第15回「酒村ゆっけ、が死ぬかもしれない夏」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑮
蝉がシャワシャワシャワシャワと泣き叫び、わたしの頭の中の空白を埋め尽くす。
キッチンは、じめじめとしていて、除湿機が瞬く間にタンクいっぱいになってしまう。
さっき、外に出て汗だくになりながら買ってきたパピコを半分こにする。
もちろん分け合う相手はいないので、独占し放題。
ふたを外し、先端に詰まったアイスを食べるのが好きだ。おまけみたいな気がして、最も胸がときめく瞬間。
暑すぎて、アイスが汗をかいて少し溶けている。
一体、夏の魔法はいつになったら解けるのだろうか。
花火大会、お祭り、海、フェス、遊園地。夏っぽいし憧れる。
しかし、暑さと人混みを考えると、とてもじゃないけど、外に出られない日々。
なので、今日も家に引きこもって寝っ転がりながらマンガを読む。
夏はあまりに眩しくて、暑すぎるから、日陰を求めてしまいがちだ。
そんな夏に、最もおすすめしたい一冊『光が死んだ夏』。
田舎の、街灯が少ない夜道の不気味なべったりとした怖さを味わうことができる。
『光が死んだ夏』
村で幼い頃からずっと一緒にいる光とよしき。
とある日、山で行方不明になって死んだと思っていたはずの光が、突然帰ってきた。それは光なんだけど、光の形をした人間ではない何か。
「光はもうおらんのや…それやったら――」。
親友の異変に真っ先に気付いたよしきは、偽者でもいいからと、そばにいることを約束する。
そこから、村では不穏な事件が次々と起こり始める…という物語。
そばにいればいるほど、二人の好きは深まるのに、不幸せに染まっていく関係性に、胸が締め付けられる。
さらに、絵や物語だけではなく、文字に対して怖いという感情を抱くこともあるのかと、気付かされる。
人間ではない何かがそばにいると、人間である自分にも得体のしれない何かが集まりはじめる。
やばいのに取り憑かれている
わたしは、お化けや神様や祟りや呪いを目にしたり体験したりしたことがない。
本当に何かが起こるかもしれないと、心霊スポットなんかに行ったことはあるけれど、何も起こらなかった。
座敷童が出ると言われている村に泊まったとき、ずっと離れの蔵の中のぬいぐるみで無邪気に遊んでいたという記憶のない話は聞いていたが、おそらくそれは酒に取り憑かれていただけだろう。
ところが最近、友人からわたしがやばいかもしれないという連絡が飛んできた。
その友人の結婚式の三次会で、視える方がちょうどいたときの話だそうだ。
30〜40人いる会場の中で、「一番とんでもない霊に取り憑かれているのは誰?」という話題になったときに、指を差されたのがわたしだったそうだ。
どうやら、右肩背後にいる女性の霊が通りすがりの全ての人間の首を絞めているらしい。
どういうこと???
言われてみれば、あの日は、心なしかテキーラが喉を通りにくかった気もする。
というか、人を襲う悪霊なんて、そんなの呪術廻戦でしか見たことがない。
わたしにとって、敵なのか味方なのか。
たしかに最近、疲れやすかったし、無意識にネガティブになっていることが多かった。
二日酔いにもなりやすい。
整体でもこの歳でこんなに硬い人見たことないと言われたし、電気が通らず弾かれると言われたりもした。
人とのコミュニケーションも上手くいかず、帰ってから反省会の日々。
これって、もしかして背後の女性が妨害していたのでは…?
ということは、お祓いさえできればポジティブ社交的人間になれるってコト!?
そのような安易な考えで、急遽、同じく生き霊を背負った仲間たちと、沖縄にお祓いの旅に行くことになった。
レッツ除霊トリップin沖縄
沖縄に着いたら、真っ先にオリオンビールを飲んで、海ぶどうつまんで、ソーキそば食べて、泡盛でハッピーしたいところではあるが、グッと我慢。
仲間たちのひとりが、今回の件に関して連絡をとっている方がいるということなので、真っ先に会いに行くことに。
待ち合わせ場所にいた方は、わたしの母親くらいの年齢で、おっとりとした女性だった。まだ何も自己紹介も説明もしていないにも関わらず、わたしのことをじっと見て、「とても心配だ」と声をかけてくださった。
本当に自分やばいのだろうか…?と不安になる。
こんなことなら、やっぱりオリオンビールを数杯飲んでくればよかった。
なんてことを考えていると、わたしの番が回ってきて、じっくりと見ていただけることに。
ひとまず「わたし、知人にとんでもない悪霊が憑いていると言われたのですが、とんでもないのでしょうか?」と聞いてみる。
女性はわたしの背後を覗き込むように、「うん…そうね…4体の悪霊が見えます。その中の1人は殺人鬼です」と答える。
え??4体??なんか増えてない??しかも殺人鬼??と目をぱちくりしていると、「結構、あなたってこれまで強運じゃありませんか?」と質問された。
言われてみれば、桃太郎電鉄で負けたことはないから、運はいいほうなのかもしれない。
うーんと考えあぐねていると、「あなたの強運な守護霊がぺらっぺらになってしまっています」と衝撃的事実を告げられた。
ちょっと待って!
守護霊いるのはありがたいんだけど、ぺらぺらになることなんてあるの?
よく話を聞いてみると、私を守ってくれていたのは清楚系の美人守護霊らしい。
前世の自分徳積んでくれてありがとう。
ただコピー紙のようにぺらっぺらになってしまって、消失寸前らしい。
ペーパーマリオの仲間入りだ。
薄い壁のすり抜けならお任せください。
...にしても一体何が起きているのだろうか。
「○年前に何か心当たりはありませんか?そこできっと殺人鬼の悪霊が憑いてしまったのだと思います。
一体でも強い霊がそばにいると、自分もいいんだと次々、別の霊も憑くようになってしまうんです。」
○年前...?○年前のあの頃、自分は何をしていただろう。
スマートフォンの中の写真を振り返ると、ひとつ不可解だった事件を思い出した。
地元で伝わる「絶対に近づいちゃいけない場所」
まだ学生時代、夏休みに時間を持て余したわたしは、実家に帰ることにした。
かといって、地元に友達がいるわけでもなく、退屈だった。
そこで、ネットには上がっていないけど、絶対に近づいてはいけない場所があると、後輩から聞いていたので、早速興味本位で行ってみることにした。
向かおうと玄関で靴を履いていると、部活帰りの妹に遭遇した。偶然、妹もその場所を通りがかったことがあるらしい。
その時、一緒にいた友達が、「ここ、あまり良くないから走ろう」と言ってきたんだとか。
結局、行ってみて、雰囲気はずっと水の滴る音が聞こえてきたりと怖かったけど、何も起こらず写らずだった。
しかし、わたしが実家から自宅に帰ったその日の夜から、異変が起きたそうだ。
お母さんと妹からの鬼電話によると、家の中で何かが足を引きずっているらしい。
キッチン、洗面台、風呂場、寝室と次から次へと瞬時に移動し、影のようなものまで見えたとか。
犬もずっと吠えているそうだ。
あまりの恐怖で、一睡もできず、わたしがとんでもないものを置いて行ったに違いないと怒りの電話だった。
とはいえ、自分に何も起きていなさすぎて、全くもって実感がない。
そこから数日後、妹はお母さんと犬とおばあちゃんを守れるのは自分しかいない!ということで、キックボクシングを習い始めた。
ポケモン理論では、ゴーストタイプに格闘技は通用しないけど大丈夫なのだろうか。
数週間後に、異変は静まったそうだが、いまだにあの時一体何が起こっていたのかは謎に包まれたままだった。
そこで殺人鬼に、気付かぬまま、取り憑かれていたのだろう。にしても、残りの3体は何なのだろうか。
尋ねてみることにした。
すると「殺人鬼のうしろに、女の子と小さな猫と近所のおばちゃんが憑いていますね」と教えてくれた。
多様すぎないか。
というか、近所のおばちゃんに何かしたっけ。心当たりがなさすぎる。
日頃から見えない負荷がかかっていたなら、筋トレの効果として出てくれないと納得できないよ。
ぜんぶ悪霊のせいだ
そんなこんなで、聞き取り調査は終わり、最後の帰り際に、「殺人鬼の霊は呼び出して帰ってもらいました。ただ、憑きやすくなっているので、家を何とかしないとあまり意味がないです」と告げられた。
よくわからないけれど、感謝しかない。
なんてったって、殺人鬼がいなくなったんだから。勝てるに違いない。
その日の夜は、身体も気持ちも軽くなった気がして、どれだけ飲んでも大丈夫だとポジティブな確信があった。
沖縄の夜風を浴びながら、ストロングチューハイを飲んで海ではしゃぐ。
そのまま海外の人しかいないバーで酒をどんなに浴びても、体調不良にならず、むしろ楽しい。
バーにいた大型犬とカタコトの英語で会話まで試みる。
やっぱり、社交性が封じ込められていたんだ。
そして、大きな声で歌いながら宿に戻り、ソファですやすや寝落ちしてしまった。
次の日、朝9時にすっと目が覚めた。
壮大な二日酔いに叩き起こされたのだ。
不思議と、二日酔いが辛すぎて酒鬱になる余地すらなかった。ネガティブからは卒業できたならよかったのかもしれない。
仲間たちは朝から逆立ちをして血流を整え、元気にソーキそばまで食べていて羨ましい。
祓ってもらっても、二日酔い耐性が強くなることはないようだ。
それか、今は取り憑かれやすい体質らしいので、またもや酒に取り憑かれてしまったのかもしれない。
二日酔いのまま飛行機で家に帰り、ぐったりと畳の上に倒れ込む。
こんなに居心地がいい部屋なのになぁ…。
というか未来が危ないって、守護霊ぺらぺらだし、自分でなんとかするしかないじゃん。
倒れてる暇なんてないと思い、立ち上がって体内を塩で清めるべく、がっつり二郎系ラーメンをすすった。
そこから今日に至るまで、ニンニクでお腹を壊したり、歯に青のりがずっと挟まっていたり、息切れするような悪夢に追われ続けている。
窓ガラスにそっと手で触れただけなのに、バリバリに割れて家から出られなくなった。
有料課金すればタクシーが見つかるというので課金してやっとの思いで、乗車成功した矢先、途中で前の方がお産の荷物を一式忘れたので、すぐに戻らないといけないと言われた。
降ろされた場所が、全く知らない駅から遠く離れた神社兼お墓だったので、少し怖くなった。
仕方がないけれど、代わりのタクシーが来ることもなく、謎に彷徨った。
言えることばかりではないが、散々な日々を送っている。
ここまで書いてきたが、現在進行形でまだ不穏なことが起こり続けているので、オチが存在しない。というか思いつかないし予測できない。
これも悪霊のせいに違いない。
シャワシャワシャワシャワと蝉が、殴るような声で暴れている。
これを読んだあなた。どうか真相を暴いてください。
それだけが私の望みです。
08/23 19:00
ダ・ヴィンチWeb