北海道にいる生粋の“水族館好き”館長「すばらしい世界を皆さんにも見てほしい」

学生時代、友達3人と12日間にわたって車中泊をしながら、東日本の太平洋沿岸の水族館を旅してまわった山内創さんは、生粋の水族館好きだ。現在は、日本初の滝つぼ水槽や、世界初の冬に凍る四季の水槽でも人気の、淡水魚のみを展示する「北の大地の水族館」で館長を務める。

天職と思いきや、館長になったのは希望ではなく「縁です」と意外な告白。さらに水族館に来るお客さんの多くは、“生き物にはそんなに興味がないのかも”と感じる現実や、魚が好きだからこそ直面するジレンマもある。それでも、今回のインタビューからは「好きを仕事にした」山内さんの、現在の職への道は必然だったと伝わってきた。

▲北の大地の水族館

水の中の生き物は身近な異世界の生物

専門学校卒業後、さらに大学で海洋生物を学んだ山内さんは、子どもの頃から生き物が好きだった。

「実家でも犬やハムスター、ウサギなどを飼っていましたし、家の前には空き地があって、クワガタやカブトムシを捕まえていました。そうした環境もあったのか、小さな頃から生き物全般が好きでした。

小学校3~4年生で、捕まえてきた魚や夏祭りの金魚の飼育をするようになりました。5年生くらいからは、自分の部屋に水槽をたくさん並べて、熱帯魚を飼育していました」

生き物全般への興味が、なぜ水中の生物、なかでも魚へと絞られていったのだろう。

「水の中の生き物って、陸上の生物と違って人間がわからない場所で過ごしている。身近な“異世界の生物”といった感じがします。それが面白かったんじゃないかなと」

小学生時分から水槽をたくさん並べて飼育。研究者まっしぐらの道も見えていたのでは? という気もするが、自分はそのタイプではないと話す。

「学びは好きですけど、研究家タイプではないんです。自分とは違うものがそこにいることに、単純に“すごいな”“不思議だな”とは思うけれど、未知のことを追求したい気持ちとは違う。自分は住めない世界で、魚たちと一緒にいる気分になれる水族館や、ダイビングに惹かれるんです」

自室の水槽を眺めていた少年は成長して、名古屋コミュニケーションアート専門学校水族館・アクアリスト専攻(現名古屋ECO動物海洋専門学校)を卒業。その後、北里大学海洋生命科学部で環境教育を学んだのち、日本初の「滝つぼの水槽」と世界初の「冬に凍る四季の水槽」がある『北の大地の水族館』館長になった。

しかし、水族館は好きだけれど、館長になることは希望していなかった。館長になったのは、あくまで「縁」だったと苦笑いする。

「館長となると責任も重くなりますし、事務仕事も増えますから。やりたいわけではなかったです。もともと『北の大地の水族館』の館長は、道の駅の管理者が兼務していました。ここがリニューアルする際に私が来て、そこから5年目のタイミングで、もっと魚のこと、水族館のことがわかる人間がやったほうがいいだろう、そういう流れで館長になったんです」

▲世界初! 冬に凍る四季の水槽

“こんな変な人がやってる水族館”を作りたかった

奮闘する日々で痛感させられるのは「お客さんは生き物自体にはそんなに興味がないのかも」ということ。特に強烈に残っているのが、同館の誇る北海道ならではの巨大天然魚「イトウ」の水槽前を通った女性客の反応だ。

「“わぁ、でっかい! すごーい、なにコレ~!”と言いながら、イトウの魚名板すら見ずに、そのまま通り過ぎたんです。その女性にとっては“水族館に来る”ことがイベントであって、目の前の大きな魚をすごいとは思っても、名前を確かめようという興味にまでいかない。決してその女性が珍しいわけではなくて、そういう方が8~9割です。でも、それじゃもったいないと思うんです」

そこで山内館長率いるスタッフたちは、考えを巡らせた。

「おもしろい解説を作ってみようとか、館内でお客さまと直接お話する機会を増やそうとか。水族館の公式だけでなく、個人でもSNSやYouTubeをしていますが、それも、いろんなことをやって“こんな変な人がやってる水族館ってどんなところだろう”と、私というフィルターを介すことで、生き物に興味を持ってもらえたらとの思いからです。

先日も『館長が出てくるボタン』というのを押して、1時間も待っていてくれた人がいたんですよ!」

伝え方で「気持ち悪い」が「かわいい」に変わる

山内さんの精神はスタッフたちにも浸透している。こんな出来事もあった。

「エゾサンショウウオというイモリが濡れているような生き物がいるんですけど、気持ち悪いと言う人が多かったんです。

スタッフがあるとき、“かわいかったらボタンを押してね”とカウンターを付けたり、“かわいいでしょ♪”とPOPを付けてみたら、途端に気持ち悪がる人が減って、“かわいいね”と言ってくれるようになったんです。こちらが視点をガイドすることによって、お客さんの生き物の見え方も変わってくるんですよ」

▲エゾサンショウウオ

ちなみに、企画展などではないスタッフ個人が作るPOPなどの展示物、SNSの投稿の一切は、それぞれが自分で考え、山内さんが内容を事前チェックすることはない。

「伝えたいこと、書きたいことがあればどんどんやりなさい、と伝えています。あなたが紹介したいんだから、あなたの言葉で書きなさいと。新しいものが増えていれば、すぐにわかるので、私もお客さんと同じように見ます。

普段からのコミュニケーションが全てだと思っているので、何を情報開示してもいい、どういう出し方はよくない、といった事柄に関しても信頼しています。

たまに、“これはさすがに……”と剥がすこともありますよ(笑)。でも、それは不適切が理由ではなくて、図鑑に載っているそのままでは、“面白くないにもほどがあるだろう”というものに関してです」

▲SNSでバズったLINE風ニジマス解説

水族館は「水中生物が好き」だけでは勤まらない

水族館館長として若いスタッフとも向き合っている山内さん。「魚が好き」と「水族館が好き」は、山内の核にある思いだが、その2つがあるからといって、必ずしも水族館で働けるとは限らない。現実には、魚が、水中生物が好きだからと水族館に勤めるも、辞めてしまうケースもある。

「うちの水族館には、幸いなことに『好き』と『現実』のギャップで辞めるといった人は今までいませんが、業界全体では少なくないです。魚が好きだと、どうしてもペット的な感覚になりがちなんです。でも、水族館にいる生き物は決してペットではありません。

自然界で自由に泳ぐ魚たちを見てきた私には、“すごいな、美しいな。魚好きとして、水族館でみんなにも見てもらいたいな”という気持ちがあります。でも、ひるがえって水族館の魚たちを見ると、これはどの水族館でも言えることですが、どうしたって野生の魚のほうがカッコイイし、きれいだし、美しいんです。

水族館で飼育され、展示されている生き物は、野生の生き物の輝きとは少し違ってきてしまう。そこは魚好きであればあるほど、“この生き物の美しさは、これが本当ではないんだよな”と感じてしまう。ジレンマはあります。

そもそも、その魚が野生で生きる選択を奪って連れてきているわけですから、魚が好きだから水族館に勤められるかというと、そうではない」

飼育員になれば、地味なことやハードなことも多い。

「お客さんの立場として水族館を見に行くと、きれいな魚がたくさん泳いでいて、楽しいショーをやっていて、という華やかな面ばかりが目に入ります。

でも、飼育員として実際に働いてみると、水温を計って水質を検査して、エサをやって、魚の調子を記録して水槽のコケを掃除して……と、ざっくり言ってしまえば、同じことの繰り返しなんです。バックヤードには傷ついて目の見えない魚もいたりします」

そうした現実を前にしても、「好きな仕事」として水族館で働き続けるには、そこにプラスした気持ちが必要となる。

「自分が働いている水族館が、どういう目的で生き物を飼育していて、何を伝えたい施設で、どんなことをするべきなのか。そういったことを、しっかり自分ごととして捉えられるかが大切だと思います」

▲イトウが捕食しようとしている場面。命の尊さや厳しさを伝えている

信念を持って「好き」を仕事にし、館長としても見事な仕事ぶりが伝わって来る山内さん。そう伝えると、「私は特に仕事ができるわけじゃないです。だからこそ、好きを仕事にしたんです」と断言した。

「うちの水族館には、私やスタッフが釣ってきたり捕ってきた魚も展示しているんです。休みの日に川に潜りに行くのですが、仕事だから捕りに行っているわけではありません。自分が見たすばらしい世界を、皆さんにも水族館でお見せしたいからなんです。最近、趣味の延長線上に仕事があるという感覚が、より一層強くなっているんですよね。

仕事上での核になる部分が趣味と接しているのは、すごくありがたいというか、そうじゃないと私の場合はできない。スペックの高い人間ではないと自覚しているので、やりたいことしかできないんです。だから、やりたいことで生きていく進路、選択肢が僕にとってはココだったんです」

(取材:望月 ふみ)


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