ヤマザキマリ『プリニウス』が手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。「なぜ日本人のあなたが古代ローマ世界を?」との質問に私がいつも答えているのは…

「なぜ日本人であるあなたが古代ローマ世界を?」という質問に対し、マリさんの回答は――
古代ローマ世界を描いた『プリニウス』が2024年の手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しました。「なぜ日本人であるあなたが古代ローマ世界を?」という海外メディアからの質問に対し、マリさんが繰り返し答えてきたのは――。(文・写真=ヤマザキマリ)

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【写真】マリさん宅に二つ並ぶ手塚治虫文化賞のトロフィー

漫画の道もローマに通ず

私が同業者のとり・みき氏と10年にわたって連載してきた『プリニウス』という漫画が、本年度の手塚治虫文化賞マンガ大賞に選ばれた。

14年前に『テルマエ・ロマエ』で、すでにこちらの賞の短編賞をいただいていたのと、正直、賞のことなどあまり考えずに描いていたこともあり、想定外の展開に驚いた。

大尊敬する手塚治虫氏の名を冠した賞なのでもちろん嬉しさはこの上ないが、そもそも掲載は漫画誌ではなく『新潮』という文芸誌、両作者のマニアックな嗜好が盛り込まれた内容は、確実に読者を選ぶ。

私自身ですら、単行本のページを開くとセリフの多さと執拗なまでの描き込みに辟易するくらいだ。

手塚治虫文化賞というものが、ポピュラリティ重視ではないアワードであるということを今回の受賞で改めて実感した。

古代ローマ時代の執念

実は今年2024年は、漫画の主人公である古代ローマの博物学者プリニウスの生誕2000年にあたるとされている。

偶然ですませてもいいのだが、前回の『テルマエ~』の受賞といい、人類史において高度な文明と社会を築いてきた古代ローマ時代の執念が、私という漫画家に憑依し、その存在感をもっと幅広く知らしめてほしいと言われているような気がしないでもない。

『テルマエ~』や『プリニウス』の翻訳が出版されているフランスやイタリアのメディアから、時々インタビューを受けることがある。

そのほとんどが「なぜ日本人であるあなたが、ここまで古代ローマ世界にこだわるのか」という内容だ。

その都度何度も繰り返し答えてきたのは、古代ローマと日本のさまざまな共通点についてである。

古代ローマと日本

たとえば、古今東西、入浴文化が日常の習慣として浸透していたのは、世界でも古代ローマと日本のみ。その比較文化的発想から生まれたのが『テルマエ~』という漫画なのである。

入浴文化発展の基軸となった温泉は、火山が多い地域に湧くものであり、火山があるところには地震も発生するし、津波も起こる。古代ローマは日本と同様、常に自然災害と向き合ってきた国家だったわけだが、そこに焦点を向けたのが『プリニウス』という作品なのである。

天災だけではなく、森羅万象がさまざまな神や怪物の存在と紐づけられるところも、八百万の神が宿る日本とよく似ている。合理主義が根づく欧州の人よりも、多様な宗教を受け入れ、目に見えない自然の力に畏怖の念を抱く日本人の気質は、私の中にも確実に根づいている。

プリニウスという博物学者の旺盛な知識欲は、まさにそうした特定の信仰に囚われない社会でこそ生まれたものであり、日本人の想像力であればその世界観は難なく感受できるだろう。

『プリニウス』はそんな想像力によってできあがった作品なのだった。

そういえば、かつてイタリアの新聞に『テルマエ・ロマエ』についての記事が掲載されたことがあった。その時もやはりなぜ日本人が古代ローマを描くのか、なぜ日本でローマが流行るのかについて言及されていたが、タイトルは「古代ローマ文明、漫画によって日本を席捲」というものだった。

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