没後に発見された葉室麟“幻のデビュー作”! 高校生が明治時代に転生する青春歴史ファンタジー

『約束』(葉室麟/文藝春秋)

『蜩ノ記』『散り椿』『鬼神の如く 黒田叛臣伝』…。時代の荒波に立ち向かう人間たちの力強さを描いた歴史小説で知られる直木賞作家・葉室麟氏。2017年に66歳で逝去した彼の“幻のデビュー作”がこのたび文庫で刊行された。葉室氏の亡き後に発見された彼の未発表作品『約束』(葉室麟/文藝春秋)は、現代の高校生の男女が明治時代に転生する青春歴史ファンタジー。発見されたこの作品の原稿は、きれいにプリントアウトされ、右側に穴をあけて綴じられていたという。「デビュー前、もしくはデビュー前後に書いた作品は他にもあったが、本人が出来に満足せず廃棄した作品もある中で、完結した作品として残したのは、気に入ってはいたからなのかもしれない」とご家族は話しているのだそうだ。

 主人公は、高校生の加納浩太。彼は、親友の志野舜、従妹の神代冬実、舜の彼女の柳井美樹と居合わせたところで雷に打たれてしまった。目が覚めると、そこは、明治6年(1873年)、明治維新直後の日本。どうやら4人は明治時代の人々の身体に転生したらしい。浩太は邏卒(今の警察)の益満市蔵、舜は江藤新平の書生・芳賀慎伍、冬実は勝海舟宅に身を寄せる小曾根はる、美樹は西郷従道宅で行儀見習いをする得能ぎんになっていたのだ。

 葉室氏の未発表原稿が読めるなんてこんなにも幸せなことはない。それが葉室作品では珍しい現代の要素を含んだ作品だとはファンとしては驚くだろう。だが、明治という歴史が大きく動いた時代の中で、葛藤する高校生たちには、すぐに感情移入してしまう。まるで自分も明治という時代に突然放り出されたような気持ちにさせられるのだ。それほど描写に熱がある。目の前で明治の人々が生きて見える。それに、やはり葉室氏の描く人間は凛と美しいのだ。西郷隆盛、大久保利通、勝海舟、江藤新平…。激動の時代を全力で生き抜こうとする人々の姿に心揺さぶられる。

 そんな明治の人たちの生き様に魅了されるのは、高校生たちも同じだ。4人は、「力を合わせて元の時代に戻ろう」という約束を交わしたはずだったが、明治時代で時を過ごすにつれ、よりよい時代を作ろうと奔走する近代史の立役者たちの姿に、否応なく惹きつけられていく。たとえば、歴史に詳しく、勉強家でもある舜は、書生として過ごす日々の中で、江藤新平こそが日本にとって必要な存在だと考える。時は、征韓論争真っ最中、そして、西南戦争間近という時代。舜は、凄惨な最期を遂げる江藤の運命を変えようと動き始めていく。

 明治という時代で生きがいを見出し始める仲間たちを浩太は不安な思いで見つめる。さらにはタイムスリップしたのは高校生4人だけではなかったようで…。次々と重なりゆく危機に手に汗握らずにはいられない。明けて間もない明治という時代を疾走し、成長していく彼らの姿に胸が熱くなる。

 この本を読むと、日本史の授業で習っていたはずの明治という時代が初めて生き生きと輝き始めた。その時代を懸命に生きてきた人々に恥じない今を生きなければと考えずにはいられなかった。葉室氏はデビュー当時からこんなにも素晴らしい作品を描く作家だったのか。“幻のデビュー作”は、その才能にあっといわされる一冊。元々の葉室ファンはもちろんのこと、未読という人も虜にさせられてしまうに違いない名作だ。

文=アサトーミナミ

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