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駅そばの名店も相次ぎ消滅 数減らす「駅ナカ&駅前フード」 乗客減で薄利多売に逆風

駅ナカや駅前で営業する、そばなどの飲食店がその数を減らしています。長年愛された店が不可抗力で閉店に至る場合もありますが、新型コロナウィルスによる駅利用者の減少も大きな影響を及ぼしています。

「北海道三大駅そば」閉店 しかし名物はこれからも

 2020年から21年にかけ、駅ナカや駅前で営業する、そばなどの飲食店が数を減らしています。そのなかには、長年親しまれた名物店も少なくありません。

音威子府駅「常盤軒」(JR宗谷本線、北海道音威子府村)

 音威子府(おといねっぷ)駅の構内で、長らく立ち食いそば店を切り盛りされていた西野 守さんが、2021年2月7日に84歳で世を去り、翌8日には駅そば店「常盤軒」の閉店が発表されました。現在は新型コロナウィルスの感染拡大によって遠方からの訪問が難しい状況ですが、「常盤軒」のカウンターには在りし日の西野さんの写真が飾られ、「♯ありがとう常盤軒」と書かれたノートには道内や地元の方を中心に、続々とメッセージが寄せられているそうです。

 音威子府駅はもともとJR天北線(1989年廃止)が分岐していた鉄道の拠点駅で、多くの人々が長時間停車や乗り換え待ちの時間を過ごしてきました。常盤軒も1933(昭和8)年には構内立売(飲食などの販売)の業者として営業を開始し、西野さんや妻の寿美子さんが3代目としてこの店を引き継いだのは1975(昭和50)年から。当時は駅弁・駅そばのほか、もうひとつの音威子府名物「バター饅頭」などもよく売れていたそうです。その後、1990(平成2)年に駅が改装されたのを機に、店はホーム上から駅舎に移りました。

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音威子府駅。かつてはホームでそば店が営業していた(宮武和多哉撮影)。

 玄そばの実を甘皮ごと挽いた「音威子府そば」は、麺やだしの見た目から「黒そば」とも称され、特に麺の黒さは、一緒に頼んだおむすびの海苔の黒さにも匹敵します(飾り気がないのに噛むほど美味しい名脇役!)。軽くすすっただけでも力強いそばの香りが広がり、食べたあとの充実感は、しばらく経って「来年も食べにこよう」と思わせるのに十分です。シンプルかつ濃いめのだしとも相性抜群で、この店は遠軽駅、新得駅とともに北海道の「三大駅そば」(現在は新得駅のみ営業)と呼ばれる名店の中でもひときわ強い存在感を放っていました。

 西野さんは近年、体調を崩されることも多く、2020年2月に新型コロナウィルスの感染拡大によって休業に入った後、営業再開は叶いませんでした。しかし駅そばでも使用されていた畠山製麺の黒い麺はいまも村内で販売・卸売されており、この麺を提供する店舗が何店か存在します。通販にも対応しており、自宅で音威子府の黒そばを楽しむことも可能です。黒そばの歴史は「常盤軒」がなくなった後も、まだまだ続くことでしょう。

「SLの給水塔横の食堂」「駅そば発祥地? の駅そば店」も

 SL時代の名残といえる、味のある名店も姿を消します。

多度津駅「構内食堂」(JR予讃線・土讃線、香川県多度津町)

 予讃線、土讃線が交わり、「鉄道の街」香川県多度津町の中心をなしてきた多度津駅。その敷地内で長らく営業を続けてきた「構内食堂」が2021年3月末で店を閉じます。もともと職員用の食堂で、鉄道に関わる人々のために営業時間が長く、夜勤用の弁当も作ってくれる必要不可欠な存在でした。

 その立地は、駅構内のなかでも1913(大正2)年に築造された蒸気機関車の給水塔(登録有形文化財)や職員詰所のすぐ横にあり、目の前のホームで乗務員交代した運転士さんが、詰所に立ち寄ったあとそそくさと食堂に入っていく光景もよく見られました。また、この食堂は一般客にも開放されているため、小さな店内では鉄道員と地元の方と旅行者が一斉に同席し、並んだおかずを仲良く取り合うという、不思議な空間でもありました。

 新型コロナの拡大によって一般客が激減したあとも、ほぼ鉄道関係者だけで1日90人近くの利用があったそうです。しかし建物が築90年ということもあり老朽化が激しく、閉店に至りました。

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給水塔横の多度津駅構内食堂(宮武和多哉撮影)。

一ノ関駅「あべちう」(JR東北本線ほか、岩手県一関市)

 1951(昭和26)年から一ノ関駅の東北本線ホームで営業を続けてきた駅そば「あべちう」も閉店しました。初代社長・阿部忠吉が創業してから130年もの歴史を持つ運営元の「あべちう食堂部」も2020年4月より休業に入っており、「いわいとりめし」など数々の駅弁でも知られる同社の今後が心配されます。

 一ノ関駅は1890(明治23)年に東北本線(当時は日本鉄道)の駅として開業後、大船渡線や東北新幹線が開通し、乗り換え駅として発展してきました。近年、明治30年頃の撮影とされる写真に、現在も「斎藤松月堂」として営業を続ける「松月堂支店」のそば店が映っており、これまで長野県の軽井沢駅が発祥とされてきた「駅そば」の歴史が変わる可能性が浮上したとして話題を呼びました。

 なお、この駅で「あべちう」と同じく歴史を重ねてきた「斎藤松月堂」は、2021年現在も定番の「うにごはん」から斬新な味わいの「前沢牛ローストビーフ握り寿司」まで幅広い駅弁を提供しており、「一ノ関駅弁」の灯は今後とも守り続けられるようです。

「薄利多売」が成り立たない…駅ナカ・駅チカの試行錯誤

 これらの駅以外でも、とりわけ乗降客数が多いターミナル駅で立ち食いそばや立ち食いスタンドが相次いで閉店しています。

 渋谷駅「本家しぶそば」(20年9月)、青森駅「そば処八甲田」(21年2月)など、駅舎の改築などでやむを得なかったケースもありますが、コロナ禍による駅そのものの利用者が減少するなか、長い歴史を持つ京成青砥駅「青砥そば」(20年5月)、JR米原駅「井筒屋・在来線ホーム売店」(20年6月)、JR平塚駅と藤沢駅の「カレーステーション平塚店・藤沢店」(20年12月)など、多くの店舗が閉業を余儀なくされました。

 また、駅前に立地する「後楽そば・五反田店」(焼きそばが有名だった)や「小諸そば・京橋店」(1号店)など、長年にわたり親しまれてきた店舗もその歴史に幕を下ろすなど、「駅ナカ」「駅チカ」を問わず苦境が続いているといえそうです。

 そばやカレーなどの立ち食いスタンドは、本来「個食」であり、「同じ空間に長時間滞留する」「大勢の会食」などには当てはまりません。しかし、もともと一定の客数を見込んだ薄利多売のビジネスモデルでもあるため、利用客の減少とともに「駅そば」そのものが成立しづらくなってしまったのではないでしょうか。

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JR藤沢駅構内「カレーステーション」。2020年12月閉店(宮武和多哉撮影)。

 しかし、2012(平成24)年に路線が廃止された青森県の十和田観光電鉄 三沢駅(2019年駅舎解体)で長らく営業を続けていた「とうてつ駅そば」が、駅跡に建設された「三沢駅前交流プラザ・みーくる」に戻ってくるなど、明るい話題も見られます。何十年も昔から変わらない名物のそばを凌ぐほどに美味しい、だしとスパイスがきいたカレーは、状況が落ち着いたらぜひとも食べに行きたいものです。

 また、前出した京成青砥駅のホームで「青砥そば」のあとに「三松そば」が開業したのも、新しい流れでしょう。同店名物の「しいたけそば」はだしとともに丸々煮込んだしいたけが入っており、ちょっとした時間で「プチ贅沢」を味わうには良いかもしれません。

 生活の様式が変わるなかで、「駅ナカ」「駅近」の飲食店舗は感染症対策をしつつ、さまざまな模索を試みています。駅の“新陳代謝”が進むいま、新しい流れを生み出せるかが注目されます。

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