ヤマザキマリ 心身のメンテナンスとして湯に浸かっていたのは、どうやら古代ローマ人と日本人だけ。16年を経て再び描く『続テルマエ・ロマエ』に込めた願いとは

『続テルマエ・ロマエ』に込めた願いとは――
『続テルマエ・ロマエ』を『少年ジャンプ+』に連載中のマリさん。前作からおよそ16年たった今、再び描こうと思い立った理由、そして作品に込めた願いとは――。(文・写真=ヤマザキマリ)

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【写真】天然の温泉に湯けむりがただよう(撮影:ヤマザキマリ)

『テルマエ・ロマエ』を描いたきっかけ

今から16年ほど前に、古代ローマ人が日本のお風呂にタイムスリップする漫画『テルマエ・ロマエ』を描いたのは、単純に私の長い海外暮らしによる日本式入浴への渇望と、古代ローマ時代の遺跡を訪れるたびに目にする浴場の跡地から芽生えた好奇心がきっかけだった。

双方の浴場文化について詳しく調べていくうちに、古今東西、溜めたお湯で体を洗うだけではなく、心身のメンテナンスとして湯に浸かっていたのは、どうやら古代ローマ人と日本人だけ、ということもわかってきた。

日本と同じく南北に細長いイタリア半島は、火山の噴火と地震といった天災も同じく付き物だが、そういう土地だからこそ与えられた恩恵とも言える温泉に浸かったり、地熱によって温まった岩盤に横たわれば、心身の健康が保たれるということも知っていた。

温泉の湧かないローマのような大都市でも、お湯を溜めた浴槽に浸かる工夫が凝らされて発達したのが、テルマエと呼ばれる入浴施設なのである。

「日本だからできる展覧会」

長い間ポンペイなどの発掘調査に携わっている歴史・考古学者である青柳正規さんが企画した、古代ローマと日本の浴場文化の比較をテーマにした展覧会の巡回が、去年の秋から始まった。

古代ローマ文明に関する展覧会は日本でも何度となく開催されてきたが、お風呂文化だけに特化したものは今回が初めてである。

イタリア人の夫からは「日本だからできる展覧会」と言われた通り、公衆浴場という文化が廃れてしまったイタリアや近隣諸国では、おそらくこのような企画が発想されることはないだろう。

私も協力者としてこの展覧会に携わっているが、偶然にも東京での開催が始まるころに、11年ぶりに連載再開した『テルマエ・ロマエ』の続編1巻が刊行された。

展覧会初日に企画された青柳さんと私の対談では、浴場そして温泉というものを日常の必然と捉えてきた古代ローマ人と日本人の類似性や比較、そして『続テルマエ・ロマエ』のコンセプトともなっている、温泉・入浴文化と国の発展の密接な関わりが話題となった。

お風呂と入浴が人類の発展に担った役割とは

巨大な領地を支配した古代ローマの歴史が千年も続いた理由はいくつも挙げられるが、その繁栄には各地での浴場施設の建設や、温泉の開発も大きく関わっている。

温かいお湯に体を包まれることで心身の健康が得られるという効果を体感した人々は、たとえ自分たちが侵略された立場であろうと、入浴というローマの文明を受け入れないわけにはいかなかったはずである。

『続テルマエ・ロマエ』は、東西南北に存在する日本のさまざまな温泉に、還暦間近となった主人公ルシウスが古代ローマの平和という使命を背負って現れる設定で描いている。

お風呂と入浴という習慣が人類の発展にどれほど大きな役割を担ってきたのか。

殺伐とした現代の社会情勢が、再びこの漫画を描こうと思い立った理由にもなっているが、あらためて、今を生きる人々に、入浴によって自分の命をねぎらってもらいたいという願いも、もちろん込められているのだった。

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