マッチングアプリの条件/【吉澤嘉代子 エッセー連載】ルシファーの手紙#9

―時は令和。恋愛産業革命。
人々は運命の出会いを求めてインターネットの海へ旅に出た。―

 一昔前までは何処の馬の骨かもわからない相手と会うなんて危険で愚かしいという風潮だったはず。それが気付けば、私の周囲でもマッチングアプリの使用が珍しいものではなくなった。

 希望の家賃や地域を入力し条件に合う物件を絞るように、年収や嗜好から気軽に相手を探すことは時間のない現代人にとって当然効率が良いだろう。

 それでも自分には縁のないものだと思っていた矢先、友達から「吉澤嘉代子のコミュニティもあるんだよ」と聞いた。アプリ内に自分の好きなものをアイデンティティのように追加できるハッシュタグがあるらしい。私の音楽を聴いてくれる人はどんな人たちなのだろうと興味が湧いてしまう。だめだ、気になる。

 かくして私はマッチングアプリを初めてダウンロードした。心臓が飛び出そうになりながらプロフィールに自分の宣材写真を選ぶと弾かれてしまう。世に出している写真はなりすまし防止のために設定できないようだ。

 手こずりながらも設定を完了すると、それはパンドラの箱。様々な男性の顔が年齢とともに流れていく。そうか、女性のプロフィールは見られないんだ。全員のプロフィールを拝見できると勘違いしていた私は少し残念に思いながらもハッシュタグを検索した。すると、見覚えのある顔がいくつもあるではないか。

(あの人の趣味ってカフェ巡りなんだ……)
(この人は平日休みなんだ……)

 いつも見られている側の自分がその人のプライベートを覗いている奇妙さ。見てはいけないものを見てしまった衝撃。個人情報の荒波に酔った私は逃げるように退会した。

「陛下は私を籠の鳥にしてしまうとおっしゃりましたが私は籠の鳥になるつもりはございません! 陛下のお側で陛下が少しでも楽しくお過ごしになれるような籠になりとうございます!」
『パレス・メイヂ』1巻(久世番子/白泉社)

 明治に似たような時代、架空の女帝と侍従の身分違いの恋物語。マッチングアプリなら絶対にマッチしない組み合わせだ。自由の許されない陛下が、まだ学生の彼に世界の見方までをも変えられてしまう至極のプロポーズである。

 それは彼女を側で支えているからこそ飛び出した愛の言葉。陛下を籠から逃すのではなく、籠そのものになる……。こんなに覚悟の決まった告白をされたらいちころだ。

 現実もそう、条件を入力しても引っかからないマッチングがこの世には星の数だけ落ちている。予想もできない出会いが私たちを待っているのだ。

※吉澤嘉代子が金輪際マッチングアプリに出没することはありません。

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