季節バイトをしに北海道に集まった7人の男女。ひとりの死と6人の秘密…いったい犯人は誰なのか? 驚愕のサスペンス『この夜が明ければ』

『この夜が明ければ』(岩井圭也/双葉社)

 サケはほとんど百パーセント、生まれた川に帰ってくる。でもカラフトマスは帰る川をよく間違えるらしい。生まれたのと違う川に遡上して、そこで卵を産む。

 そんな豆知識を披露されて、男は答える。

 それ、わざと間違えてるってこと、ないのかな。
生まれた場所が、帰りたい場所とは限らないから。

 岩井圭也氏の小説『この夜が明ければ』(双葉社)、冒頭のやりとりである。北海道の東端、オホーツク海に面した港町で毎年募集される水産加工の夏季限定アルバイト。採用され、3週間以上も寝食をともにする7人の男女をめぐる“罪”の物語である。

 稼ぎがいいとはいえ、わざわざそんな辺鄙な漁港をめざした彼らにはそれぞれ、人には言えない秘密がある。が、冒頭でそれは明かされない。仕事をやめて時間ができたから、ひとところにとどまるのが苦手だから、根無し草のように生きて流れ着いたから。表向きの理由――まるきりの嘘ではない建前を口にしながら、彼らは共同生活と共同作業を通じて交流を深めていく。30代後半だというのに非正規で、愛想のない乾という男を除いてはおおむね、みんな仲良くやっていた。

 ところがリーダー格の好青年・大地が、ある晩、遺体となって発見される。さらに残された大地の荷物からは「あなたの過去を知っています 日没時に海辺の丘で待ちます」と書かれたメモ。自殺するとはとうてい思えない彼は、やはり誰かに殺されてしまったのか? だとしたらいちばん怪しいのは、直前まで大地とデートしていて、遺体を見つけても警察を呼ぶことをかたくなに拒否する女性だが、率先して大地の行方を捜しに出たのはおかしい。けれどほかの5人にはアリバイがある。財布を盗まれたと騒ぐ乾が、全員を宿舎に閉じこめていたからだ。だとすれば、犯人は乾? 疑いの目を向けられたところで、彼の思わぬ秘密が暴露される。しかし、誰にも言えない、警察を呼ばれては困る過去を抱えていたのは彼だけではなかった。

 おもしろいのは、物語を語る視点が6人それぞれに次々と切り替わっていくということだ。つまりその中には、“犯人”がいるはずなのである。だが彼らは、自身のうしろぐらい過去についてすら、明確には言及しない。それはもちろん著者のストーリーテリングの技でもあるのだが、人は、なかったことにしてしまいたい過去を、その核心を、誰にも見られることのない内心を簡単に語るものではないのかもしれない、と思う。けれど大地の荷物に残されたメモが、ひょっとしたら自分にあてたものだったのではという疑心が、記憶を揺り動かして、互いに向けられた猜疑の目が、罪を逃れようなく暴き立てていく。

 事情は違えど、6人は全員、帰る場所をわざと間違えたカラフトマスのようなものだった。抱えきれない罪を背負って、北海道の端っこまで逃げてきたのだ。だがその罪は、果たして本当に、罪だったのか? 物語の展開に驚かされるだけでなく、すべてが白日のもとにさらされたとき、読む者は自身の信じる正義さえも大きく揺るがされることとなる。帯に書いてあるとおり、まさに疾風怒濤のノンストップミステリである。

文=立花もも

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