選択的夫婦別姓も同性婚も認められないこの国は、一体なにに怯えているのか。結婚をめぐる問題をエンターテインメントでくるんだ話題作【古内一絵インタビュー】

 老舗ホテルでアフタヌーンティーの企画を担当する涼音を主人公に、異なる立場の登場人物たちの葛藤や成長を描いた『最高のアフタヌーンティーの作り方』(古内一絵/中央公論新社)。その続編にあたる『最高のウエディングケーキの作り方』(古内一絵/中央公論新社)が、約3年半ぶりに刊行された。今回描かれるのは、夫婦別姓や同性婚など結婚をめぐるホットなテーマ。今こそ話し合うべき話題を、極上のエンターテインメント小説に仕立て上げた古内一絵さんに、作品に込めた思いをうかがった。

(取材・文=野本由起 撮影=島本絵梨佳)

夫婦同姓を義務づけているのは日本だけ

――2021年に刊行された『最高のアフタヌーンティーの作り方』は、老舗ホテルのアフタヌーンティーチームを舞台に、そこで働く人々や常連客の人間模様を描いた作品でした。発売後、どのような反響がありましたか?

古内一絵さん(以下、古内):SNSでは、「ひとりでもアフタヌーンティーを楽しんでいいんだ」という反応がありました。今はホテル椿山荘をはじめ、おひとりの予約を受け付けているホテルも増えていますよね。「この本を読んで、勇気を出して初めてソロアフタヌーンティーをしました」とTwitter(現X)に、この本とアフタヌーンティーの写真を投稿してくださる方も多くて、とてもうれしかったです。

――前作は、女性の社会進出とスイーツの歴史を重ねて描いていました。こうした視点も、とても面白く感じました。

古内:平成は、IT革命と同時にスイーツ革命も起きた時代です。ティラミスをはじめ、それまでのケーキとは違う本場のヨーロッパ菓子が日本に入ってきました。ちょうど女性が社会に進出して経済力を持っていった時期と重なり、「自分が就職した時を思い出して共感した」という感想もいただきました。

――『最高のアフタヌーンティーの作り方』を執筆していた頃から、続編の構想があったのでしょうか。

古内:書いている時はありませんでした。ただ、書き終えて本が刊行されるくらいになると、「あ、これは続きを書けるな」と思うんです。シリーズものは大体そうですね。

『最高のウエディングケーキの作り方』(古内一絵/中央公論新社)

 今回の場合、『最高のアフタヌーンティーの作り方』の打ち上げの席で、担当編集さんに「続編を書けます。今度は『最高のウエディングケーキの作り方』で、テーマは夫婦別姓。ただ、誰のためにウエディングケーキを作るか、今は秘密です」とお話ししたのを覚えています。

――前作が刊行された2021年当時は、今ほど選択的夫婦別姓制度が話題になっていなかったのではないかと思います。最近、NHK連続テレビ小説『虎に翼』でも夫婦別姓や同性婚を扱い注目を集めていますし、タイムリーな作品になりましたね。

古内:実を言えば、3作品の連載が重なってしまったので、『最高のウエディングケーキの作り方』は連載開始を1年待っていただきました。おかげで時代が追いついてきて。当初はここまで夫婦別姓が話題になるとは思っていなかったので、びっくりしました。

――古内さんは、以前から問題意識を抱いていたのでしょうか。

古内:(夫婦同姓が義務づけられていることについて)いやー、バカバカしいな、と。私も驚いたのですが、結婚した夫婦が同姓を名乗ることを義務づけているのは、現在世界で日本しかないんですね。俄然、これは書くべきだと思いました。

 その後、担当編集さんにお願いして夫婦別姓のアンケートを取っていただいたんですね。性別も年齢も違う十数名にアンケートを取り、私も会う人会う人に夫婦別姓について意見を伺いました。でも、「世界で唯一、日本だけが選択的夫婦別姓制度を導入していないことを知っていましたか?」と聞いたところ、誰ひとりとして知らなかった。それが衝撃的でしたね。

――他には、どんな回答がありましたか?

古内:「夫婦別姓についてどう思われますか?」という質問をすると、皆さん大体賛成意見。でも、「ご自分が結婚された時、どちらの姓にするか話し合いましたか?」と聞くと、ほとんど話し合っていませんでした。ある程度の年齢の方は「このアンケートに答えるまで、そんなことは考えもしませんでした」「女性が改姓するのが当たり前だと思っていたので、話し合おうとも思いませんでした」という答えが多かったですね。若い世代は一応話し合うものの、女性は「特別な理由がないなら私が変えるしかなかった」、男性は「話し合いはしたものの、僕が変えるつもりはまったくなかった」という回答が見られ、女性は諦めムードでした。

 逆に、40代女性からは「結婚が遅かったので、改姓してよかった。今までは帰省や同窓会のたびに『まだ結婚しないの?』と言われるのが嫌だったから、改姓してホッとした」という声も。他にも、「実家との折り合いが悪く、夫の姓になれてよかった」というご年配の女性もいました。

――本当に人それぞれですね。

古内:だからこそ、選択制にすればいいと思うんですよね。変えたくない人は変えなければいいし、変えたい人は変えればいい。あまりにもバカバカしいと思ったので、もっと多くの方にこの問題を知っていただきたくて。それをエンターテインメントとして、楽しく読める小説にしたいと思いました。

我慢を重ねてきた世代は、苦労を免れた若手を許せるか

――『最高のウエディングケーキの作り方』は、章ごとに30代の涼音、20代の瑠璃、40代の香織、30代の達也など視点人物が移り変わっていきます。さまざまな視点から、結婚やジェンダー、LGBTQについて考えられるようになっていますね。

古内:小説って、すごく不思議なんですよね。『最高のアフタヌーンティーの作り方』を描いている時は、続編のことなんて考えていませんでした。でも、登場人物が動き出すと物語の続きができてきて、全員が役回りを果たしてくれます。登場人物に引っ張られながら書いているという感覚があります。

 今回は、誰のためにウエディングケーキを作るのかにも注目していただきたいです。前作をお読みになった方は、達也と涼音のウエディングケーキだと思うかもしれませんが、さてどうでしょう。

――涼音は、達也との結婚を控えて夫婦同姓を義務づけられることに疑問を抱きます。その気持ちもわかりますが、40代の香織の言動も身につまされました。キャリアを重ね、40代で出産した香織は、いわゆる優等生タイプ。年かさの男性たちを立て、既製のルールを守ることで、今のポジションを築いてきました。そのため変化を恐れ、涼音にも周囲と歩調を合わせて夫婦同姓にするよう助言します。古内さんは、どのような思いで香織を描きましたか?

古内:香織さんは、涼音と同じホテルでラウンジのチーフを務めていました。でも、産休・育休を取って職場を離れたら、自分はただの“高齢出産者”だと感じてしまいます。だから、ラウンジのチーフという地位を護りたくて、意固地になってしまうんです。優秀な人ほど、護らなければならないものが多くなるので大変ですよね。

――香織は、涼音にとって憧れの先輩でした。ですが、そんな香織も涼音世代の考え方を受け入れられないというのがリアルでした。

古内:香織さんは、我慢を重ねてきた世代です。自分がしてきた苦労を、若い世代が免れるのは許せなくて忸怩たる思いを抱えています。でも、「私たちは苦労してきたんだから」と若い世代に不自由を押しつけたところで、誰も幸せになれませんよね。そこで「良き先達になろう」と気持ちを切り替えていきます。

 そこには、私自身の経験も反映されています。私は、男女雇用機会均等法が施行されて間もない平成元年に社会に出ました。就職先は映画会社で、総合職の女性を採用したのは初めて。ですから、女性の先輩がたからはとても嫌がられました。それもそうですよね。先輩がたは、男女雇用機会均等法が制定される前から、ものすごく努力して総合職になったわけですから。実際、総合職には語学堪能でスキルも高いスーパーウーマンがそろっていました。

 その一方で、私たち世代は大学を卒業し、何の苦労もないまま制度によって総合職になりました。中にはかわいがってくださる先輩もいましたが、風当たりは強く、ひどく虐められたこともありました。このあたりは『キネマトグラフィカ』(古内一絵/東京創元社)に書いたので、ぜひ読んでください(笑)。

夫婦同姓の強制は、人権に関わる問題

――作中では、「結婚や妊娠を、とにかく“おめでたいもの”にしておきたい流れが、大昔から脈々と息づいている」という一文がありました。「おめでとう」という言葉で、結婚や妊娠の本質を覆い隠すことについて、古内さんはどうお考えですか?

古内:結婚も出産も覚悟がいることですし、決しておめでたいだけではありません。それによって失うものもたくさんあります。ですが、そういったことに蓋をして、「結婚や出産はおめでたいものだ。みんなもそうしよう」と言うのは罠だと思うんですよね。

 特に、結婚式の時だけ女性を持ち上げることが、私はとても嫌だなと思います。その時だけきれいな格好をさせて、絶世の美女のように褒めたたえて、式が終わったとたんに「うちの嫁」扱いしてくる。結婚経験のある方なら、きっと身に覚えがあるのではないかと思います。

――結婚すると夫婦ふたりの戸籍を新しく作りますが、言葉のうえでは「入籍」と言います。それも、女性を“嫁”扱いすることにつながっている気がします。

古内:そうですよね。特に女性は、苗字が変わった瞬間に「お前はこっちの家族」という扱いをされます。妻を「うちのもの」にしたいから、夫婦別姓を認めたくないんでしょうね。それが本音だと思います。

――その一方で、作中では「今が過渡期」とも語られています。古内さんも、現在は選択的夫婦別姓制度が認められるまでの過渡期だとお考えでしょうか。

古内:そうですね。人間にはいろいろな感情があり、「これが正しい」と思っても、すぐにそこに行けるわけではありません。この小説にも秀夫という年配の男性が登場しますが、彼は夫婦別姓も同性婚も本心からは認められないでしょうね。でも、理解できなくても、他の人の自由を邪魔しなければいい。そうすれば、世の中は変わっていくと思います。

 私は、日本がディストピアになるのを見たくありません。より良い方向に変わるためにも、みんなで話し合い、意見をぶつけ合う時だと思います。

――その一方で、夫婦別姓や同性婚について話すと「フェミの人」扱いされることがあります。20代の瑠璃も、「私はフェミの人ではないのだし」と議論を避けようとします。その温度差については、どう感じていますか?

古内:女性が少しでも選択の自由について話すと、フェミニズムの問題にすり替えられるのはおかしな風潮ですよね。ただ、「まあ、いっか」と割り切ろうとする瑠璃も、そうやって目をつぶっていては大切なものを見過ごしてしまうことにも気づいていきます。

 彼女自身はあっけらかんとしたもので、別に苗字が変わることに抵抗はありません。だからと言って、他人の自由を阻害することもしない子です。こうして、いろいろな自由が認められて、その人たちが幸せになることを邪魔しない世の中になるといいですよね。

――選択的夫婦別姓制度も同性婚も、選択肢を増やすことにつながります。より多くの人たちが生きやすくなる制度だと思いますが、なかなか議論が進みません。達也は「令和の世になってさえ、選択的夫婦別姓も同性婚も認められないこの国は、一体なにに怯えているのだろう。そうまでして首根っこを押さえておかなければならないほど、俺たちは愚かしい存在か」と考えますが、ここには古内さんの意見が反映されているのでしょうか。

古内:そうですね。一体なにに怯えているんだと思いますね。みんな同じ方向を向いていないと、そんなに不安なのか、と。未婚率の高さや少子化を憂いているのなら、もっと自由にさせてもらいたいですよね。

――涼音の祖父は、「そうやって、家族単位で助け合わせておいたほうが、国の偉い連中は楽なんだよ」とも語っていました。

古内:実際そうなんじゃないかと思いますね。同じ方向を向かせておけばまとめるのが楽だし、介護や子育てを女性に押しつけてしまえば、福祉に力を入れる必要もありません。こういうからくりに目を向けて、みんなもっと怒ったほうがいいですよ。「私たち女性は、花嫁衣裳を着せられてちやほやされて喜ぶほどバカじゃない」って。

――今、怒ったり批判したりすることを良しとしない空気があります。そんな中、「私たちは本当は、もっと本気で怒っていい」と語られることに、勇気づけられました。

古内:女性が怒ると、すぐに「フェミだ」って言われますよね。でも、そうではありません。自由を阻害されている人間がいるのだから、これは人権の問題です。今の日本では、夫か妻のどちらかが改姓しなければならず、改姓したくない人の自由が損なわれています。現状では、改姓するのが圧倒的に女性側なので、フェミニズムの問題に置き換えられているだけ。もっと声を上げてしかるべきだと思います。

スイーツは、特別な祝福とともにある

――結婚に際して直面する問題を描くと同時に、前作同様、スイーツの描写にも力が入っています。今回は、達也が涼音とともに新しいパティスリーを立ち上げますが、執筆にあたって取材をされたのでしょうか。

古内:前回に引き続き、鎌倉の人気パティスリーのシェフ・パティシエールに取材させていただきました。そのお話がとても面白くて。普通、ホールケーキは偶数に切り分けますよね。ですが、ウエディングケーキは偶数で割り切れないように作るのだそう。奇数に分けられるようにデザインして、絞り飾りも絶対に偶数にしないと伺い、「そこまで気を遣うんだ」と驚きました。

 前作にも書きましたが、お菓子の歴史って面白いんですよね。お菓子は、食事と違って必要不可欠なものではありません。ですが、西洋、東洋どちらのお菓子も、歴史をたどると宗教が関わってくるんですね。修道院やお寺で作ったお菓子が、レシピとともに広がっていく。実際、日本でもお彼岸におはぎやぼたもちを、雛祭りには雛あられを食べますよね。お菓子は、特別な祝福、神や仏のご加護とともにあるものなんです。今でも、私たちはうれしいことがあった時や何かのごほうびに、甘いものを食べます。お菓子に関する興味はまだまだ尽きないので、次もスイーツに関する小説の準備をしています。

――この作品の手ごたえはいかがでしょう。『最高のアフタヌーンティーの作り方』を書き終えた時は、「続編を書けそうだ」と思ったそうですが、シリーズ第3弾もあり得るのでしょうか。

古内:これに関しては、この2作で終わりだと思います。でも、『最高のウエディングケーキの作り方』は、本当に書けてよかった。政治家も、選択的夫婦別姓制度に前向きに取り組むと言っていたのに、また慎重な姿勢に戻っているじゃないですか。本当にいい加減にしてくれと思いますね。ぜひ、この小説を皆さんに読んでもらい、話し合うきっかけにしてください。エンターテインメントとして楽しめるように書いていますので、身構えずに読んでいただけたらうれしいです。

ジャンルで探す