大人気ホラー『近畿地方のある場所について』背筋さんに、2冊の新作についてインタビュー「自分の中にある、相反する3つのホラーに対する価値観を反映」

 2023年、小説投稿サイト「カクヨム」上で発表された『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)。なにが起こっているのかわからない。でも、確実にやばいなにかがそこにいる――。そんな不気味な読書体験が支持を集め、書籍化されるや否や、重版が続いた。同作はなんと、新人作家のデビュー作としては異例の累計発行部数25万部を突破し、モキュメンタリーホラーの面白さを世に知らしめた。

 作者の名は「背筋」。デビューしてからしばらくは年齢も性別も不明だったが、つい先日、素顔を解禁したことが話題になったのは記憶に新しいだろう。

 そんな背筋さんの2作目がついに登場した。『穢れた聖地巡礼について』(KADOKAWA)と名付けられたそれは、フリーの編集者・小林と心霊スポット突撃系YouTuberの池田が、心霊スポットの考察をでっちあげていくというストーリーの長編ホラーだ。また、同時期には『口に関するアンケート』(ポプラ社)という「アンケート付き」の珍しい体裁の短編ホラーも発売した。両作品は書店の売上ランキングでも上位を占めており、背筋さんがホラー作家として注目されていることがうかがえる。

 ホラー小説界の新鋭はいま、なにを思うのか。忙しい執筆の最中時間をいただいて、背筋さんにインタビューを敢行した。

取材・文=イガラシダイ

キャラを立てた作品を書くために、試行錯誤しました

――王道のモキュメンタリーだった前作『近畿地方のある場所について』とは異なり、新作の『穢れた聖地巡礼について』ではかなり物語色が強められている印象を受けました。

背筋さん(以下、背筋):『近畿地方の~』が校了する頃、担当編集者と次回作の話になって、「次はモキュメンタリーではないものに挑戦してみたい」と伝えていたんです。そもそも『近畿地方の~』を書いたときも「モキュメンタリーを書くぞ!」と思っていたわけではなくて、短編をまとめていくにあたってどんな器を用意したらいいのか……と考えた結果、モキュメンタリーに行き着いただけでした。そういう発想だったので、次回作も絶対にモキュメンタリーにしたかったわけではなくて。もちろん、モキュメンタリーという手法自体は大好きなんですよ。ただ、それ以上にホラー全般が好きなので、せっかくなら違う手法にも挑戦してみようかなと。

――その結果、本作では、編集者の小林、YouTuberの池田、幽霊が見える宝条というそれぞれにキャラの立った3人の登場人物が出てくることになったんですね。

背筋:そうなんです。ただ、「キャラを立てる」ということがどういうことなのか、最初はうまく掴みきれなくて。私は『近畿地方の~』で初めて小説を書いたような人間なので、わからないことも多くて、試行錯誤の連続でした。

 小林、池田、宝条の3人には、私のなかにあるホラーへの価値観や考え方を少しずつ切り分けています。「幽霊なんているはずない」「いや、いるかもしれない」「そんなのどっちでもいいじゃないか」といった風に、私のなかにも矛盾するような考えがあって、それを3人に振り分け、キャラクターとして落とし込んでいったイメージです。

――各章には3人の会話劇パートが挿入されています。心霊スポットについてあれこれと考察を繰り広げていきますが、読んでいてワクワクしますね。

背筋:3人が登場するパートを会話劇にしたのは、ライブ感のようなものを感じてもらいたかったからです。それと、ファミレスの隣の席でなんだか面白そうな話をしているのを、盗み聞きしているような感覚も味わってもらいたくて。

 また、地の文を排することで、それぞれのキャラが本心ではなにを考えているのかを伏せた状態で、うわべだけの薄っぺらい会話としても表現したかった。読んでいただくとわかる通り、全員なにを考えているのかわからないんです。

――それもあって、中盤で3人の背景や抱えている過去が明らかになると、それまでの発言の重みや受け止め方がガラッと変わります。

背筋:そうそう。それもギミックとして作用すると面白いかな、と狙っていました。「だから、こんなことを言うんだ!」と感じ取ってもらえると嬉しいです。

――しかも、3人が好き勝手に考察している裏側で、想像もつかないような呪いのシステムが動いていることが徐々に示唆されていきます。ときには笑いながら心霊スポットをコンテンツにしようとしている3人の姿との対比で、恐怖が何倍にも膨れ上がっていきますね。

背筋:3人は作中の登場人物なので、自分たちが見聞きした情報しか知らないわけです。でも読者は神の視点から物語全体を把握できます。すると、3人の会話劇パート以外で書かれている心霊スポットでのエピソードも理解できるわけで、それによって、裏側で起こっている恐ろしいことにも気付ける。でも3人はそれを知らない。その視座の違いによる恐怖が生まれたらいいな、と思いました。

ノベライズ版『呪怨』で明かされる、伽椰子の人間性

――3人の背景が明らかになってくるあたりから、本作では幽霊の怖さだけではなく、人間の業の深さや厭らしさも滲んできます。よく「幽霊よりも人間のほうが怖い」などと言われますが、背筋さんはどう思いますか?

背筋:幽霊だってもともとは人間だったわけで、つまり人怖と幽霊を区別する意味はないのかな、と思います。幽霊の怨念や嫉妬という感情も、生身の人間だって持っているものですしね。それに小説を読んでいて真に怖いなと感じるのって、生きている人の情念が伝わってくるときなんです。

 たとえば、私は「呪怨」シリーズが大好きなんですが、作品群のなかでも大石圭さんが手掛けたノベライズ版がイチオシ。この作品では伽椰子がまだ生きていた頃の描写が足されています。彼女は非常に不幸な生い立ちの女性だったんだけれども、心の底から幸福を感じた瞬間があった、と。それは夫との新婚旅行で、泊まったペンションで明け方にひとり目が覚めたとき、窓の外に見えた綺麗な景色を目にした瞬間だった、と書かれているんです。その描写を読んだときに、伽椰子に対する恐ろしさや悲しさが何倍にも膨らんだ気がしました。伽椰子はただのお化けではなくて、人間だったときがあった。それを知るだけで『呪怨』への解像度が高まりますし、そのギャップによって心霊描写がさらに恐ろしく感じられる。だから私は、幽霊と人間を区別するのではなく、地続きの存在として語るほうが好きですし、怖いですね。

――『穢れた聖地巡礼について』に登場する心霊スポットにも、過去に悲しい思いをした人間の姿が描かれていますね。でも、それを知らない主人公たち3人はただただ楽しそうに考察を繰り広げていくのですが……。

背筋:だからこそエグさが際立つかな、と思います。やむにやまれぬ事情を抱えて、人ならざる者になった、あるいはそういう存在の力を借りた人たちと、一方でその噂を楽しそうに考察する人たち。そもそも心霊スポットを「怖い怖い」と楽しむのって、そこで恨みを残して死んでいった人たちを踏みにじるような行為でもあると思うんです。

 ただ、そうは思いますが、やっぱりホラーって楽しいんですよね。ミステリー作品だって人の死をコンテンツにしているという意味では、不謹慎ではある。でも、みんな好きですよね。

 人間って相反する感情を抱えていて、それに折り合いをつける術がないときは、目を背けて生き続けるしかないのかもしれません。あるいは一人ひとりが自身の倫理観と向き合って、決め事や落とし所を作って付き合っていく。私は、やっぱりホラーが好きです。

アンケートによって「種明かし」と「恐怖」を両立させる

――ほぼ同時期に『口に関するアンケート』という作品も発表されました。短編ながらもゾッとする切れ味を持つ作品でしたが、これはどのように生まれたんですか?

背筋:『近畿地方の~』を書いたあとにびっくりするくらいお仕事をいただいて、なんだか無我夢中で書いているなかで生まれた、得体のしれないものという感じなんです。担当編集者に送ったプロットもほぼ完成形の状態だったので、ラリーをしながら書いていったというよりも急に降って湧いた作品ですね。正直、自分でも気持ち悪いです(笑)。

――心霊スポットを訪れた大学生たちの語りが描かれていきますが、最も恐ろしいのは最後に収録されている「アンケート」の部分です。

背筋:そのアンケートは、機能的には物語の種明かしを担っています。作中で一体なにが起こっていたのか、読者が置いてけぼりにならないよう、どんな風に種明かしするかを考えた結果、アンケートに辿り着いたんです。

 単純に「こういうことが起こっていたんですよ!」と説明することもできたとは思うんですが、それだと怖さが半減してしまうかもしれない。じゃあ、怖さと種明かしを両立させるためにはどうすればいいんだろう……と悩んでいたときに、不意に思いつきました。

――アンケートが種明かしになっていて、しかも怖い、というのは未読の人にはなかなかイメージしづらいかもしれません。そこは読んでからのお楽しみですね。

背筋:そうですね。アンケートって問1から順番に答えていく形式のものじゃないですか。だから「このアンケートはなんなんだろう?」と思いながら答えてもらい、最後の問いに行き着いたときに恐怖を味わってもらえたら嬉しいですね。

 それとこの作品は、話題にしやすさがあるかなと思っています。最後にアンケートがついていることもそうですが、本としてはサイズが小さいですし、タイトルが意味不明ですし、口元のアップの装丁も不気味。だから、「『口に関するアンケート』っていうやばい本があるんだよ」と口コミで広まってくれたらありがたいな、という狙いも密かに持っています。

ひとりでも多くの人をホラー界に引きずり込みたい

――ここ数年、ホラー小説ブームが巻き起こっているなんて耳にしますが、背筋さんは現状をどう受け止めていますか?

背筋:たしかにホラーがブームになっているとよく聞きますが、好きな人はずっと好きじゃないですか。だから「ブーム」と言われても、正直ピンとこないところはありますね(笑)。だって、私は昔からずっと好きだったしなぁって。

 でも、ホラー作品自体は確実に増えていると感じます。それはいちホラー好きとして、読めるものが増えているということなので嬉しいです。

――ホラー小説が増えることで、読者による考察もどんどん盛んになっているような印象も受けます。背筋さんの作品もまさに「考察の対象」になり得るものばかりですよね。

背筋:考察をしていただけるということは、それぐらいの熱量を持って私の作品を読んでくださっているということだとも思うので、とてもありがたいですね。

 一方で、誰かの考察を読まないと理解できないという物語は、作品として不完全なのかもしれないとも思っていて。本来であれば、読者一人ひとりが自ら考え、答えに辿り着けるのがベストだと思うんですよ。だから、考察の余地があるけれどもよくよく考えてみたら理解できる、くらいのバランスを目指したいんですが、難しいなと感じています。

――ホラーの書き手としての目標はありますか?

背筋:私は『近畿地方の~』みたいなモキュメンタリーも、『穢れた聖地巡礼について』のような人間のドロドロしたところが顕わになる作品も好きなんです。でも、ホラーを分解してみると、その二つ以外にももっともっと細分化できます。そして、私はそれらも好き。だから今後は、これまでの作品では見せられなかったホラーの新たな一面を切り口にしたものを、自分なりの表現で書いていきたいです。

 そして、ひとりのホラーオタクとして、たくさんの人をホラー界に引きずり込めたらいいな、と。ホラーと聞くだけで拒否反応を示す人っていると思うんですが、ホラーは怖いだけじゃないし、でも怖くて、それが楽しいんだよ、ということを伝えていきたい。ありとあらゆる観点から包囲網を敷いて、ホラーの良さを広げていこうと思います。

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