【坪内祐三氏書評】還暦世代が青春時代に愛読した作家たち

『文士たちのアメリカ留学 一九五三~一九六三』/斎藤禎・著

【書評】『文士たちのアメリカ留学 一九五三~一九六三』/斎藤禎・著/書籍工房早山/2500円+税
【評者】坪内祐三(評論家)

『文士たちのアメリカ留学』、二重三重の意味で私には面白かった。私には、というのは昭和三十三(一九五八)年生まれで、アメリカンカルチュアー好きの青春時代を過ごし、福田恆存や江藤淳の文章を愛読し、安岡章太郎や大岡昇平のエッセイが好きで、庄野潤三や小島信夫の小説に親しんだ私には、という意味だ。

 昭和三十三年生まれということは、「遠いアメリカ」〈(C)常盤新平〉を知っている。私が物心つくまでは海外(アメリカ)への渡航が自由ではなく、例外的に海外出張が多かった私の父が外遊するたびに多くの人たちが羽田空港で旅立ちを見送った。

 紆余曲折あって成田空港が開港したのは昭和五十三年、私が大学一年生の時だ。当時雑誌『ポパイ』が大人気、すなわちアメリカ西海岸がブームで私の同級生たちも気軽にアメリカに出掛けていた(アメリカ好きでありながら古いタイプの人間でもあった私が初めてアメリカに行ったのは、昭和が終わりつつあった昭和六十年のことだった)。

 高校時代に私は安岡章太郎の『アメリカ感情旅行』や江藤淳の『アメリカと私』を愛読した。その江藤淳が一九四五年八月十五日をめぐって、アメリカとの「無条件降伏」だったのか「条件付き降伏」だったのか、「戦後文学派」の人々と論争を行なったのは私が大学に入学する頃。

 その少し前に村上龍の『限りなく透明に近いブルー』がベストセラーとなり、少し後には田中康夫の『なんとなく、クリスタル』がベストセラーとなった。江藤淳は前者を激しく批判し、後者を肯定した。それを分析して世に出た新しい批評家が『アメリカの影』の加藤典洋だった。

 そのあたりのことを体感出来る最後の世代が今六十歳ぐらい、つまり私たちだろう。体感出来るが、しかし、全体像を俯瞰するには若すぎた。文藝春秋の名編集者だった斎藤禎(昭和十八年生まれ)はそれが出来る貴重な人だ。だからこれはとても大事な本だと思う。

※週刊ポスト2019年2月15・22日号

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