高架化で3年運休ナゼ? 南海高師浜線 異例づくめのバス代行 地域変える可能性も

南海高師浜線が高架化工事のため約3年間の運休に入り、代行バスの運行が開始されました。試行錯誤が窺える異例づくしのバス運行と、容易にバス転換できない一因でもある「路線バス空白地帯」の現地、どうなっているのでしょうか。

駅に改札機3種類 いまだけの「バス専用道」…代行バスがいろいろユニークな件

 南海電鉄本線の羽衣駅から分岐する1.5kmの支線「高師浜(たかしのはま)線」が、2021年5月21日をもって連続立体交差事業(高架化)工事のため全面運休に入り、翌22日から、南海バスによる代行バスの運行が始まりました。

 高師浜線の駅は羽衣のほか、伽羅橋(きゃらばし)と高師浜の3駅(いずれも大阪府高石市)。約3年にわたる鉄道の運休をカバーするために、南海電鉄ならびに南海バスは次のような工夫を凝らしています。

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羽衣駅南のバス専用道を走行する代行バス(宮武和多哉撮影)。

●羽衣駅に登場した「乗換改札」

 羽衣駅では、代行バス車内での料金収受を減らすため、高師浜線の乗換改札に伽羅橋、高師浜両駅の改札業務も集約させるという少し変わった手順がとられています。

・南海本線→高師浜線乗換:降車停留所ごとに引かれた2本のラインに沿って行先別に分かれた自動改札を通過し、外部から進入できない代行バス専用のバス乗り場に向かう。

・高師浜線→南海本線乗換:バスの降車後に専用の発行機で乗車証明書をとり乗換改札を通過、降車駅で精算。羽衣駅下車の場合でも同様。

 車内で運賃を払うケースは、途中駅間利用(高師浜~伽羅橋)の場合のみ。バス車内は整理券発券機やICカード機器すら撤去されるほどの省力ぶりです。

 前出のとおり羽衣駅の代行バス乗り場は、外部から入れない場所に設置され、市道(新村北線)までの鉄道高架下を活用し約250mにもおよぶ代行バスの専用道が整備されています。その脇には21日の南海本線の高架切替まで使用されていた地上の線路が残り、撤去された踏切警報機が積まれていました。工事の進捗により、この風景も大きく変わっていくことでしょう。

●代行バスのルート

 休止する駅の周辺道路が狭隘なため、伽羅橋駅の代替停留所は駅から少し離れた府道(旧国道26号線)上に「伽羅橋(北)」「伽羅橋(南)」と複数に分け、「高師浜」も駅から300mほど離れた「大阪府臨海スポーツセンター」(通称:りんスポ)内に設置されました。市街地を斜めに横切る既存の高師浜線が約3分で結んでいた区間を、代行バスはカギ状に回り込むため15分程度を要します。

試行錯誤の跡が伺える代行バス運行 なぜこうなった?

 加えて、代行バスのダイヤも特徴的です。平日朝7時台の羽衣方面へのバスは1時間あたり8本と、鉄道よりはるかに多い数が運行されています。しかしその内容は「2分間隔を空けて2本発車」を十数分ごとに繰り返す、実質的に続行運転(2号車以降の運転)の形態で、さらに平日朝には伽羅橋(北)発の区間便や2台運行の便まで設定されています。これは、途中駅の伽羅橋から乗車しやすくする工夫といえるでしょう。

 ここまでの準備をしたうえでの、3年にわたる鉄道運休とバス代行。なぜこのような形態をとるに至ったのでしょうか。

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羽衣駅のバス乗り場側にある「乗車駅証明書」発行機。定期外利用の場合はここで券をとって降りる駅(停留所)で清算する(宮武和多哉撮影)。

 南海本線の連続立体交差(高架化)事業と一体になった高師浜線の同事業も、当初は営業運転を続けながらの工事が行われる予定でした。しかし高師浜線の場合は、全面運休によって工期を5年から3年に短縮できることのほか、周辺道路が狭く、仮線の設置や特殊車両を進入させるスペースが線路脇にないなどの事情もあり、2018年には南海電鉄と高石市のあいだで全面運休・バス代行の合意に至りました。

 なお高師浜線が旧国道26号をまたぐ末端部0.5kmについては、1970(昭和45)年に高架化が完成しており、今回の高架化工事は、羽衣駅からその既存の高架へ接続する部分の建設が大半の作業となります。しかしその行程は、まず南海本線側を高架化し、その高架上から高師浜線への分岐をつくる大がかりなもので、南海本線・高師浜線ともに沿線の街の形が大きく変わりそうです。

 ただ、高師浜線の近年の輸送実績は1日1700人を割り、2011(平成23)年に南海電鉄から高石市へ支援を求める書面が送られるなど、厳しい局面にあります。高石市では高師浜線の乗降客数「1万人」の確保を掲げ掲げていましたが、高師浜に臨海部方面への企業送迎バスターミナルを設置する計画も不調に終わり(現在は羽衣地区に設置)、「工場夜景PRのラッピング車両」など外部からの集客に頼っている状況でした。

 かといって、高師浜線を廃止してバスに全面移行するのも困難が伴います。なぜなら高石市は、旧国道で南海(当時は電鉄直営)が運行していた堺~泉大津方面のバス路線が昭和40年代後半に撤退して以降、他のバス路線とも大きく離れた「路線バス空白地帯」とも言える状態が長らく続いているからです。

代行バスは「いままでの移動を見直せるチャンス」に?

 今回の代行バスも、数km離れた南海バスの拠点(堺営業所)から送り込まれているほか、沿道にはバスベイ(乗降時にバスを退避させるスペース)などの設備もありません。鉄道の置き換えができるほどの路線を整備するとなると、まさに「イチから」となりそうです。加えて、旧国道26号は朝晩の混雑が激しく、高師浜駅などから南海本線の駅まで徒歩などで向かうにしても、この旧国道の横断がネックとなり想像以上に時間がかかります。

 そもそも高師浜線は大正時代、高級住宅街と大規模な海水浴場へのアクセス路線として開業しました。当時はほぼ全便が難波へ直通していたそうですが、南海本線が大阪市街へ通じる「タテ(南北)」の移動を担うのに対し、高師浜線は「ヨコ」を担い、いまでは全体の3分の2強を定期客が占める通勤・通学路線となっています。

 そのような路線を3年運休してのバス代行ですが、現在、旧国道26号沿いには高層マンションや新しい分譲区画が目立ち、代行バスが停車する伽羅橋(北)停留所は誘導員がひっきりなしに動くほどの賑わいを見せていました。代行バスは、これまでにない需要を掘り起こせる可能性もあるのかもしれません。

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高師浜線で運用されていた車両。改造前は南海22000系(ズームカー)として高野線で運用されていた(宮武和多哉撮影)。

 このほか、市が運行し高齢者などに限って利用できる「福祉バス・らくらく号」は、増車・増便がなされるなど、他都市と比べても利用水準が高くなっています。誰でも利用できるコミュニティバスなどの検討には至っていないものの、いま高師浜線が担っている都心通勤の「ヨコ移動」とは別に、病院や図書館・お買い物などの身近な「ヨコ移動」も同時に求められているのではないでしょうか。

 ちなみに、大規模な工事により鉄道を長期運休した例は、中部国際空港への連絡線建設にともなう高架化工事で常滑~榎戸間を2年近くバスで代行した名鉄常滑線や、路面電車から地下を走る普通鉄道へ移行するため、8年間もバス代行が続いた東急玉川線→新玉川線(現・田園都市線)などの例があります。

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