小5からオーバードーズ。拒食症になり、高1で生活費を稼ぐため援交…20代で薬物依存に陥った女性の懺悔
アヤさん(26歳・仮名)が現在定期的に飲んでいる薬、その数は10種類近くにおよぶ。小5ではじめてオーバードーズして以来、15年が経っていた。薬物依存に陥った、彼女の人生になにがあったのか。
【画像】オーバードーズの副作用を語るアヤさん
取材中、取材対象者の女性が終始、頬や鼻筋を掻いていたのが気になった。
「皮膚が痒くなるのも、OD(オーバードーズ)の副作用なんです」
そう話しながら、アヤさん(26歳・仮名)は、自身が抱えているODの副作用を羅列する。
吐き気や目眩、記憶力の低下、息切れ動悸、発汗、異常な痒み、口がパサパサに乾く止渇感、うまく喋れないほどの震え……。
雨が降っていた取材当日に、「低気圧で頭痛がひどいから、取材時間を遅くして欲しい」と連絡が入ったのも、副作用による影響なのかもしれない。
薬は常時10種類近くを服用
アヤさんが定期的に飲んでいる薬は、市販薬や処方薬を合わせると10種類近くにおよぶ。
毎日欠かせないという咳止め薬の市販薬に加え、処方された抗うつ剤や睡眠導入剤、抗てんかん剤など、枚挙にいとまがない。
「今は、多汗などODによる副作用を抑える薬を飲んでいます。ここ最近は寝起きの倦怠感がひどくて、咳止め薬を20錠ぐらい飲まないと身体が動かないんです」
私がなぜODから抜け出せないのか、どのような末路をたどったのか、その危険性を伝えたい──。
そう語るアヤさんが、記憶を巡らせたのは小学5年生、両親が離婚したときだった。
「両親が離婚するとき、『ママとパパどっちについていきたい?』って言われて、2人とも好きだったので悲しくて。そのときに、市販の風邪薬でODしたら気が紛れたんです」
いわゆる「パキる」と表現される酩酊感に浸ることで、アヤさんは現実から目を背けた。
アヤさんと姉は、父についていったものの、父は外に恋人を作ってネグレクト気味だった。その後、2人は母に引き取られるも、母もまた恋人を作っては夜な夜な出かけ、娘たちの面倒を見ることは稀だった。
「ODの副作用で体調不良になると、ママが心配して構ってくれたのでうれしかった」
漠然とした寂しさから、アヤさんは定期的にODを繰り返した。
姉もまた、精神を病み、腕には日に日にリスカ痕が増えていった。そうした環境下で、アヤさんも自然とリスカを繰り返すようになった。
カフェイン剤をODしてダイエット
また、当時ビジュアル系バンドにハマっていたアヤさんは、ネットの匿名掲示板からバンドの情報収集をしていた。そこからリンクしてたどり着いたのが、「病みダイ(病みダイエット)」というスレッドだった。
そこには、輸入品サプリの情報や、食器用洗剤を飲用するなど、ダイエットの手法が書き込まれていた。そのなかでアヤさんは、カフェイン剤の過剰摂取で、食欲が減退することを知る。
以来、お小遣いの範囲でカフェイン剤を購入し、空腹を感じては薬を服用した。副作用による吐き気もあり、数ヶ月後には15キロほど体重が減った。
「痩せ細っていくのはうれしかったけど、ママは泣いてた。心療内科に連れていかれて、摂食障害って診断されました」
一時的に摂食障害は治っていくものの、病気が治れば、母からは相手にされなくなった。それが悲しくて、風邪薬の量は増えていき、副作用で沈んだ気持ちをまたODで埋める。完全な悪循環に陥っていた。
教室でODして意識喪失
学校に行くのもつらかったアヤさんは、時と場所を選ばずODして、毎日計1瓶の風邪薬を服用するようになっていた。
そして高校1年生のときに事件が起きる。
「教室でODしてたら、意識を失って保健室に運ばれたんです。そしたら担任から『命の保証がない生徒は面倒見られない』って突き放されて。同級生でODを理解してくれる人もいなかったので、余計につらくなって……」
そうしたストレスからか、影を潜めていた摂食障害も再発。拒食から一転し、過食嘔吐で自身を紛らわすようになる。家にある菓子パンや冷凍食品を食べ尽くし、自室のゴミ箱に吐いては、またコンビニでお菓子やスイーツを買い込んだ。
しかし問題は、日々の食費や市販薬代が追いつかないことだった。買い込んだ食材や薬代は、1日だけで1万円を超えることもあった。
16歳で援助交際
そこでアヤさんが手を染めたのが、援交だった。母の身分証で出会い系サイトに登録し、未成年であることを偽り、1回2万円で身体を売った。
高校を卒業すると、実家を飛び出して上京し、ネットで知り合った女の子の家に居候する。
その女友達は、自身が在籍するJKリフレを斡旋してくれ、シフトを被せて出勤し、休みを合わせてはおそろいのコーデで出かけた。上京したてで心許なかったアヤさんにとって、公私ともに彼女が支えだった。
ただ、その関係もすぐに破綻する。アヤさんがJKリフレで人気になったことを好ましく思わなかったのか、その女友達は他の女の子と遊ぶようになる。アヤさんは親友に裏切られたと感じるたび、その痛みを忘れるように薬に手を伸ばした。
一晩に2瓶もの風邪薬を飲んで酩酊状態となり、居候している自宅で、女友達に包丁を向けている日もあった。それが嫉妬なのか、寂しさなのか、後悔なのか、あるいはそれらすべてなのか。よくわからなかったし、考えたくもなかった。
「もともと家庭環境や学校との不和からか、他人に見捨てられるのが怖くて、相手に依存する癖がついていたのかもしれません。人間関係にヒビが入れば、過敏にショックを受け、その反動で薬に手を伸ばしていました」
その後も、彼氏と破局したときや、ホストにのめり込んだときなど、アヤさんが薬に手を伸ばすトリガーは無数にあった。
「もっと若いうちに死にたかった」
はじめてODしてから、15年近くが経過した。いまは双極性障害やパニック障害、ADHDの診断が下りて、精神科で服用された処方薬も服用している。常時、10種類近くの薬を飲むようになった。
「もっと若いうちに、ODの恐ろしさに気づくべきでした。10代の頃は、若くて綺麗なうちに死にたいと、刹那的にODしてましたが、人はそんな簡単に死ねないです。
そうしてODを続けてたら、24時間以上起きれなかったり、記憶が途切れ途切れになったりと、日常生活に支障をきたすようになりました。
もうこれ以上、身体がボロボロになるのが怖いので、いまは減薬に取り組んでます。スケジュール管理のアプリで、薬をいつ何錠飲んだか記録してますが、それでも薬がないと不安でたまらない。将来的に、生活保護を受けないといけないのかなと、惨めな気持ちにもなります」
アヤさんはまだ26歳だ。ただ、彼女の声は、だいぶ疲れているように聞こえた。
取材・文/佐藤隼秀
11/14 18:00
集英社オンライン