うつ病の再発率が60%といわれる根拠は? 「この薬で死亡率が3倍」といったセンセーショナルな表現や情報は誤りである可能性が高い理由
〈五月病、HSP、カサンドラ症候群、自律神経失調症は病気じゃないのか? それでもこれらの症状をほうっておいてはいけない理由〉から続く
医療に関する記事でたとえば、「この薬を10年間飲み続けていると死亡率が3倍に!」という記述があった場合、何やら危険な薬では…と思うだろう。だが実際は「0.01%から0.03%に上がる。つまり1万人中の1人が3人に増加したという結果だった」としても、この表現に間違いはないのである。
【画像】本来は「打率」ではなく「打割合」が正しい?勘違いしている数字のマジック
医療情報の数字の根拠と正しく向き合う方法を、書籍『その医療情報は本当か』より一部抜粋・再編集して紹介する。
うつ病の再発率が60%といわれる根拠は?
実際に一般の方から問い合わせがあった、うつ病の再発に関しての「不十分、不正確な医療情報による数値の誤解」について説明した事例を紹介します。この一般の方をAさんと呼びます。Aさんとはリモートで直接お話をし、メールでのやりとりもくり返して本記事に記すことの承諾を得ています。
Aさんは、関西医科大学・精神神経科教授の加藤正樹医師を中心にわたしも共著者となった英語論文を読まれて、メールで問い合わせてこられました。論文の邦題は「うつ病における抗うつ薬による寛解後の抗うつ薬の中止:システマティックレビューとメタ解析(*1・2)」です。その内容は、症状が改善したうつ病の人に、抗うつ薬をいつまで続ければいいのか。継続する場合と中止する場合で再発率はどれぐらい違うのかを比較したものです。
Aさんのパートナーは激務の末にうつ病を発症されました。通院して治療を始めたところ、幸い、1年弱の薬物療法と休職により、復職できる状態にまで回復したということでした。
ただ、再発を心配されたAさんがネットなどでさまざまな情報を調べてみると、「どの情報にも、『うつ病は再発率が60%と高いため、維持治療が重要』とありました。60%の再発は避けられないのかと、大きな不安を感じるに至りました」ということ、また、「保健所の相談窓口に問い合わせても、維持治療の効果を説明するデータを持っていないとの回答で、クリニック・病院に尋ねることを勧められました」とのことでした。
そこで、「わらにもすがる思いで英文の医学論文まで調べるうちに、(前述のわたしたちが著した)論文にたどりつきました」と言われます。
その数値は知りたいことを正確に表しているか
Aさんは、この論文を読んで、
「適正な維持治療により、再燃・再発率を20%まで抑え込むことができること、また、寛解から6カ月間が維持治療のもっとも重要な時期であることも理解ができて、前向きな気持ちになりました」と話します。
そして、その論文は権威あるジャーナルに掲載されていたこと、執筆者が日本人だということに驚き、わざわざ感謝のメールを加藤医師に送ってこられたのです。正確な情報を求めて英語論文を検索し、執筆者に問い合わせをされたAさんの真剣なお気持ちに敬意を表します。
このAさんとのやりとりの中で、一般の方がネットなどで医療情報に接するときに抱く疑問について、重要なポイントがいくつかあると痛感しました。
ネットで「うつ病」「再発率」と検索すると、実際に現在、厚生労働省(以下、厚労省)の公式サイトをはじめとして、さまざまな医療情報サイトで60%という数値がヒットします。
そのように具体的な数値を複数の情報で示されると、それがすべてであるようにとらえられがちです。その数値によっては、Aさんのように、せっかく治療をして回復したのに60%もの人が再発するのか……と目の前が真っ暗になることもあるでしょう。
実のところわれわれの研究では、前述のとおり、適切な維持治療により「うつ病の再発率」を6カ月間で20%にまで抑えることができるという結果になったのです。
医療情報に限りませんが、数値を解釈するうえで注意すべきポイントが3つあります。次にひとつずつ考えましょう。
①野球の「打率」は「打割合」と表現するのが正解
「率」と「割合」ということばについて、日常でその違いを意識することはほとんどないでしょう。英語では、率はrate、割合はproportionですが、英語でも混同して使われています。
しかし、この両者の意味は異なるため、医療情報の研究報告などでは明確に区別する必要があります。
まず、「割合とは、ある時点で全体の中のどれくらいを占めているか」を表します。一方、「率とは、一定期間内にどれくらい発生するか」を表すものです。
この違いを混乱させている代表例が、野球の「打率」です。打率とは単純に、ある時点での全打席中のヒットを打った数なので、本来は「打割合」と表現するべきです。
もし正確に「打率」を表そうとするなら、ある打者が「1試合で何本ヒットを打つか」、あるいは「10試合で何本ヒットを打つか」など、単位試合数を設定しないとなりません。しかし周知のように、打率にそんな指標はありません。
また、医療情報ではよく、「有病率」ということばを耳にします。これは「ある集団内でどれくらいの割合の人がその病気か」を表していて、これも正確には「有病割合」と表現するべきなのです。医学の講義などでは最近、正確な表現を用いようと、有病率ではなく有病割合と表現するようになっています。
一方、「発生率」「再発率」「罹患率」「離婚率」など、正確に「率」で表現するべき指標の場合、必ずどの時間単位で観察しているかを示す必要があります。
たとえば、ある集団の中で毎日1人ずつ発生する病気があったとします。この場合、1日単位でみるなら1人発生、1週間単位では7人発生、1カ月単位なら30人発生……というふうに、単位時間を長くすると発生する人数は増えていきます。
しかし当然ながら、これらはどれも同じことを意味しています。その点を察することが、情報の真意を読み取るポイントのひとつです。
そこで、うつ病の再発率は60%だと聞いた際、まず確認しないといけないのは、追跡した「期間は?」という情報です。うつ病が改善した後に、1日で60%が再発するのか?それとも1週間で60%が再発するのか?あるいは1年で?それとも5年で?
追跡期間がどのくらいかによって、再発のリスクの重大性は違ってきます。
うつ病の再発率が60%という情報について過去の研究論文を調べてみると、それは症状改善後5年を追跡した時点での数値であることがわかりました*3・4。
すなわち、うつ病が改善した後に、すぐに60%の人が再発するわけでは決してなく、5年間追跡すると60%になるという結果でした。
そしてこの研究を詳しく見ていくと、1年目に限ると再発率は21%~37%と報告されています。たしかに1年目はそれなりに高いですが、5年間の合計が60%になるということは、2年目以降の再発のリスクは下がることを意味します。
また、症状が改善してからの約半年間、抗うつ薬を継続することによって、再発率は約40%から20%に半減することがわかりました。
こうしたことから、うつ病の再発率について、決して悲観的になる必要はありません。うつ病が改善して間もない時期は再発に十分注意する必要がありますが、観察期間が長くなるにつれて、再発のリスクは徐々に低下していくと考えられるのです。
②再発の基準は?
再発の割合について調べる場合、いったん症状が改善した人の経過を追っていき、どこかの時点で再発の医学的基準を満たした人を「再発」とします。
再発かどうかの基準は、うつ病の医学的評価尺度の得点が一定の値を超えたときや、世界的な基準とされる『DSM』(アメリカ精神医学会発行『精神障害の診断と統計マニュアル』Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)のうつ病の診断基準を満たしたときなどです。
この基準をゆるくすると、再発者の割合は増加し、基準を重症のレベルにまで高くするとその割合は減少します。
先述のうつ病の再発率に関する論文では、その一般的な基準が使われているので、この点は問題ありません。医学論文として発表されている研究ではこの点をクリアしているケースが多いのですが、どういった基準を用いているかは重要なので、われわれは普段からチェックしています。
もしネットのニュースなどで個人の体験から「再発が増えています」とか、「悪化する人が増えています」などの表現を目にしたら、その「再発」や「悪化」の基準、あるいは定義は何なのかに注目し、可能であれば確認しましょう。
③「信頼区間」は?
仮に再発の割合が60%だとします。
(A)10人追跡して6人再発したから60%である
(B)1000人追跡して600人再発したから60%である
この2通りの計算式があった場合、結果の信頼性が高いのはどちらでしょうか。当然②の、追跡者数が多いほうが信頼性は高くなります。追跡者数が10人と小規模の場合、たまたま再発者がかたまって発生した、あるいは、たまたま再発者が含まれなかったというように、偶然の影響を受けやすくなります。
もし、世界中のうつ病の患者全員を追跡できたなら、真の再発者数を知ることが可能でしょう。しかし現実には不可能なので、研究では一部の人を選んで追跡調査を行います。このとき、実際に追跡調査をする集団のことを「標本集団」といい、その背後にあるうつ病患者全体の集団のことを「母集団」といいます。
母集団の結果については知り得ないため、標本集団から母集団の状態を推定するわけです。その信頼性の指標として、「信頼区間(CI:Confidence Interval)」というものを統計学的に計算します。
少し専門的になりますが、統計学的には「95%信頼区間」がよく用いられます。
これは、「100回同じことをくり返した場合、そのうち95回はどのくらいの範囲に入ってくるか」を推定したものです。後述しますが、求めるための計算式があります。
たとえば、(A)の10人規模の研究を100回くり返した場合、計算によると、95%信頼区間は31%~83%とかなり広くなります。このことは、10人中の再発者が3.1人から8.3人まで広い範囲の値をとることを意味し、60%(すなわち6人)とはかなり違う値になる可能性があります。
では、(B)の1000人規模の研究を100回くり返した場合はどうでしょうか。計算してみると、95%信頼区間は57%~63%と狭くなります。1000人中の再発者が570人から630人までの範囲に入り、60%(すなわち600人)に近くなりました。
小規模の研究から導かれる結果は偶然のばらつきが多く、信頼区間の幅が広くなります。一方、大規模の研究から導かれる信頼区間は狭くなります。信頼区間の幅が狭いということは、それだけ真実の値に近いことを意味します。
この信頼区間を求める計算は少し複雑ですが、「割合(比率)の信頼区間」などとネット上で検索すると、自動的に計算してくれるサイトがいくつも見つかりますので、興味のある方は試してみてください。
センセーショナルな表現は疑ってみる
テレビや雑誌、ネットニュースなどでは、病気の発症や再発、あるいは治療の効果などの率や割合を示すにあたり、センセーショナルに、大げさに、恐怖感や危機感、または希望をあおる表現が非常に多くみられます。
そのような情報が気になるとき、これまでに挙げた3つの観点で冷静に考えてみてください。まとめると次のようになります。
①その数値は「率」なのか、「割合」なのか。もし「率」なら、その時間単位はどのように設定されているのか。
②そのできごとの「基準」や「定義」が示されているか。独自の基準を使って過大に、センセーショナルな表現になっていないか。
③何人の規模の研究から結果を述べているのか。小規模のデータに基づいたものではないか。
もし数値の読み取りが苦手であっても、情報に接しているときに「大げさな表現だなあ」と直感した場合は、これらのポイントが明記されているかを確認してください。
*1 Kato M, Hori H, Tajika A, et al. Discontinuation of antidepressants after remission with
antidepressant medication in major depressive disorder: a systematic review and meta-analysis. Mol psychiatry. 2021; 26(1): 118‒133.
*2 *1は、日本語論文で次にも説明がある。
・田近亜蘭、古川壽亮「うつ病治療のメタ解析」特集 臨床につながる気分障害研究最前線『臨床精神医学』(0300-032X)第51巻第10号、2022年10月、1171─1177ページ
・田近亜蘭、古川壽亮「うつ病治療における抗うつ薬の用量」特集向精神薬の用量『臨床精神薬理』(1343-3474)第25巻12号、2022年12月、1311─1317ページ
*3 Hardeveld F, Spijker J, De Graaf R, et al. Prevalence and predictors of recurrence of major depressive disorder in the adult population. Acta Psychiatr Scand. 2010;122(3): 184-91.
*4 田近亜蘭、熊谷成将、古川壽亮「新たなデバイスを活用した早期介入〜早期介入の港をより近くに〜スマートフォンアプリとウェアラブルデバイスを用いた、寛解期のうつ病患者の再発予測」『予防精神医学』7巻1号、2022年、3─12ページ
写真/shutterstock
11/20 18:30
集英社オンライン