓練を受けて、12月に部隊に戻ったばかりだそう。T-90と鉢合わせした時、とっさに戦車の弱点である光学サイトやセンサーを狙い始めたといいます。ビデオゲームで戦車の弱点を狙う癖がついていたというのです。

 25mm機関砲には、装甲目標用の徹甲弾APDS-Tと、軟目標用の榴弾HET-Tが用意されています。Tとはトレーサーの意味で、発射された弾が光を発するため(曳光弾)弾道が見やすくなり、動画でも射弾が「映え」ます。でもセルヒーは、弾種は何を使用したか覚えていないそうです。

M2が連射可能な仕組みとは

 M2にはTOW対戦車ミサイルが装備されていますが、携行弾数が少ないうえすぐに発射することはできず、近すぎる目標にも使えません。この場面では25mm機関砲を乱射するしかありませんでした。T-90の背面などなら装甲を貫通できないこともありませんが、よほど当たり所が良くなければ、致命傷を与えることは困難です。一方T-90の125mm主砲なら、M2のどこにでも1発当たれば確実に撃破できてしまいます。

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ロシア軍のT-90M戦車(画像:ウラルヴァゴンザヴォート)。

 M2のM242 25mm機関砲「ブッシュマスター」はチェーンガンとも呼ばれています。機関銃や機関砲といった自動火器の多くは、発砲時に発生するガスか反動の力でボルト(遊底:銃の基部にある部位。薬室への弾薬の装填、撃発、後部へのガス漏れの閉鎖、発射後の空薬莢の排除などを行う)を作動させて、給弾・発砲・排莢のサイクルを繰り返して連射しますが、不発射弾や弾詰まり(ジャム)で射撃不能になることがあります。M242はボルトの動作をチェーンで連結した電動モーターで行うので、不発射弾が出ても作動が止まらず、強制排莢して射撃を続けられます。

 戦場で火器の弾詰まりは悪夢ですから、連射できるのは大きな利点です。またM2には砲安定装置が装備されており、走行中でも目標に照準を定め続け、弾を浴びせ続けられます。

 湾岸戦争でも、M2の25mm機関砲で戦車を行動不能にした例が報告されており、強烈なパンチ1発でなくとも、切り傷を多数負わせればノックダウンできることが証明されています。多数の命中弾を受ければ、誘爆せずとも反応装甲は作動してしまうし、センサー類が破損します。連続した衝撃は車内にも伝わって車内機器も破損しますし、乗員はパニックになり落ち着いて照準することもできなくなります。結果として戦闘不能になってしまうのです。

乗員セルヒーは本当にヒーローか

 M2などの歩兵戦闘車は歩兵を添乗させて戦車を援護するのが任務であり、敵戦車を撃破するのは戦車の役割です。搭載する機関砲は、敵の歩兵戦闘車や装甲車を想定したもの。アメリカ軍の次期XM30歩兵戦闘車には、このような状況に備えてより強力な30~50mm機関砲を装備することが要求されています。

 今回の戦闘に至った状況が不明ですが、もしT-90が先にM2を見つけて主導権を取っていたら結果は全く違ったものになったでしょう。M2は2両いたため先手を取ることができ、動画撮影できるようなドローンの支援もあるという好条件がそろった中での戦果です。戦闘の主導権を握ることで、乗員が士気を喪失しなかったこともポイントです。

 ただ、これをもってウクライナのM2を評価し、ロシアのT-90を酷評するのは早計です。戦時にネットへ投稿される映像には、有利な情報だけを切り取ったプロパガンダが多い点を考慮すべきでしょう。戦場のごく一場面を恣意的に切り抜いた映像は実像を示しません。

 このM2は、西側供与兵器を集中配備されている精鋭の第47機械化旅団所属で、乗員のセルヒーもヒーローのような扱いでSNSでは拡散されています。本当にこのM2の乗員かも分かりません。戦況をゲームになぞらえている点にも、若い世代にリーチするよう作られているのではないかと注意する必要があります。

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M2と交戦して行動不能になったとされるロシア軍のT-90(ウクライナ国防省のSNS投稿)。

 M2はウクライナへ、アメリカから186両が供与されていますが、民間OSINT(公開情報調査)サイト『Oryx Blog ジャパン』によれば、1月16日現在で65両が失われているそうです。また少なくとも1両がロシア軍に鹵獲されています。ただ、「それでもよくやれたと思う」というセルヒーの言には真実味もあります。

M2ブラッドレー歩兵戦闘車とT-90M戦車が交戦する様子

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