極寒のアムステルダムで孤独な心を抱えた僕たちは出逢い、恋に落ちる――気鋭の社会学者による甘く切ないラブストーリー

『アスク・ミー・ホワイ(文春文庫)』(文藝春秋)

 舞台はオランダ。異国になじみきれないまま異邦人として生きる“僕”は、人気絶頂期に引退した俳優の颯真と出会う。共に癒えない傷を抱える2人は次第に惹かれあい、その関係は友情の枠を超えそうなほど近しく、危ういものになっていく……。

 気鋭の社会学者であり、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍している古市憲寿氏。芥川賞候補になった『平成くん、さようなら』(文春文庫)以降、『百の夜は跳ねて』『奈落』(新潮社)など、時代の空気を照射する小説群も旺盛に発表している。テーマも内容もヘヴィで、腰にずしりとくる感じの作品が多い印象があるが、本作『アスク・ミー・ホワイ(文春文庫)』(文藝春秋)は猛烈にロマンティックで甘く切ない。純度100パーセントのラブストーリーだ。単行本に続いて装画を手がけるのは、『昭和元禄落語心中』で知られる人気マンガ家・雲田はるこ氏。どこか物憂い2人の表情が、その関係を鮮やかに伝えてくる。(雲田氏描き下ろしの挿絵も10点入っている)

 始まりは2月末、極寒のアムステルダム。恋人に誘われオランダに移住してきたのはいいものの、破局して、鬱々とした日々を過ごす日本人青年ヤマト。旅行でやってきた級友と再会し、ゲイであるその友人のデート相手に共に会うことになる。待ち合わせ場所へ現れたのは、薬物スキャンダルで芸能界を追われた元俳優・港颯真だった。

 同性とは思えないほど美しい颯真に魅了されている自分に気がつき、戸惑うヤマト。自分はけっしてゲイではない。このドキドキは、生まれて初めてスターと身近に接して舞い上がっているだけだ、と自らに言い聞かせる。だけど颯真との交流を重ねるごとに、華やかな芸能人としてではない、自分と同じように孤独と悲しさを抱え込んだ彼自身の姿が見えて、いっそうに惹かれてしまう。

 ここまでくれば「それは恋だよ」と読者には分かってくる。なのに当事者のヤマト自身は、なかなかそれが分からない。異性愛者である自分が、男性である颯真に恋するなんてあり得ない……という気持ちが拭い去れないから。また一方で、颯真自身の気持ちも(ヤマトには)分からない。

 恋人に捨てられ、ひとりぼっちのさえない“僕”と彼はなぜ“友だち”になってくれたのだろう、と。それはきっと慣れない外国暮らしで淋しいせいだ。もしも僕らが日本で出会っていたら、けっしてこんなに親しくなってはいなかったはず。

 そうした不安を持つヤマトの目をとおしているだけに、この関係がどこへ向かうのか、まったく読めない。アンハッピーエンドに終わってもおかしくない緊張感が、行間の至るところからにじんでくる。

 自分に自信の持てないヤマトと、言動の端々にどん底に落ちた者ゆえの破れかぶれな魅力を放つ颯真。異国という舞台装置が効果的に使われて、2人の関係の純度を高めている。

 彼らの日常を軸に、颯真の薬物スキャンダルの真相、ヤマトと元恋人の邂逅、アムステルダムまで颯真に会いにきた俳優時代の“親友”との一波乱など、様々なドラマが組み合わさって最後まで飽きさせない。

 ジャンル的には“BL小説”という位置づけになるだろうけど、ここはもう純粋に“恋愛小説”と呼んでしまいたい。誰かと出会うことで世界が変わり、人生が変わる。そんな奇跡にも似た体験をする恋人たちの物語を描いただけなのだから――著者のそんな声が聞こえてくる。

文=皆川ちか

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