「演説や人心掌握術だけには非常に長けた政治家?」小泉進次郎が街頭演説で見せた“惹きつける演説”に隠された4つの工夫。

人気急落がささやかれながらも、いまだ自民党総裁選の有力候補と目される小泉進次郎氏。国民からも多くの支持を集める彼の人気の理由を、実際に神奈川県桜木町で行われた街頭演説に参加したフリーランスライターの犬飼淳氏が紐解く。

【画像】小泉進次郎が約7000人を集めた桜木町での街頭演説の様子

総裁選の有力候補に躍り出た進次郎氏の街頭演説

今年8月、岸田文雄総理が突如として不出馬を宣言したこともあり、かつてないほど候補者が乱立する自民党総裁選(9月12日告示、9月27日開票)。その中でも一際大きな注目を集めるのが小泉進次郎氏だ。

9月6日の出馬会見では自民党が長年にわたって阻んできた選択的夫婦別姓導入に言及して世間を驚かせたかと思えば、その後、東京・銀座(9月7日)や桜木町(9月8日)で実施した街頭演説会では数千人規模(主催者発表では銀座約5000人、桜木町約7000人)の聴衆を集めた。

その人気の秘密はなんなのか。桜木町での街頭演説に現地参加した筆者が、演説内容に着目して紐解いていきたい。

まず、大前提として筆者のこれまでの進次郎氏に対する政治家としての評価は極めて低かった。

2009年の初当選から丸15年が経過したにもかかわらず議員立法はゼロで、国会議員の職責を放棄しているようにさえ見えた。

さらに環境大臣の経験があるものの、在任中は発言の大半が 進次郎構文とも揶揄される読解の困難な内容で、国会も記者会見も空転させただけ。要は、「血筋と容姿に恵まれただけで中身を伴わない世襲議員」と筆者は侮っていた。

しかし、桜木町で本人の演説を初めて生で聞き、こうした評価はやや的外れだったと考えを改めるに至った。

というのも、進次郎氏の当日の演説には、本人に否定的な印象を持っていた筆者ですら惹き込まれる「なにか」が確かにあった。約12分に及んだ演説中に退屈さを感じることは一度もなく、演説終了時には若干の名残惜しさを感じてしまったほどだ。

また、筆者は聴衆の反応を間近で確認するためにメディア向けに用意されたエリアではなく、あえて一般聴衆に混じって参加したのだが、聴衆の大半は好意的な反応。野次を飛ばしたり、否定的な反応を示したりする者は1人も確認できなかった。

その理由を突き詰めてみたところ、以下4点に集約されると筆者は考えた。

①声質の聞き取りやすさ
②聴衆が理解できない言葉は使わない
③小難しい話はしない
④ネガティブな感情は見せない

1点ずつ順に説明しよう。

演説では専門用語や難しい言葉は使用せず

①声質の聞き取りやすさ

当日は進次郎氏以外の自民党の国会議員や地方議員なども演説したのだが、進次郎氏の声は他の議員よりも確実に聞き取りやすかった。それは、司会を務めた俳優出身の三原じゅん子議員と比べても遜色ないほどであった。ほぼ全員が現職議員のため(菅義偉元総理など一部の例外を除けば)誰もが滑舌はよく、音響設備などの条件は同じ。

これらを踏まえると、進次郎氏の生まれ持った声質そのものが聴衆にとって聞き心地がよいのだという結論に筆者は至った。同じように演説で人気を博した父親の小泉純一郎元総理から受け継いだ才能だろうか。

②聴衆が理解できない言葉は使わない

当日、筆者が撮影した360度カメラの映像を確認してわかったことだが、聴衆には10〜20代の若者の姿も大勢集まったつものの、途中で退屈する様子は一切見られなかった。それは、演説中に専門用語や多くの人が知らない難しい言葉は一言も出てこず、話の内容を最後までしっかりと理解できたからだろう。現に、約12分の演説内容を筆者が改めて確認したところ、中学生以上であれば確実に理解できる言葉しか使われていなかった。

聞き手の理解力に大きなバラツキがある街頭演説会では、他党の政治家もこうした配慮を見習うべきではないだろうか。

③小難しい話はしない

加えて、単語自体は簡単であっても背景知識がないと理解できない話(政策の具体的な進め方や背景など)もゼロだった。要は、「〇〇を実現します!」という威勢のいい発言を連発する一方で、どのようにしてその〇〇を実現するのか、なぜ〇〇が今まで実現できなかったという小難しい話には基本的に触れないのだ。

これは、演説内容の中身が実は薄いことの裏返しでもある。

ポジティブな言葉が爽やかなイメージを醸成する

④ネガティブな感情は見せない

演説の最中、進次郎氏は一瞬たりとも怒りや不満といったネガティブな感情は見せず、特に他者(他党、対立候補)の悪口に繋がる内容は決して口にしなかった。しかも、ただポジティブな言葉を並べるのではなく、ポジティブに振る舞えるような演説の構成を始めから用意していた。

例えば公約の目玉である選択的夫婦別姓導入は、まさに自民党が長年にわたって実現を阻んできた政策だ。詳しく説明すればするほど、応援弁士として参加した菅義偉元総理を始め自民党の歴代内閣への批判に繋がりかねない。そのような諸刃の剣と言える公約を演説ではどのように話したのか。該当部分を以下に抜粋する。

進次郎氏:2つ目にやりたいこと。一人一人の人生の選択肢を増やしたい。私は、長年議論ばかりが続いて、答えを出さずに決着をつけられていない問題を片付けたい。だから選択的夫婦別姓という自民党の中で賛否が割れている問題も、私は国民の皆さんに問いたいと思いました。

「みんなが別姓じゃなければいけない」と言われたら、反対という気持ちは分かります。しかし、特に女性が仕事の面でさまざまな不便、さまざまな負担、そして子供の頃に親から付けてもらった名前を守りたい、選びたい。この「選びたい」という気持ちに対して新たな選択肢を日本の社会が持つことが本当に世の中にとって悪いことなんでしょうか。

私は選べる選択肢を増やしたい。そのために30年間議論を続けたことに答えを出していきます。そして、一人一人、人生はさまざまです。さまざまな人生にささまざまな選択肢を用意する。そんな政治、そんな社会を私はつくりたい。

自民党が実質的に導入を阻んできた経緯については「長年議論ばかりが続いて」「決着をつけられていない」「自民党の中で賛否が割れている」と問題を矮小化して簡単に紹介。その一方、今後については「選択肢を増やす」「答えを出す」とやや抽象的ながらもポジティブな言葉を並べている。

進次郎氏は他の公約でも問題を放置してきた歴代内閣への批判に繋がりかねない場合は経緯説明を矮小化もしくは省略し、今後のきらびやかなイメージの説明に時間を割く傾向がある。このような構成の工夫によって、自然とポジティブな言葉が多くなり、爽やかなイメージの醸成にも繋げているのだろう。

ただの世襲議員ではなかった進次郎氏の本当の危険性

当日の街頭演説では他にも印象的な場面があった。街頭演説会は16時開始だったものの約1時間前から聴衆が集まり始めていたため、いわゆる前座として自民党の地方議員たちが次々とスピーチ。その地方議員の多くが、「進次郎さんは自分の顔と名前をすぐに覚えてくれた」「次に会ったときには進次郎さんが自ら声をかけてくれた」という類のエピソードを披露したのだ。

そして、その後の本人の演説ではこれらが紛れもない事実であろうと聴衆に確信させる場面が冒頭にあった。該当部分を以下に抜粋する。

進次郎氏:今日はこんなに暑い日にもかかわらず駅前に大勢の皆さん、今まで見たことがないほど大勢の皆さんにお集まり頂きまして本当にありがとうございます。

最前列の皆さん、お顔を見ると、(以降、一人ずつ本人がいる方向を手で指しながら)私の小学校の同級生。子供を連れてきてくれてありがとう!  そして、三浦からラーメン屋さん。横須賀からパン屋さん、幼稚園の先生。

本当に多くの皆さんが、私の総裁選立候補に当たり、地元の横須賀市、お世話になっている選挙区の三浦市、そして神奈川県内の隅々、もしかしたら県外からも大勢の皆さんが集まってくれて、私は今ここに立っています。

大前提として最前列は進次郎氏の後援会が優先的に案内されたエリアのため、知り合いの顔を見つけやすかったという事情はあるだろう。それにしても進次郎氏が人の顔を覚えることや、一度覚えたら愛想よく振る舞うことをかなり意識的に行なっていることがうかがえる。

先ほどの演説内容のポイント4点も踏まえると、進次郎氏は「血筋と容姿に恵まれただけで中身を伴わない世襲議員」ではなかった。正しくは、「中身は全く伴わないものの、演説や人心掌握術だけには非常に長けた政治家」と筆者は考える。

その一方、今回の出馬会見では突如として公約として憲法改正や解雇規制見直しも宣言した。一見すると爽やかで人気は高いが、場合によっては日本を壊しかねない政策を平気で採り入れてしまう恐れがあるという点で、一般国民にとっては非常に危険な人物ともいえるのではないか。

文/犬飼淳

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