路線バスで都県境越えの最難関「山梨ルート」 東京からバスが通じる「水源の村」の事情

東京都内から隣県へ直通する路線バスはいくつかありますが、路線バス乗り継ぎの旅をするうえで、とりわけ難関になるのが東京~山梨のルート。奥多摩の都県境の向こうに位置する2村は、「水」をめぐり東京側とのつながりが深い地域です。

奥多摩から山梨県内へ 風光明媚なダム湖沿いを行くバス

 昭和末期までは珍しくなかった「都道府県境を越える路線バス」は、平成に入って急激に数を減らし、いまではあまり見られなくなってしまいましたが、東京都内からはいくつかの県境越え路線が健在です。そのなかで、東京と山梨の都県境を越えるものが、山梨県丹波山村方面へ通じる西東京バスの奥9および奥10系統、小菅村方面に通じる奥12系統です。

 これら路線の始発点はJR青梅線の終点 奥多摩駅(東京都奥多摩町)で、都内区間は大部分が同じルートです。駅舎の町道を挟んだ正面にはバスやタクシーの待機場があり、都内では珍しい鍾乳洞がある日原(にっぱら)方面のバスもここから出るため、行楽シーズンには、何台ものバスが乗り換え客を待つ光景も見られます。

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奥多摩駅に停まる西東京バス(2014年11月、宮武和多哉撮影)。

 奥多摩駅を出たバスは、下流部と同じ川とは思えないほど細い多摩川を縫うように渡りつつ、ゆっくりと標高を上げるルートを走っていきます。右手の山中には、古びた線路跡が。これは東京都水道局の貨物線「小河内線」で、この先にある小河内(おごうち)ダム建設の資材運搬という使命を終えたのち、観光鉄道化も検討されながら、1957(昭和32)年から60年以上も「休止」状態となっています。

 バスが走る国道はやや狭いトンネルもあり、さしかかるたびに減速します。奥多摩駅出発から10数分ほどで、小河内ダムが見えてきます。

 堰堤(えんてい)の高さ149mという東京都最大のダムの奥には、広さ263平方キロメートルの貯水湖「奥多摩湖」が広がっています。この近辺で取水された水は、「東村山音頭」にもうたわれる村山貯水池(多摩湖)などへ40kmもの距離を流れ、東京都の多摩地域に広く配水されるそうです

 秋は奥多摩湖に紅葉が映え、近辺は都内有数の行楽スポットになります。湖畔を西へ走るバスも、もちろん大変に賑わいますが、そうした多くの行楽客が下車し、賑わいがすっかり収まったころ、バスは深山橋バス停の先で丹波山村方面もしくは小菅村方面へ分かれ、都県境を越えてそれぞれの村を目指します。

ひょっとしたら東京都だった? 山梨直通バスが走るワケ

 バスが直通する山梨県の丹波山村と小菅村は、東京との結びつきが強く、一時期は東京都への編入も検討されたほど。いまでも西多摩地区と合わせて「大多摩地区」とも呼ばれます。

 両村とも人口は1000人以下で、いずれも多摩川沿いにしか広い道路を開削できなかったために、路線バスは昔から東京方面への運行が中心でした。山梨県側へ抜けるルートには、小菅村から松姫峠、丹波山村からは柳沢峠と名うての難所が控えていることもあり、丹波山村から塩山市に向かうバス路線も、昭和40年代には廃止されています。

 また、山梨県側でバスから見える森のほとんどは、東京都の涵養林(かんようりん。水質を守るため保護されている森)として管理されています。丹波山村は3分の2、小菅村は3分の1にあたる面積が東京都の所有で、村内には東京都水道局の職員も常駐しています。

 小菅、丹波山両村と東京とのつながりは、昭和20年代に奥多摩町の前身のひとつである小河内村との合併と東京都への編入が真剣に議論されたほどです。当時は東京都が「県境を越えた合併は全国にその例を見ないほど難がある」との意向を示し構想は実現しませんでしたが、当時の判断次第では、バスの沿線はすべて東京都内だったかもしれません。

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小菅の湯に停まる富士急山梨バス。現在は富士急バス(2014年11月、宮武和多哉撮影)。

 なお、丹波山村から山梨県側のほかの地域へ向かうバスはありませんが、小菅村からはあります。2014(平成26)年には長大トンネルを含む「松姫峠バイパス」が完成し、小菅村と山梨県大月市を60分で結ぶバス路線も新たに開業しました。それまで大型バスが入れなかった山深い場所でのバイパス開通効果は大きく、高校進学には村外での下宿が必須だった地域も、スクールバスによる通学が可能になるなど、地域の生活は変わりつつあるそうです。

 筆者(宮武和多哉:旅行・乗り物ライター)はこの路線の開業翌々日に乗り合わせましたが、山深い橋の欄干で数匹のサルが顔を出し、地元の方が「見慣れないバス車両が来たからビックリしてるんだよ」と話していたのが印象的でした。

太川&蛭子コンビが足止めを食らった東京~神奈川~山梨ルートも!

 東京都から路線バスを乗り継いで山梨県へ向かうルートとしては、この奥多摩経由以外にもうひとつ、途中で神奈川県を経由しますが、京王相模原線の終点である相模原市の橋本駅などへ出て、そこから山梨県道志村を目指すというものがあります。

 道志村へ通じている神奈川中央交通の三56系統も、西東京バスの路線と似通った事情があります。丹波山村および小菅村のケースと同様に、道志村と相模川水系・道志川沿いの地域は水資源でつながっているのです。

 道志村には横浜市所有の水源涵養林があり、村内にある横浜市水道局の管理施設は2017年に100周年を迎えました。道志から供給される「赤道を越えても腐らない」といわれるほど良質な水は、国際航路が発着する横浜港になくてはならないものでした。

 深刻な水源不足に悩まされていた明治時代から水を送り続けてきた道志と横浜の関係は深く、2003(平成15)年には道志村から横浜市への合併が打診されたほどです。隣接していないばかりか直線距離で50kmも離れているため実現には至りませんでしたが、その後、友好協定が結ばれ、横浜市の広報誌「広報よこはま」にはちょくちょく道志村の情報が載り、村内の温泉施設には「横浜市民割引」があるなど、交流が続いています。

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道志村方面へのバスが出る神奈中三ヶ木バスターミナル(2015年8月、宮武和多哉撮影)。

 道志村のほぼ東端にある月夜野バス停には、神奈中、そして山梨県富士吉田市へ通じる富士急山梨バスのポールが仲良く並び、行楽客でごった返すシーズンには警備員の誘導に従いながら並んで停まる両社の車両を見ることができます。しかし、この場所でバスを乗り継ぐには、村内で1泊が必要です。神奈川県側の三ヶ木(みかげ)から月夜野へ向かうバスは1日2本、そこから富士吉田に抜けるバスも少なく午前中で最終となり、道志村内で当日中に乗り継ぐことはできません。

 なお、2007(平成19)年から放送が始まったテレビ東京系の旅行番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』の第1回、1日目で乗り継ぐバスが途切れたのもこの道志村で、太川陽介さんと蛭子能収さんのコンビが初めて宿泊したのも、この村です。月夜野には昔から有名な旅館が2軒ほどあり、秋に提供される鮎料理や味噌風味の打ち込みうどんも絶品なので、道志の星空を眺めつつ、宿泊込みで東京から神奈川県を経て、山梨県に向かってみてはいかがでしょうか。

※一部修正しました(7月1日9時20分)。

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