本郷和人「望月の歌」を詠む道長の目に月は見えていなかった?原因は『光る君へ』で毎回描かれる<あのシーン>に…平安時代ならではの病について
大石静さんが脚本を手掛け、『源氏物語』の作者・紫式部(演:吉高由里子さん)の生涯を描くNHK大河ドラマ『光る君へ』(総合、日曜午後8時ほか)。ドラマが人気を博す中、平安時代の暮らしや社会について、あらためて関心が集まっています。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生がドラマをもとに深く解説するのが本連載。今回は「平安時代の病気」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!
『光る君へ』次回予告。万策尽きた三条天皇に「奥の手」を助言する実資。「大当たりだったわ」とつぶやく倫子の母・穆子。そして月を見上げる道長が詠む歌は…
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病の描写が続く『光る君へ』
登場キャラクターが次々に病に倒れている『光る君へ』。
前々回は道長が死の淵をさまよい、前回では三条天皇が目と耳を病んだ描写が描かれました。
特に病をきっかけに譲位を迫られている三条天皇がこの先どうなるか、目を離せない展開になっていますが、今回はそれら「平安時代の病気」について考えてみたいと思います。
そもそも平安時代の日本列島にはどれくらい人が住んでいたのか、という話はこの連載でも以前にしたことがあったかと思います。
西暦600年で600万人。これは聖徳太子の時代ですね。
それが関ヶ原の戦いの時点では1200万人。
<戦争>と<飢餓>と<病気>
つまり1000年かけて600万人増ですので、あまり増えていないわけです。
藤原道長や紫式部がいた1000年頃ですと、1000万人くらいじゃないでしょうか。
世界でも、日本でも、人口の伸びを抑圧する要素として、<戦争>と<飢餓>と<病気>の三つがあげられます。
平安時代の日本に大きな戦争はありませんでした。
ですので、一般の人々を苦しめていたものとしては、残りの二つ。<飢餓>と<病気>を主な要素として挙げることができるでしょう。
古代日本と感染症
このうち<病気>というと、新型感染症に苦しめられた私たちの体験からすると、昔から存在する「感染症」がどうしても気になるところ。
人類をもっとも苦しめた感染症というと、ヨーロッパの人口の四分の一、もしくは三分の一を死に至らしめたというペストですが、これは日本にやってきていません。
またコレラも長い間、日本とは無縁でした。
コレラがやってきたのは江戸時代末で、「コロリ」と呼ばれました。
古代日本で猛威を振るったのは天然痘。それに麻疹=はしかです。
とくにはしかは、抵抗力のない子供たちの命を容赦なく奪っていきました。ですので抵抗力がある程度身につき、はしかに抗えるようになる男児5歳、女児7歳にお祝いをしたのです。
今も私たちを苦しめている「糖尿病」
当時、感染症ではないもので多くの人々を悩ませていた病気というと(1)結核(2)糖尿(3)脚気があげられます。
今では結核には治療法がありますね。脚気についてもビタミンB1を摂取することによって防ぐことができます。
問題は糖尿で、いまなお生活習慣病として私たちを苦しめています。
日本人は欧米人よりもインシュリンの分泌量が少ないので、糖尿になりやすい、という話を聞いたことがあります。食べることが生きがい、というぼくなどからすると、全く厄介な病気です。
なお平安時代の貴族たちは、予防医学という概念がないので仕方がないのかもしれませんが、簡単に亡くなります。
まず豚肉を全く食べませんので、ビタミンB1不足で脚気になる人が多い。20代で体がむくんで亡くなっている(=死因としては心不全)場合、その原因はおそらく脚気でしょうね。
糖尿の原因は「お酒」
夭折の事例が貴族の日記、「記録」にはしばしば記されています。
当時そうしたニュースに接した側は「ビックリ仰天」というよりも、「ああまたか」という感じだったと思われます。
糖尿の原因として考えられるものの一つに飲酒習慣が考えられるでしょう。
ドラマ内でも道長をはじめとして、毎回のようにお酒を飲むシーンが描かれています。
当時の貴族は清酒でなく、糖度の高い「濁り酒」を愛飲していました。
しかも「いい男」の定義が現代のようにスマートな男性、あるいは筋肉質な男性、ということだったらみんな競って節制をしたのかもしれませんが、でっぷり太った男性がモテたらしい。
そうなれば、経済事情が許す人は、盛んに飲んで食べたわけです。で、その結果として糖尿になる、と。
糖尿になるとやたらと喉が渇くそうで、「飲水病」とも呼ばれていました。
道長も糖尿でした。病になってからは、目がほとんど見えなくなっていたそうです。
一方、ドラマの予告によると、次回あの有名な「望月の歌」が披露されるよう。
ただし、そのころの道長は既に糖尿を患っていたはずなので、満月か少し欠けているか、あるいは半月くらいだったのか…。
正直なところ、よく分からなかったのかもしれません。
11/13 12:30
婦人公論.jp