60代女性が気をつけるべき「低血糖」の恐怖。意識混濁、失禁、やがては命の危険も…シニア世代が陥りやすい「フードファディズム」とは?
シニア世代が陥りやすい栄養不足による体調不良。今回はその中でも、健康を気にするあまり、本当に気をつけるべきことを忘れていることがあると老年医療のスペシャリスト・和田秀樹氏が警鐘する「高齢者の体調不良の原因」ついて紹介する。
『60歳から女性はもっとやりたい放題』 (扶桑社新書) より、一部抜粋、再構成してお届けする。
栄養不足に悲鳴をあげるシニアの体
若い頃であれば、必要量に足りていない栄養素があったとしても特に問題は起こったりしないのですが、年齢とともに栄養素の吸収効率が悪くなるせいなのか、高齢者の体は「栄養素が足りていないこと」にすぐに反応します。
例えば亜鉛が不足すると味覚障害を起こすと言われますが、若い頃は意識してそれを取ろうとしなくても、そのようなことはまず起こりません。
けれども高齢者の場合は、ほんのちょっと亜鉛が不足しただけでも、如実に味覚障害の症状が出てくるのです。だから、さまざまな栄養素の必要量をきちんと摂っていなければ、いろいろ困った症状が出てくるわけです。
年齢を重ねるほどあらゆる不調が生じるのも、栄養不足による影響が出やすいことと無関係ではないでしょう。
摂りすぎが問題にされがちな塩分も、不足すれば、疲労感や食欲低下といった症状が出てきます。
年齢を重ねるほど、必要なナトリウムを体の外に出さないようにする腎臓の能力が低下して貯留することができなくなるので、必要なぶんまで尿と一緒に排出してしまうこともあります。
ひどい場合には、血液中のナトリウム濃度が低くなりすぎて、意識障害や頭痛などを起こす低ナトリウム血症になってしまうこともあります。若い人より高齢者のほうが熱中症を起こしやすいのも、必要な塩分が体内から失われやすいのが原因です。
栄養不足の原因は「フードファディズム」
高齢者の体の不調の原因の多くは栄養不足にあると言っても過言ではありません。
だからこそ年齢を重ねてからは、体に良いものをたくさん摂ることよりも、不足する栄養素がないようにすることのほうが大事なのです。
「この食べ物が健康にいい」とか「認知症の予防になる」みたいな話を聞くと、そればかりをせっせと食べる人は多いですが、同じものばかりを食べていると、栄養が偏ったり、足りない栄養素が出てくる可能性が高くなります。
テレビからの情報に惑わされがちな日本人は、特定の食品が健康に良いと誇大に信じ込む「フードファディズム」に陥りやすいのですが、特に高齢者の場合は、同じものばかり食べるのではなく、できるだけ多くの種類の食べ物を満遍なく食べること、つまり雑食が理想的なのです。
栄養不足解消にコンビニを活用しよう
外食や出来合いのお惣菜ばかり食べていると栄養が偏るなどと言われますが、私はむしろ逆ではないかと思っています。
女性は料理が得意な人が多いので、少ない材料でもパパッとおいしい料理を作ることができます。また、冷蔵庫の中にあるものを使い切ってしまおうとして、限られた食材ばかりを食べることになりがちです。
1日30品目摂るのが理想的だなどと言われますが、家庭料理だけでそれをクリアしようとするのはかなり大変なことです。そもそも一人か二人の食事を作るのにいろんな材料を少しずつ用意するなんてことは、コスパ的にも好ましくないでしょう。
その点、レストランでの食事や、スーパー・コンビニのお惣菜には、多種類の食材が使われていて、家では食べない食材を摂ることもできます。
だから、外食や出来合いのお惣菜は、多くの栄養素を効率的に、しかも手間もかけずに摂るのにうってつけなのです。もちろん嫌いなものを無理して食べる必要はありません。どうしても足りない栄養素が出てくるなら、サプリメントを活用することをお勧めします。
ラーメンほど体に良いものはない!?
「できるだけ多くの種類の食べ物を満遍なく食べよう」という観点を持つと、選ぶメニューも変わってきます。
例えば、そばとラーメンでは、なんとなくそばのほうが健康に良さそうなイメージがありますが、私はラーメンほど体に良いものはないと思っています。
なぜならそばの材料は、蕎麦粉と小麦粉、あとは出汁に使われる鰹節くらいで、残りは水と調味料です。天ぷらそばにした場合なら、いくつかの野菜やエビなどが加わりますが、それでもせいぜい3〜4種類でしょう。
一方ラーメンは、スープだけでも、鶏がらや豚骨、それにさまざまな香味野菜が使われます。味を追求するために、10種類以上の材料を使っている店も珍しくありません。
麺には小麦粉、さらにはトッピングとして、チャーシューや卵、メンマなども加わりますから、含まれる栄養素の数でいったら、圧倒的にラーメンに軍配が上がるのです。
もちろんカロリーで比較すれば、ラーメンのほうが高いのは確かですが、繰り返しお話ししているように、高齢者は食事を制限して痩せることは御法度なので、それを気にする必要はまったくありません。
高血糖より危険な低血糖
血糖値が気になるからと、甘いものはもちろん、糖質が多く含まれる炭水化物もできるだけ摂らないようにしているという女性は少なくありません。
確かに高血糖が高じて重症の糖尿病になれば将来的に命に関わることもありますが、高齢者の場合は、低血糖による害のほうがはるかに大きいのです。
例えば「朝食抜き」の子どもは成績が下がるとよく言われますが、あれも朝食を抜いたことで昼食を食べるまでずっと低血糖状態が続き、そのせいで脳にブドウ糖が届かず、午前中の授業を受けても頭がよく働かないからです。
血管が軟らかくて糖を吸収しやすい子どもでさえそうなるのですから、多少なりとも動脈硬化が始まっている60歳以上の人にとっての低血糖が、それ以上の悪影響を脳に及ぼすことは想像に難くありません。
実際、血糖値があまりに低くなってしまうと意識が混濁したり言葉が出なくなったり、あるいは失禁したりするなど、認知症のような症状が出てくることがあり、さまざまな体の臓器がダメージを受けたりするリスクも高まります。
私がかつて勤務していた浴風会病院では、高齢者の場合は高血糖より低血糖のほうがむしろ危険だというのが医師たちの共通認識で、高齢者の糖尿病に関しては、積極的な治療はしないという方針が取られていました。
もちろん併設する老人ホームの入居者なので、必要以上に間食することはなく、それなりに食生活が管理されていたことも関係していたように思いますが、血糖値が高くても生存曲線が下がるということはなく、それどころか、外来診療時には失禁など認知症の症状が見られた患者さんも、血糖値を下げる薬を減らしたりやめたりすると、認知機能が回復するという例も数多く見られたのです。
また解剖結果から糖尿病の人は認知症になりにくいことも明らかにされていました。そのような事実を鑑みても、やはり高齢者にとって、低血糖の弊害は決して小さくないのだと思います。
久山町研究と呼ばれる福岡県の久山町の住民を対象にした疫学調査では、糖尿病の人のほうが認知症になりやすいという、浴風会病院とは真逆の結果が出ているのですが、実は久山町の場合、糖尿病の患者さんはすべて治療しているとのことなので、要するに薬で無理に血糖値を下げているのです。
それが脳にダメージを与え、結果として糖尿病の人のほうが認知症になりやすいということになっているのではないかと私は思っています。
文/和田秀樹 写真/shutterstock
04/20 09:00
集英社オンライン