街中に貼られた不気味なシール。霊感のある子が「これはマジでやばい」/近畿地方のある場所について⑭

『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)第14回【全19回】「情報をお持ちの方はご連絡ください。」Web小説サイトカクヨムで連載され話題を集めたホラー小説『近畿地方のある場所について』より、恐怖の始まりとなる冒頭5つのお話をお届けします。オカルト雑誌で編集者をしていた友人の小沢が消息を絶った。失踪前、彼が集めていたのは近畿地方の“ある場所”に関連する怪談や逸話。それらを読み解くうちに、恐ろしい事実が判明する――。あまりにもリアルでゾッとするモキュメンタリー(フィクションドキュメンタリー)ホラーをお楽しみください。

『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)

某月刊誌 2008年7月号掲載 「謎のシール、その正体に迫る!」

 近年、ネットを中心に話題となっている「謎のシール」の存在をご存じだろうか?

 以前より小誌読者からも多数の調査依頼を受けていた本件について、この度編集部が本格的に調査に乗り出すこととした。

・謎のシールとは?

 まずは写真をご覧いただきたい。10cm四方の正方形の白地のシールに、簡略化された黒い鳥居の絵が大きく描かれており、その鳥居の中にはなんとも形容しがたい人の絵が配置されている。一番近いのは比叡山延暦寺の厄除けの護符として有名な角大師だろうか。ただし角大師の名前のもととなる角はなく、手足の異様に長いその抽象的な絵は禍々しい雰囲気を醸している。またシールの四隅には「女」の文字が書かれている。

 この不気味で意図不明なシールが至るところで目撃されているのである。

・分布場所

 編集部の実地調査によると少なくとも都内でその存在が複数確認された。貼られている場所は電柱や建物の壁面が最も多かった。それ以外では、街の郵便ポストの底面や、廃屋の窓など目に触れさせる目的とは思えない場所も多くあった。

 シールはコピーされたものではないようで、描かれているものは同じながら、ボールペンで描かれたと思しきものや、筆で描かれたであろうものなど、細部や絵のタッチが異なっていた。

 以上に加え、ネットでも調査をおこなった。某掲示板ではこのシールに関して専用のスレッドが立てられるほど話題となっており、調査隊と銘打って日本全域でこのシールの分布図を作成しようという動きがあるようだ。

 スレッドによれば、シールは北海道から沖縄まで全国で目撃されており、特に多く分布しているのが西日本だという。

・専門家の見立て

 絵柄に宗教的な、または呪術的な意図を感じ取った編集部は某大学の宗教学の教授に見解をうかがった。以下はその内容である。

「私が知っているもののなかに類似したお札はありません。鳥居が描かれている以上はお寺ではなく神社に由来するものだとは思います。ただ、一般的なお札はイラストのみで構成されることはほとんどなく、信仰対象となる神の名前や神社の名前、あとはお経が文字で書かれています。このシールの場合はそれが四隅に書かれた女という文字のみです。また、この人のような絵も、類似するものは見たことがありません。おっしゃる通り、角大師の絵に近いものを感じますが、描き手を変えたことで角大師のディテールが変化したものというよりは、もとから違うものを描いたように見えますね。素人が何かしらの目的でお札のようなものを作ったと考えるのが自然かと思います」

・情報提供者の証言

 編集部はこのシールに関しての情報を知る人物へのインタビューに成功した。以下がその四人の証言である。

Oさん(52歳、男性、ガードマン)の証言

 私が派遣されたそのビルは日本人なら誰でも聞いたことがある大企業の本社ビルでした。日勤だった私は、同僚と持ち回りで複数ある出入り口の警備をしたり、駐車場の見回りをしたりしていました。

 あるとき、私が所属する派遣元の警備会社にそのビルからお達しがありました。ビルの壁面にいたずらをされているから見回りを強化してほしいっていうんです。

 そのいたずらっていうのが、例のシールでした。不気味なシールがビルの壁面に貼られてるんですね。貼られている位置は腰の高さのものもあれば、かなり下のもの、背伸びしないと届かない場所まで様々でした。それがビルの四方の壁面に点々と貼られるんです。

 お達しが出てからは私たちも見かけると剥がすようにしていました。乱暴に剥がすと跡が残ってしまうので、けっこう神経を使う作業なんです。迷惑しましたよ。ビルの清掃の人も毎日剥がしてたみたいですね。この被害はそのビルに限ったことではなくて、近くの公園や飲食店でも同様に貼られてたみたいです。

 ただ、なんだろう……私が見た感じだと貼り方が適当なんですよね。そのシールをきちんと見せようとした貼り方じゃないというか。貼るということ自体に目的があるみたいでした。陣取りゲームでもしてたんじゃないでしょうか。あのシールが貼られた場所を領土にするみたいなルールで。

 ビルに貼られていたものも、嫌がらせ目的というよりかは、剥がされたから補充しているみたいな淡々とした印象でした。

 でも、おかしいのが誰もシールを貼ってる人間を見たことがないって言うんですよ。気づくと貼ってある。

 一応、私たちも仕事ですからお達しが来た以上は今までよりしっかり見回りはしてたんですけどね。巡回ルートにわざわざビルの周りを一周するものまで加えて。それでもシールは毎日貼られ続ける。

 私はそんななかで派遣先が変わったので、ここから先は同僚から聞いた話になります。私が去ってからもそのシールは貼られ続けたらしいです。全くおさまらないので、ビルの外に新たに監視カメラまで設置することになったんだそうです。

 で、監視カメラを設置したその日、日勤も夜勤も担当者はモニタールームで、新たに設置されたものも含めてビルの監視カメラをチェックしていたそうです。異常はなかったみたいですよ。ところが、その次の日同僚が夜勤と入れ替わりで出勤すると大騒ぎになっていたんだそうです。

 ビルの2階の窓にシールがぽつんと貼られていたっていうんです。あのビルの2階なんて大人が三人肩車しても届きませんよ。それを早朝にフロアの清掃の人が見つけたらしくて。中からだと白い面しか見えないんですが、太陽の光で透けてそれが例のシールだってわかったときはゾッとしたそうです。その2階の窓が直接映る場所に監視カメラは設置されていなかったそうですが、付近のカメラを改めてチェックしても怪しい人間は映っていなかったみたいです。

Tさん(48歳、男性、新聞記者)の証言

 2003年に起きた「埼玉一家行方不明事件」(※編集部註)の担当になったときの話です。

 あれは今思い出してもおかしな事件でした。一家四人全員神隠しか? なんて編集部でも話題になっていました。警察も事件性を考慮してか情報をなかなか公開しなかったので取材に苦労しましたよ。話題性もかなりあったのでどの新聞社も必死でネタをつかもうとしてました。

 私もその一人でしたね。最近はあんまりしなくなりましたけど、夜討ち朝駆けまでして情報を集めてました。そんななかで昔から付き合いのある刑事さんがぽろっと漏らしたんです。

「あの事件は気持ち悪い。俺はできれば関わりたくない」

 そのときは、これは特ダネのにおいがするぞって思いました。まあ結局空振りだったんですが。

 必死で頼み込んでチラッと教えてもらったのは、その家の異様さでした。

 一家が一瞬で消えてしまったみたいな状況だったのはもうすでに報道されているかと思うんですが、おかしな点が他にもあったそうです。

 その家の居間には、食べかけの朝食が放置されていたダイニングテーブルのそばに、テレビに向き合う形でソファとローテーブルがあったそうです。食事のとき以外はそこでくつろぐみたいな、まあよくある間取りですね。問題はそのローテーブルでした。

 正方形の紙のたばが四つ置かれていたそうです。たばは10cmぐらいの高さがあったそうです。枚数にしたら何百枚になるんじゃないかな。そばには四本のペンも置かれていたと聞きました。

 かなりの枚数のその紙には全てに同じ絵のようなものが描かれていたそうです。鳥居の中に人がいるみたいな。

 状況から想像すると、一家は全員でその紙に絵を描いてたと思いますよね? でも次女は3歳ですよ? 何百枚も同じ絵を描く根気も技術もあるとは思えない。そもそもなんのためにそんなものを大量に描かないといけなかったのかもわからない。

 その話を聞いたとき、これは宗教絡みの事件じゃないかと疑いました。すぐに方々手を尽くして調べましたが、肝心のその絵の写真を入手できていないのと、鳥居の中に人の絵という手がかりで該当するお札や宗教は見つかりませんでした。

 デスクの判断で、憶測の域を出ない以上先走って事件と宗教を関連づけた記事は出すべきではないということになり、結局書きませんでしたよ。

 最近になって例のシールの話を聞いて、もしかしてと思いました。まあ実際にその一家が描いた絵を見てないのでなんとも言えませんが。

※編集部註
2003年、埼玉県川越市で起きた行方不明事件。都内勤務のEさん(38歳)とその妻(36歳)、長女(7歳)と次女(3歳)が一夜のうちに姿を消した。Eさん宅には食事中だったと思しき食べかけの朝食が残されていた。勤務先や親族、知人にも一切の連絡がなく、自ら消息を絶つ動機もなかったと思われる。不可思議な事件として当時、ニュースでも大々的に報じられた。2008年7月現在も未解決。

Fさん(20歳、女性、大学生)の証言

 私が当時通ってた関西の女子高で一時期チェーンメールが流行ったことがあったんです。よくあるじゃないですか。この画像を三人以上に回さないと不幸が訪れるとかいうやつ。

 そのなかのひとつがそのシールの絵にそっくりでした。大学生になって街中でたまたま見かけたときには驚きました。

 ただ、そのシールとはちょっと違う部分がありました。これは四隅に「女」って書いてますけど、確か私が見たのは「了」って書いてたと思います。これはどういう意味なんだろうねって話してたから憶えてます。

 そのチェーンメール、普通のとはちょっと違ってて、そのシールによく似た画像が送りつけられてくるんですけど、一緒に書いてある文章が変だったんです。もうかなり前なので記憶があやふやなのですが確かこんな内容でした。

『見つけてくださってありがとうございます。みなさんに広めていただければ素敵なお友達ができます。かわいい子です。』

 気持ち悪いですよね。みんなふざけて送り合ってたんですが、クラスで霊感があるっていう子が、これはマジでやばい、すぐに消去したほうがいいって言うから、私は受信BOXから消しましたけど。

Kさん(45歳、女性、主婦)の証言

 このシールのせいで私のお友達はおかしくなっちゃったと思います。本当に気をつけてください。

 Rさんとはご近所同士で、家族ぐるみのお付き合いをしていました。うちは子どもがいて手がかかるので専業主婦ですけど、Rさんのところはお子さんがいなかったっていうのもあって、ご夫婦そろってバリバリ働かれてました。それでもゴミ出しのときなんかに会うと気さくに話しかけてくれて、お宅にお邪魔することもあったり、すごく仲良くさせてもらってました。

 休日に久しぶりにお茶でもってことでRさんのお宅にお邪魔したときのことでした。他愛もない話で盛り上がってるときにRさんが言ったんです。最近ハマってることがあるって。

 Rさんは保険のセールスレディをしてたんですが、一般のお宅への飛び込み営業も多かったらしくて、そういうときはだいたい自転車か徒歩らしいんです。一日の移動距離も相当なものらしくて、必然的に担当の街の地理には詳しくなるそうなんですね。そんななかであのシールが街の色んなところに貼られていることに気がついたんだそうです。

 最初の頃は、あ、またあるなぐらいだったそうなんですが、そのうち見つけるのが楽しくなってきたそうです。けっこう見つけづらいところに貼ってあったりするもんだから宝探しみたいな気分になってきたらしくて。見つけられたらラッキーって感じで、探しながら外回りをするようになったそうです。

 旦那さんも「変なことしてるでしょ、こいつ」ってそのときは苦笑いしてました。

 次にRさんからその話を聞いたとき、正直言って「大丈夫かな?」って思ってしまいました。

 そのシールを見つけたところをマークした地図まで用意して、熱心に話すんです。このエリアではいくつ見つけた。今度はこっちのほうを探してみようって。まあ、仕事熱心な人は趣味にも熱心なのかなって思って適当に聞き流してましたけど。今思えばあのときからちょっとおかしくなってたのかもしれません。

 それからしばらくして、Rさん亡くなっちゃいました。

 自殺だったそうです。

 休日に突然「●●●●●に行ってくる」って言って一人で出かけたらしくて。ダムに飛び降りたそうです。

 お葬式にも参列したんですけど、旦那さん、憔悴しきっちゃっていて見てられませんでした。

 四十九日が明けた頃だったと思います。近所で旦那さんとバッタリ出くわしたんです。お葬式以来お会いしてなかったので、「落ち着きましたか」って声をかけたんですね。旦那さんは微笑みながら、ゆっくりとした口調で話し始めました。

 やっと色々落ち着いたこともあって、旦那さんは今まで手をつけられなかったRさんのものを整理しようと決めたんだそうです。時間をかけて遺品をひとつひとつあらためる作業はやはり辛いものでした。

 Rさんが実家から持ってきたというお気に入りの鏡台を目にしたとき、旦那さんは不意にRさんのことが愛おしくなったそうです。

 鏡の部分が三面鏡になっていて両側からパタンと閉じられるその鏡台は、あんなことになってからはずっと閉じられていました。いつもそこでメイクをしていたRさんの姿を思い出した旦那さんは、その鏡台の前に座れば、本人の気持ちがわかるような気がしたのかもしれません。心の中でRさんに語りかけながら鏡を開いてみたんだそうです。

 そこには、あのシールが何枚も何枚も貼られていました。三面鏡の全ての面にびっしりと。

 旦那さんはその光景から長い間、目が離せなかったそうです。シールの隙間からわずかにのぞく鏡に自分の顔が映ったとき、初めて旦那さんは自分が笑っていることに気づいたといいます。

 その話を聞いた日からしばらくして、旦那さんは引っ越してしまいました。夜逃げみたいに家財道具もそのままにしてどこかに行ってしまったみたいです。

 四人の証言からもおわかりの通り、このシールにはなんらかの呪術的な効果があると思われる。その拡散方法にも人外の力を用いている可能性がありそうだ。もし、読者の皆様が街中で見かけたとしても安易に近づかないよう、気をつけていただきたい。

 また、三人目の証言の内容から、このシールの絵は媒体を問わず広められている可能性が考えられる。描かれている内容が複数確認されていることも興味深い。何者かが悪意をもって様々な手段で呪いを広めようとしているのであれば相当な脅威になるだろう。

 この謎のシールについて、編集部では引き続き調査を進めていく。続報を待たれよ!

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