『ガイアの夜明け』でダイバーシティに取り組む「ヘラルボニー」が登場。自閉症の兄を持つ双子の挑戦。障害のある人が描くアート作品で、社会を変える

JR東京駅ではスロープをはじめとする数ヵ所をアートで飾る(撮影◎千葉裕幸)

2024年9月20日の『ガイアの夜明け』はSDGsウィークとして、ダイバーシティ(多様性)に《強い信念》で取り組むスタートアップ企業「ヘラルボニー」が登場。今回は、ヘラルボニーの取り組みと作品が生まれる場所を訪ねた、『婦人公論』2024年2月号の記事を再配信します。

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駅や空港の壁画、化粧品や食品のパッケージ、アスリートのユニフォーム……。いま知的障害や自閉症など、障害のある人の描くアート作品を目にする機会が増えている。なかにはファンのいる人気アーティストも。その背景には、作品の価値を評価し、さまざまなかたちに展開する企業の存在がある。そのひとつ、岩手・盛岡に本社を構える「ヘラルボニー」の試みを知るとともに、作品が生まれる場所を訪ねた(撮影=千葉裕幸、本社・中島正晶 ほか写真提供=ヘラルボニー 構成=本誌編集)

【写真】JRの車体や成田空港第3ターミナルを彩る

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障害ではなく「異彩」

アート作品を軸に、社会イメージを変えることにチャレンジする――。そんな目標を掲げ、双子の弟・崇弥(たかや)と「ヘラルボニー」という会社を立ち上げて5年が経ちました。知的障害のある人が描いた作品を高画質でデータ化し、企画内容に応じて活用するのが主な仕事です。洋服やファッション小物に商品化するだけでなく、企業からの依頼でコラボ商品を作ったり、公共施設や空港、ホテルの空間を彩ったりもします。2023年12月時点で国内外の153名の作家、37ヵ所の福祉施設とライセンス契約を結んでおり、僕たちが「いい!」と思った作品が、形を変えてより多くの方の目に触れると思うと嬉しいですね。

ラッピングの事例は自動販売機(盛岡市内)から缶詰まで。アートをインテリアに取り入れやすい食器やクッションも人気(缶詰・写真提供◎ヘラルボニー 缶詰以外・撮影◎千葉裕幸)

会社を設立したのは、8年ほど前に崇弥が花巻市にある「るんびにい美術館」の展示に魅せられたことがきっかけです。ここは光林会という社会福祉法人が運営する、知的障害のある人の作品を展示することの多い美術館。繊細な表現力、大胆な色使いや発想、とてつもない集中力によって生み出された作品を見るうち、彼らにあるのは障害ではなく「異彩」だ、と考えるようになりました。でも僕たちが作品を素直に「かっこいい!」と感じた思いとは裏腹に、「障害者の作ったもの」は支援や社会貢献といった側面で取り上げられがち。ときには不当な安価で扱われることも少なくありません。

marinaさんは絵を描くだけでなく、独特なタイポグラフィを書き綴るのがお気に入り(写真提供◎ヘラルボニー)

障害のある人とそうでない人とを結ぶ

作品の魅力を、どうしたら多くの人に伝えられるだろうか。最初に取り組んだのが、るんびにい美術館の作品をネクタイの柄にして商品化することでした。「ネクタイ」にしたのは、障害のある人とそうでない人とを結ぶ、というメッセージを込めたかったから。作品の力強さや質感を伝えるためにも、プリントではなく、シルクの織り地で実現したいと思いました。

ヘラルボニーにとって記念碑的な商品となったネクタイ(写真提供◎ヘラルボニー)

当時、僕は建設会社の営業で、崇弥は企画会社のプランナー。会社勤めの傍らでの挑戦のうえ、アパレルはまったくの門外漢でした。そんななか老舗紳士洋品メーカーである「銀座田屋」さんが僕たちの思いを受け入れて、細かい色使いや繊細なタッチを生かしたネクタイを作り上げてくれたのです。これが、思い出深い商品の第一号でした。

(撮影◎本社・中島正晶)

存在しない言葉「ヘラルボニー」

僕たちには4歳上に、重度の知的障害を伴う自閉症の翔太という兄がいます。生まれたときから一緒なので兄の存在は特別なことではなかったけれど、周囲の目は違う。実際、僕たちも兄を拒絶してしまった時期がありました。ほどなく元の仲に戻ることができましたが、兄がいなかったら自分も差別する側にまわっていたんじゃないか。そう考えるとこわくなりますね。

その兄が子どものころ、自由帳に書き続けていた言葉が「ヘラルボニー」でした。さんざん調べましたが、存在しない言葉なので意味はなく、兄は単に音の響きか文字の見え方が気に入っていたんじゃないか、と思います。社名にはそんな検索ヒット数0件の言葉を選び、「スタート時は0でも、ここから新たなものをつくる」という思いを込めました。

緻密な四角や丸模様を精力的に描く佐々木早苗さんの作品は人気が高く、数多く商品化されている(写真提供◎ヘラルボニー)

ライセンス契約は作家の意思を尊重しながら

ライセンス契約を結ぶ際は、作家自身が納得して決めたか、ということが重要です。家族でしっかり話し合えるよう、契約までの確認作業には一定の時間を設けています。ある人は、得た収入で「好きなアイドルのコンサートに行く」と言っていました。確定申告をする人もいて、収入源があれば家族や普段お世話になっている施設の人にも安心感が生まれるし、作品のデータを運用していくことで、ノルマを設けた個展開催や作品制作を避けることもできます。彼らには彼らの時間の流れやルーティンがあるので、それぞれのペースで、自発的に作品が生まれることを大切にしたい。企業から作風に対する要望がある場合には、作家の意思を尊重しながら意向を伝えるようにしています。

色彩豊かな衣笠泰介さんの「ブダペストで朝食を」。衣笠さんは商業空間や公共施設におけるプロジェクトの依頼も多い(写真提供◎ヘラルボニー)

誤解してほしくないのは、障害のある人の作品だから優れている、と考えているわけではないということ。作品の選定はきちんとしたいので、金沢21世紀美術館のキュレーターでもある黒澤浩美氏が企画アドバイザーを担当しています。

ヘラルボニーがアートプロデュースするホテルマザリウム(盛岡市)の一室(撮影◎千葉裕幸)

アートの分野で一定の成果を出せたいま、アートに関心がない人にも就労の場をつくりたいというのが今後の夢です。兄がそうであるように、誰もが絵画が得意なわけではないですから。意味を持たない「ヘラルボニー」という言葉が、いつか福祉を意味したり、社会を繋いだりする言葉になればいいなあ。障害のある人は差別や支援の対象ではない。かけがえのない異彩だ、という意識をこれからも根づかせていきたいです。

2022年からは盛岡市の百貨店カワトクの1階に店舗を構える。(撮影◎千葉裕幸)

「田井(たい)ミュージアム」(撮影◎本社・中島正晶)

アートが誕生する場所「田井ミュージアム」

ヘラルボニーの契約アーティスト数名が所属している「自然生(じねんじょ)クラブ」は自己表現のひとつとして、絵画のワークショップを取り入れている

茨城県つくば市で活動する「自然生クラブ」。施設長の柳瀬敬さんのもと、メンバーは筑波山麓で有機農業を営み、その多くが敷地内のグループホームで暮らしている。彼らは週2回、2キロ離れた「田井(たい)ミュージアム」へ向かう。創作舞踊や絵画のワークショップのためだ

(撮影◎本社・中島正晶)

使わなくなったJAの倉庫(蔵)を譲り受け、アトリエとシアターを構えた「田井ミュージアム」。地域交流の拠点ともなり、カフェも併設されている

各自、得意なモチーフなどがあり、普段は自由に創作活動を行うが、毎年、年が明けると「チャレンジアートフェスティバルinつくば」(2024年は3月5~10日につくば美術館にて開催)に出品するため、全員が同じ大きさのキャンバスに向かう

(撮影◎本社・中島正晶)

高田祐(ゆう)さんが描くのは、すべて「迷路」。描きながら途中で塗りつぶしたり、入口と思しきところが変わったりするため、その建物がどのような構造か、想像力を掻き立てられる。

作品はマスクやエコバッグなどに商品化されたほか、ディズニーとのコラボレーションとしてブラウスやスウェットにもなた

(撮影◎本社・中島正晶)

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