ヤマザキマリ かつてイタリアで問題視されていた<事実婚>がメジャーに。結婚という制約に囚われて苦しむのはごめんだ、と若い人たちが考えるようになったことの表れか

世間体や体裁を強く意識する傾向があったイタリアで事実婚が増えている理由とは――
親族の集まりで元気がなかったマリさんの義妹。事情を聞けば、長く暮らしてきた事実婚のパートナーと別れたのだそうで――。(文・写真=ヤマザキマリ)

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【写真】マリさん撮影イタリア人のカップル

イタリアの婚姻事情

先日、北イタリアの夫の実家で親族の集いがあり、久々に私も顔を出すと、3月に会った時は元気そうだった義妹がなにやらげっそりとやつれている。二人の幼い子どもたちの前では気丈にふるまっているが、笑顔を繕っても眉間に深く入ってしまった皺は消えない。

親族の一人が思わず、あなた大丈夫? と尋ねると「別れたのよ」とひとこと。

義父母は事情を知っていたらしく、気まずそうに子どもたちを連れてその場からそそくさと離れていった。

義妹は結婚をせずにパートナーと暮らしていた。二人の子どもたちが生まれたあとも、どちらも結婚する意向はなかったという。

結婚のメリットは何なのか

一昔前のイタリアであれば問題視されていた事実婚だが、今ではメジャーな選択となっている。

2016年、同性カップルに結婚に準じた法的権利を認める法律が施行された際に、事実婚の法律内容も改正され、婚姻関係に近い権利が保障されるようになったのも理由のひとつかもしれないが、先行き不透明な経済情勢の影響で実家から離れられなかったり、自分の親の不仲を見ているうちに結婚に希望を見出せなくなった、という若者たちは確実に増えている。

確かに、子どもが法律婚で生まれようと事実婚で生まれようと法の適用が同じなら、結婚のメリットは何なのか、という話にもなってくる。

私が留学していた頃のイタリアは、フランスやドイツと比べ、キリスト教的倫理観がしっかりと根付いており、世間体や体裁を強く意識する傾向があった。

私も当時同棲していた彼氏の母親から、「親族に対して恥ずかしいから、一緒に暮らしたいのなら早く結婚を」と急かされた。しかし、今ではそんなことを言う親も減少傾向にある。

子どもたちはママを裏切らないもの

何はともあれ、イタリアで事実婚が増えた最大の要因は、簡単に離婚ができないという事情だろう。

子どもがいたり、共有財産がある場合、離婚するには夫婦がすでに法的に別居している必要がある。別居の申請をしてから最短半年で離婚が成立、協議離婚は12ヵ月、合意が叶わない場合は何年もかかる。

別居期間を長く設けるその背景には、夫婦の関係性の修復が意図されているのかもしれないが、私の周りの友人たちは離婚が成立していなくても、別のパートナーを見つけるなりして新しい人生を築いている。

こうした事例が当たり前になりつつあるのも、人生何十年も生きていくなかで結婚という制約に囚われ、苦しむのはごめんだ、と今の若い人たちが考えるようになったことの表れだろう。

義妹の相手は少し前から同じ街に暮らす二人の子持ちのバツイチ女性を好きになって、家に戻ってこなくなったのだそうだ。酷いけれど、事実婚らしい顛末だ。

失業中という理由で自分の子どもたちへの養育費も払われていないという。

「何よそれ、戦いなさいよ!」と親族の叔母さんにせっつかれても、「いいの、子どもたちがいるから。子どもたちはママを裏切らないもの」と言って、彼女は膝の上の5歳の息子をぎゅっと抱きしめた。

それを見ていた夫がひとこと小声で、「事実婚のせいでますます親子依存が増えていく気がする」とつぶやいた。

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