巨匠の手で見事に生まれ変わった『レ・ミゼラブル』。「ベルモンド死す」のニュースにショックを受けながらベルモンドのジャン・バルジャンを観た
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ベルモンド死す
「ベルモンド死す」。このニュースを聞いてショックを受けたのは私だけではないだろう。『気狂いピエロ』や『勝手にしやがれ』などのゴダールの映画で主演。「美男ではないのにやたら恰好いい」という俳優のジャンルを作り上げた。
そんなベルモンド追悼特集はタイプの違った作品が揃い、日本未公開作品も含まれる。新たなベルモンドの魅力も発見したいと、個人的にも劇場に行く予定でいた。ところが…。
すいません!! 私、公開日を勘違いしていて。フランスにずっといたせいで感覚が狂ったのか。もう始まってるよ(涙)。でもまだ続くベルモンド特集への懸け橋として、是非ご覧ください。
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レ・ミゼラブル
さて、今回はそんな中でも「名作」と呼び名の高い1995年の『レ・ミゼラブル』を鑑賞。泣く子も黙るビクトル・ユーゴーのこの名作は、2012年にはヒュー・ジャックマン主演のミュージカル・ロマンスで大ヒット。1958年のジャン・ギャバン主演の作品は文藝色が濃くて、これもたまらない作品。
そんな作品を巨匠クロード・ルルーシュ監督がどう描き、ベルモンドがどのようにジャン・バルジャンを演じるのか?
しかも音楽はミシェル・ルグランで、パトリシア・カースが主題歌を歌う。
「楽しむしかない」と、なんの予備知識もなく試写リンクを開く。が……。
「普通のレミゼと違い過ぎない??」
いや、出だしは自然だった、貧しい男が無実の罪で投獄され、妻子は赤貧にあえぐ。遂に父が獄死して、母は自殺。5歳で両親の死に遭遇した子どもがジャン・バルジャンを思わせるアンリ・フォルタン。アンリの成長後をベルモンドが演じた。しかし原作と違い、アンリはボクサーに。設定も原作よりかなり現代に近い、第1次世界大戦から第2次世界大戦の頃に置き換えられている。
なかなか原作との関係性がつかめなく、かなり見進めてから私は、「これ、レミゼだよね?」と、見ている視聴リンクを巻き戻したほどだ。第一「コゼット」らしき女の子が出てくる様子が微塵もない。
名優であり正統派
「これ、どこが『レミゼ』なの??全然違う映画じゃん!!」
と思ったが、映画自体は面白いので、視聴を止めることはできなかった。
映画に戻るとチャンピオンとなったアンリ・フォルタンはボクサーをやめ、引越し運送業を始める。彼が元チャンピオンだと気づく人は多く、時々彼に話しかけ、尊敬のまなざしを向けるが、彼は過去の栄光に縛られる風でもなく、今の仕事の自分を楽しんでいるように見える。
こんなところが実に格好いい! また劇中劇としてのジャン・バルジャンや、アンリの父親もベルモンドが演じており、言われなければ気が付かないほどに違う。今まで彼が演じた不良で小粋なナイスガイとは違うが、名優であり正統派だということを堪能できる作品だ。
クロード・ルルーシュの手腕
物語は進んで第2次世界大戦が勃発。美しいオペラ歌手と才能あるジャーナリストの夫婦、そしてまだ幼い娘の3人家族の引っ越しをアンリたちが手伝うのだが、「あの家族はユダヤ人」と警察に密告した近隣マダムのせいで、この家族は夜逃げすることに。ナチによるホロコーストが始まっていたのだ。
家具などもおいたまま、遠くの駅まで移動したいという家族をトラックに匿って輸送するのがアンリ・フォルタン。
この家族との関わりがアンリの運命を変えることになり、やっと、『レ・ミゼラブル』との関係性が現れる。逃亡中、文字の読めないアンリに、一家の主人アンドレ・ジマンが、『レ・ミゼラブル』を読み聞かせるのである。成程、こんなふうにして「劇中劇」として織り込むのは秀逸!
原作のジャン・バルジャンとコゼットのストーリーは、時にアンリの頭の中の映像として映像化され、それを見る私たちの頭の中で「アンリ=ジャン・バルジャン」として納得させられていく。「では、ジマン夫妻の娘、サロメがコゼットになるのだろうか?」等と連想が膨らんで行くのだが、原作の現代小説なら許されない破綻が、新しい物語ではすべてつじつまが合い納得させられていくので、クロード・ルルーシュの手腕に感嘆するほかはない。
ノルマンディー上陸作戦
やがてベルモンド演じるアンリ・フォルタンは「彼なりの正義」のため、犯罪組織の一員となり、遂には彼の有名な「ノルマンディー上陸作戦」に巻き込まれていく…
「ノルマンディー上陸作戦」とは、第2次世界大戦末期にナチス・ドイツ軍に占領されていたフランス北部を解放するため、1944年6月6日に連合軍によって行われた上陸作戦。2000人を超える死者が出て、最も手間取ったオマハ・ビーチでの奇襲とドイツ基地の陥落がこの映画のクライマックスとなり、現実でもこの奇襲成功により、第2次世界大戦は収束の方向に(広島・長崎はこの1年後)。
たまたまこの時期私はノルマンディー地方にいて、6月6日に世界の首脳がこの海岸に集まって式典を行い、老兵たちが顕彰されるのをテレビで見ていたので、余計感慨深く物語を見た。この時に亡くなったおびただしい戦士たちの墓が、内陸部に連綿と続く白い十字架となって残っているのも、偶然だが目にすることができ、祈らずにいられなかった。(日本人としては、靖国の英霊にも祈りを捧げずにいられなかった。海外からは批判もあろうが、自国の未来のために若者が命を捧げた貴さと悲しみは同じだ)
この映画は古典の名作を基盤にしながら、現代人のための『レ・ミゼラブル』としてリメイクされている。単に貧しさゆえの惨めさだけでなく、「戦争」という苦悩と不条理、やり場のない悲しみを余すところなく描いている。悲しむべきことに再び人類が「第3次世界大戦」と言っていい困難に陥っている今、私たちはベルモンドの名演技と共に、この映画を見るべきだろう。
07/14 15:30
婦人公論.jp