無差別殺人事件の背後にある謎の集団――潜入取材したライターは想像を絶する奈落に突き落とされ…予想を裏切るホラー小説

『とらすの子』(芦花公園/東京創元社)

 読後、時間が経っても作品が持つ禍々しさに心と頭が支配され、著者の他作品にも触れたくなる。『とらすの子』(芦花公園/東京創元社)はそんな魅力を持つ、作りこまれたホラー小説だ。

 著者は小説投稿サイト「カクヨム」で公開していたホラー小説「ほねがらみ―某所怪談レポート―」が話題となり、小説家デビュー。同作は『ほねがらみ』と改題し、2021年4月に幻冬舎より単行本が発刊された。

 2作目となる『異端の祝祭』(KADOKAWA)は、一気読み必至の民俗学カルトホラーとして注目を集めた。

 そんな話題の著者が世に送り出した今作は、「とらすの会」という怪しげな集団と、誰の心にもある「他人への憎悪」という感情を見事に絡ませた、重厚なカルトホラー小説だ。

オカルト雑誌のライターが暴く、「とらすの会」の正体とは?

 小説家になる夢を諦めきれないまま、オカルト雑誌のライターとして働く坂本美羽。ある日、上司からの指示で都内で発生した無差別連続殺人事件を渋々調べることとなった。

 その中で目に留まったのが、事件の真相を知っているという意味深なツイート。美羽は早速、ツイート主であるミライと名乗る女子中学生に会うことにした。

 ミライによれば、都内無差別連続殺人事件には、社会に疲れた人たちの拠り所となっている「とらすの会」という集まりが関係しているという。

 実はミライは友人に誘われ、「とらすの会」へ行ったことがあった。そこには“マレ様”と呼ばれる、人間を超越した美しさを持つ人がおり、悩みや不満を話すと、その原因となる人物が無残な殺され方をするというのだ。

 現に、ミライもマレ様に会った際、学校で受けたいじめの内容や加害者の名前を打ち明けたところ、後日、いじめ加害者たちが都内無差別連続殺人事件の被害者になった。

 そうした状況を目の当たりにしたミライは、一方的な言い分だけを聞き人を殺す「とらすの会」が怖くなり、関わりを絶とうと決意。しかし、その決断により、会に誘ってきた友人との間に亀裂が生じ、恨まれるように。次は自分がマレ様に殺されるのではないかと恐怖心を抱くようになったという。

 ミライの話を聞き、美羽は白けた。恨んでいる人の名前を言うだけで殺してくれるなんて、妄想だ。ミライを宥めすかしその場を去ろうとした次の瞬間、ミライは目の前で破裂し、死んでしまう。

 普通ならば、目の前で起きた悲惨な状況に強いショックを受けるもの。だが、美羽はひそかにほくそ笑んだ。「とらすの会」が、自分しか知らない「いいネタ」になると思ったからだ。

 美羽は偽名を使って「とらすの会」に潜入し、マレ様に会うことに成功する。だが、マレ様を前にした途端、美羽の心は乱れる。不思議なことに嘘がつけなくなり、本名や誰にも話したことがない心の傷までをも打ち明けてしまったのだ。

 マレ様との対面を機に、美羽の人生は一変。想像を絶する奈落に突き落とされ、もとの自分には二度と戻れない道を歩んでいくこととなってしまう――。

 一体、「とらすの会」とは何なのか。そして、人間を超越する美しさを持つマレ様の正体は…? 予想をはるかに裏切る真実やラスト1ページまで身震いさせられるストーリー展開に、あなたもきっと恐れ、慄くだろう。

「傷つけられた痛み」が暴走することの怖さを痛感させられるホラー小説

 本作は、ヒトコワなホラー小説が好きな方にも勧めたい。なぜなら、理不尽な苦しみを経験し、人を恨むようになった登場人物たちの悪意にゾクっとさせられるからだ。

 彼らが持つ、「自分を傷つけた相手を罰したい」という気持ちと似たものは、きっと誰の心にもあり得るもの。だから、読者はその憎悪が暴走することの恐ろしさや普段、見て見ぬふりをしている自分の嫌な部分を抉られる恐怖に背筋が寒くなる。

 そして、こうしたヒトコワ要素をマレ様という異形の存在の怖さと絡めているのが著者の凄さ。「人間が怖い」という、ありきたりなオチではないからこそ、読者は一筋縄ではいかない恐怖をしっかりと噛みしめることができる。

 もっと、この禍々しい世界観に浸っていたい…。ラストのページが近づくにつれ、そんな思いが強くなる本作は、雰囲気のある装丁も見どころのひとつ。唯一無二の恐怖に、ぜひどっぷりと浸かってみてほしい。

文=古川諭香

ジャンルで探す