それは建築か、あるいは人間か? 二人の天才から生まれた異質な造形

こんにちは、建築漫画家の芦藻彬と申します。

この世は無数の名建築であふれています。「ただ街を歩く」、これだけでもう立派な娯楽になってしまうくらいです。建築はさまざまな要求や制約が複雑に織り重なってできており、形や仕上げはその建築の成り立ちや用途、さらには街の歴史といった事柄を実に雄弁に語ります。

しかし、なかには一切の制約を受けずに建ったかのような、一目見ただけではそれが建築だと信じられないような、強烈な個性を放つ建築があります。純然たる芸術作品のような風貌に息を飲むとともに、数々の疑問が脳を駆け巡ります。

いったい誰が、どんな発想をすれば、こんな建築を建てられるのか?
そもそもどうやって、この奇跡のような形を実現することができたのか?
そして、この構造は? 材料は……?

こういった建築が放つ強烈な謎は、我々の興味を引きつけて離しません。ここでは、建築家が何かの境地に至ってしまったかのような「覚醒」したデザインの建築を取り上げ、その謎とデザインの妙を紐解いていきます。

建築は無からは生まれない(はずだった)

今回紹介するのは、オーストリアのウィーン・マウアー地区、ゲオルゲンベルクの丘の上に位置する「聖三位一体教会」です。百聞は一見にしかず、ということで、まずは街中から見える教会をご覧ください。

▲丘の上に建つ「聖三位一体教会」

「奥に見えてるの、本当に建築・・・??」

巨大な石でできた古代の遺跡か、ブロックを積み上げた近未来的なオブジェか。建築というより構造体と言ったほうが、しっくりくるような気さえします。あらかじめ知っていなければ、これを見て「教会」だと思う人は、ほぼ皆無なのではないでしょうか。

まさに「覚醒」してますよね……。

▲想像を遥かに超えるファサード(建築物正面部のデザイン)

こちらがファサードです。もう、一体どんな検討の仕方をしたら、この造形にたどりつけるのか、不思議で仕方ありません。

ブルータリズム※1なのか、それともここまでいけば脱構築主義※2か……〔※詳しくは最後の建築用語コラムを参照〕などと唸りつつ、入り口までのアプローチを歩いていました。このときの僕は、建築家がここまでラディカルな造形を組み上げるまでには、都市や歴史から何かしらのヒントを得ているのではないか、と考えていました。

▲その造形に圧倒されつつ、入り口に向かう

そもそも建築家は、全く何もないところから形を生み出すわけではないのです。

例えば、幻となった新国立競技場の初期案を提案したザハ・ハディド女史は、洗練された流線型のデザインで有名です。いかにもアバンギャルドな造形ですが、あの形は本人の感覚的なスケッチだけから生まれているのではありません。

あの形にたどり着くまでには膨大な量のリサーチがあり、さまざまな都市条件、敷地形状などの情報を練り上げた末に、その場所でしか生まれ得ない形にたどり着くことができるのです。

(その証に、ザハの描くスケッチやパースには、ほぼ必ずと言っていいほど周辺の都市の区画や建物が、丹念に書き込まれています。)

建築設計をかじった僕は、ご多分に漏れずこの建築の形状にも、そのような「理由」があるのではないか、と考えていました。

そもそも建築家じゃなかった

中に入ると、これまたびっくり! 外観から受けた、いやそれ以上のインパクトの内部空間が広がっていました。

▲聖三位一体教会(内観図) イラスト:芦藻彬

「これは……まごうことなき建築だ……」

非常に重厚な、152のコンクリートの塊で作られた構造体。しかし、内部には決して閉塞感はなく、どこにいても外部の緑を垣間見ることができます。上部から垂直に、水平に伸びる塊は地面まで伸びることはなく、不思議な軽やかさを感じさせます。

間違いなく、初めて出会う空間でした。

いったい誰が、いつ、こんな建築を建てたんだ、と興味津々で説明書きやパンフレットを読み漁ると、思わず「そういうことか!」と声が出てしまいました。

この特異な建築は、ウィーンを代表する彫刻家の一人「フリッツ・ヴォトルバ」と、建築家の「フリッツ・G・マイヤー」が共同で製作したものだったのです。

▲フリッツ・ヴォトルバにより製作された模型スケッチ イラスト:芦藻彬

まず最初に、教会の「建築」を依頼された彫刻家・ヴォトルバが、数年の検討を経て模型を製作。それを建築家・マイヤーが建築として成立する形に落とし込む、という工程で作られたそうです。しかも、パンフレットを読み込んで驚いたのは、マイヤーはできるだけ忠実に模型の形を再現しようとしていた、ということです。

Wotruba's original idea was to just enlarge his model in scale – in all its organic and therefore irregular forms and facets including even fingerprints. As far as I see it, this way of realizing the concept would not have required the cooperation of an architect. The sculptor and the architect, however, didn't take long to find common ground and agree on a way to plan and materialize the project.(注1)

ヴォトルーバの最初のアイデアは、自分の模型をスケールアップして、その有機的かつ不規則な形や面、さらには指紋までもを拡大することでした。私が思うに、このような方法でコンセプトを実現するならば、建築家の協力は必要なかったのではないでしょうか。しかし、彫刻家と建築家は、プロジェクトの計画と実現方法について共通の認識を持ち、合意するのに時間はかかりませんでした。(筆者訳)

このように、建築家・マイヤーが全力でヴォトルバのアイデアを形にしようとしたのには、彫刻家・ヴォトルバの持つ作家性と、建築・空間への興味にありました。

稀代の彫刻家という、異なる分野の才能が遺憾無く発揮された結果、建築家のそれに対し、ある種異質な造形が実現されていたのでした。では、そんな覚醒した建築を練り上げたフリッツ・ヴォトルバとは、一体どのような人物だったのでしょうか。

人間から建築へ-稀代の彫刻家、晩年の挑戦-

1907年にウィーンに生まれたフリッツ・ヴォトルバは、20世紀を代表する彫刻家の一人です。立方体や円筒といった幾何学的要素を組み合わせ、数々の「人間」を彫刻した彼は、次第にそのなかに空間を見出すようになります。

この教会の依頼を受けたとき、彼は夢中でこのプロジェクトに邁進しました。残念ながら教会の完成を待たずして彼はこの世を去りますが、まさに遺作となったこの建築が、彼の人生が結実した最大の「作品」であったのは間違いないでしょう。

そして、この彫刻を建築様式や時代の流れのなかで考察してみると、さらに面白いことがわかります。最初にこの建物を見たとき「ブルータリズム」という建築様式を思い浮かべました。むき出しのコンクリート、鉄、ガラスといった「冷酷で厳しい野生=brutal」のような手法の建築を指す言葉です。しかし、厳格なモダニズム、機能主義への原点回帰を謳ったブルータリズム建築の枠に入れるには、この建築は個性的すぎます。

そこで、もうひとつ頭に浮かんだのは、正反対の建築様式「脱構築主義」です。厳格なブルータリズムとは打って変わって、本来の形から意図的にずらした造形や、極端にひしゃげたり斜めになったりする刺激的なデザインを特徴とする建築様式で、フランスの哲学者ジャック・デリダにより提唱された概念「脱構築」を基とします。

(先に述べたザハ・ハディドは、この脱構築主義建築の第一人者のひとりです。)

そして、その直感は正しかったのです。「脱構築」とは、善と悪、平和と争いといった二項対立を作り出している構造そのものを疑い、問い続ける手法のことを指しますが、これは、ヴォトルバの世界観に非常に良く似たものでした。Matthias Haldemannのエッセイのなかから、ヴォトルバの作風を評した一節を紹介します。

In his work Wotruba singles out the individual, reduces them to themselves and shows how isolated and lonely one can become. On the other hand he effectively mirrors the "dialectics of the visible and invisible, of solidification and release, of massification and individuation, of fading and growing, of life and death.(注1)

ヴォトルバの作品は、個人を切り取り、彼ら自身を還元していくことで、人がいかに孤立し、孤独になりうるかを示している。その一方で、彼は "見えるものと見えないもの、凝固と解放、大衆化と個性化、衰退と成長、生と死…といったものの対立と発展" を効果的に映し出しているのだ。(筆者訳)

まさに、二項対立を解体し、矛盾を乗り越えんとするエネルギーです。ブルータリズムという厳格な手法と、非常に豊かで刺激的なデザインとが混ざり合うこの矛盾した建築。彫刻を通じて、常に「人間」という矛盾を抱えた存在と向き合ってきたヴォトルバだからこそ、生み出すことができた作品だったのです。

さらに驚くべきは、この教会が、脱構築主義建築が世に建てられる20年近くも前に構想されていたということです。建築界の未来を読み、最も先端を走っていたのは建築家ではなく彫刻家だった、というのはなんとも興味深い話ではありませんか。

In my dreams there is a vision of the power of beauty as well as the strength of ugliness, of the lightness of things floating and the equilibrium of heavy masses.(Fritz Wotruba)(注2)

私の描く夢のなかには、美の力と共に醜の力が、浮かんでいるものの軽さと釣り合う重い塊がある。(フリッツ・ヴォトルバ)(筆者訳)

刺激的でアバンギャルドな空間なのに、なぜか不思議と落ち着けてしまう。見たことがない空間なのに、どこか懐かしさを感じるような、あの不思議な感覚。我々がこの教会に惹かれるのは、自分たち「人間」と同じ矛盾やカオスを、この「建築」に見ているからかもしれません。

▲聖三位一体教会 イラスト:芦藻彬

【建築コラム用語解説】

※1 ブルータリズム
「Brutal」の名の通り、冷酷で厳しい野生のような手法を用いた建築様式のこと。イギリスの建築家アリソン&ピーター・スミッソンによって主唱され、1950年以降各地で見られるようになった。直接的で荒々しい素材の表現を特徴とし、ル・コルビュジエが「ベトン・ブリュット」(béton brut, フランス語で生のコンクリート)と呼んだ、コンクリートむき出しの仕上げが多用される。第二次大戦後の再建が進むなか、モダニズムが次第に本来の機能主義から離れ、ロマン主義や造形主義の復活が見られた。それに対する反発運動として、真のモダニズムへの原点回帰を唄ったのがブルータリズムだった。

※2 脱構築主義
新国立競技場の改定前案を設計したザハ・ハディドが扱うことでも知られる、1980年代以降に現れたポストモダン建築の運動の一つである。本来の形から意図的にずらした造形や、極端にひしゃげたり斜めになったりする刺激的なデザインを特徴とする。そもそも「脱構築(deconstruction)」とは、フランスの哲学者ジャック・デリダにより提唱された概念である。それまでの西洋哲学で前提とされてきた二項対立そのものを疑い、階層秩序の逆転やずらしによる差異を問う方法のことを指す。(また、deconstruction (デコンストラクション)とはdestruction(破壊)とconstruction(構築)を組み合わせた造語である。)
脱構築主義建築は、かつては実際の設計に恵まれず、建築思想としての側面が強かったが、展覧会の成功を契機に1990年代以降は実作が建つようになった。建設技術の飛躍的な進歩も後押しし、現代ではスタジアムや超高層ビルなどにも活躍の場を広げている。

(注1)(" Matthias Haldemann:Wotruba heute, ein Essay. In:Wortuba, Leben Werk und Wirkung, Hgg. v. /Wilfried Seipel & Fritz Wotruba Privatstiftung, S 99.)
(注2)Josef Aumann他編『DIE WOTRUBA KIRCHE』
2013年/Rektorat der Kirche ,Zur Heiligsten Dreifaltigkeit発行

〈芦藻 彬〉

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