【ネタバレなし】『陰陽師0』奈緒演じる徽子女王。<日本史最強クラスの悪霊>平将門の乱を乗り切り「三十六歌仙」にも選ばれ…なぜ彼女は<特別な姫>になったのか

写真提供:(C)2024映画「陰陽師0」製作委員会/『陰陽師0』4月19日(金)全国ロードショー(配給:ワーナー・ブラザース映画)

俳優・山崎賢人(崎=たつさき)さんが主演する映画『陰陽師0(ゼロ)』が、4月19日より全国で公開されます。その公開にあたり、3月には佐藤嗣麻子監督と原作者の夢枕獏先生が、同作のヒロイン・徽子女王とゆかりのある三重県立斎宮歴史博物館を訪問しました。そこで今回、同館で学芸員を務める日本史学者の榎村寛之先生に、徽子女王についてあらためて解説をいただきました。

【写真】史上最強の呪術エンターテイメントがいよいよ幕を開ける!『陰陽師0』

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『陰陽師0』と斎宮歴史博物館の縁

前回の記事にも記しましたが、『陰陽師0』公開にあたっては、全国のゆかりの地で試写会が行われました。

私が学芸員を務める斎宮歴史博物館のある、三重県多気郡明和町もその地の一つということで、「109シネマズ明和」で試写会が行われ、私も参加する機会に恵まれました。

試写会での舞台挨拶の前には、佐藤嗣麻子監督と夢枕獏先生が、斎王の宮殿の遺跡・国史跡斎宮跡と、私が学芸員を務める斎宮歴史博物館を訪問されました。

斎宮歴史博物館は、斎宮跡の発掘の成果を公開する施設で、映画で奈緒さん演じる斎王徽子女王と縁が深い地でもあります。

そこで前回の記事に続き、徽子女王の生涯について、映画のネタバレにならない程度に解説をしたいと思います。

歌人としても尊ばれた徽子女王

徽子女王は天慶八年(945)、母・藤原寛子の死によって帰京。

天暦二年(949)に新しい帝である村上天皇(朱雀天皇の弟。映画では板垣李光人さんが演じています)の後宮に、皇后にもなれる身分の妃「女御」として入りました。

『謎の平安前期―桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年』(著:榎村寛之/中公新書)

当時「女御」は藤原忠平の孫(藤原師輔の娘)の藤原安子一人しかおらず、徽子女王は重要な妃として迎えられました。

それは彼女の「斎宮女御」という通称にも現れています。

なんといっても、彼女には元の斎王として、平将門の乱の時代を乗り切った実績がありました。そのうえ徽子は、歌人としても尊ばれていたのです。

彼女は長い間、元斎王以上に「三十六歌仙」として有名でした。

写真提供:(C)2024映画「陰陽師0」製作委員会/『陰陽師0』4月19日(金)全国ロードショー(配給:ワーナー・ブラザース映画)

これは彼女が亡くなって30年ほど後の紫式部の時代に、村上天皇の皇子具平親王と藤原公任(『光る君へ』では町田啓太さんが演じています)によって選ばれた、過去の名歌人36人のことを指します。

音楽家としての才

その歌集『斎宮女御集』の前半のほとんどは、村上天皇との贈答歌です。

最も古いものは村上天皇との後朝(きぬぎぬ)、つまり結婚の翌朝に交わし合った歌でした。その時点ですでに歌人として完成していて、村上が彼女の和歌を重視していたことがわかります。

また彼女自身も、源博雅(映画では染谷将太さんが演じています)が歌を詠みあげる役を務めた歴代最高の歌合イベント『天徳内裏歌合』をはじめ、宮廷和歌文学が花開いた村上朝を支えた歌人として、自ら歌合を主催。多くの歌人のスポンサーになっていました。

写真提供:(C)2024映画「陰陽師0」製作委員会/『陰陽師0』4月19日(金)全国ロードショー(配給:ワーナー・ブラザース映画)

さらに注目すべきは、音楽家としての才能です。彼女の代表的な歌に

「琴のねに峰の松風かよふらしいづれのをよりしらべそめけむ」

(琴の調べに、峰の松風の音が通いあっているようだ。どの琴の緒とどの山の尾から出始めた音が響きあっているのだろう。)

というものがあります。

「徽子女王は村上天皇から直接手ほどきを受けた琴の名手」とする系譜もあるのですが、実は彼女はそれに留まらないレベルの音楽家だったと言えます。

箏も琴も芸術的に演奏

現在の「琴(こと)」、つまり13弦の琴は平安時代には「箏(そう)のこと」と呼ばれ(琴の音楽を「箏曲(そうきょく)」と呼ぶのはその名残)、それとは別に「琴(きん)のこと」という7弦の琴がありました。

「三十六歌仙画帖」より斎宮女御(住吉具慶画。江戸時代。斎宮歴史博物館蔵。斎宮歴史博物館企画展『源氏物語と斎宮』にて4/20〜6/2に展示中)

箏には琴柱という音階を決めるパーツがありますが、琴にはなく、弦を指で押さえて音を決めます。つまり、箏は決まった音を弾くピアノに近く、琴は自分で音を探すバイオリンに近い楽器でより難しく、反面、自由に音を動かせる楽器でした。

さらに箏は身分の高い女性も弾く楽器でしたが、琴は古代中国では、社会の秩序を表現する楽器とされ、皇帝や「君子」と呼ばれる男性の弾くものでした。

たとえば『源氏物語』で、光源氏が須磨に退去した時、秋の夜の徒然に弾いたのは琴。琴は紫式部の時代には主に皇族が弾く楽器で、廃れかけていたとも言われます。

一方『斎宮女御集』には、琴の音に惹かれた村上天皇が彼女の元に渡ってきても気にせず弾き続けた、というエピソードがあります。徽子女王は箏も琴も芸術的に演奏できた、男性以上の音楽家だったと言えるでしょう。

特別な姫として

こうした徽子女王の和歌や音楽の能力は、成人し、結婚が決まってから身につけたとは考えにくく、斎王としての重責を果たした斎宮の環境で育まれたと考えられます。

斎王の立場は、彼女を特別な姫に磨き上げていたようです。

なお徽子女王の結婚は、村上天皇の大嘗祭のすぐ後に行われました。

当時、天皇は大嘗祭の前に鴨川で禊を行い、鳳輦(ほうれん)に乗って姿を都人に見せる、という儀式がありました。その場では当然、貴族たちは付き従い、平安宮から3キロ程度の大行列が続くことになります。

しかし重明親王は体調不良と称してこの行列をサボり、平安宮から鴨川までの沿道の凄い人出の中、牛車を並べて徽子女王とともにこの行列を見物したとされます。

これは『源氏物語』の「行幸」の巻で、光源氏が養女・玉鬘を時の帝、実は源氏の秘密の子である冷泉帝の後宮に入れようと考え(結局失敗しますが)、大原野で鷹狩を企画して、玉鬘と見物し、鳳輦に乗った天皇の姿を見せた…というエピソードの元になっているように思われます。

結婚前に夫となる新天皇の姿を垣間見する。元斎王の女御候補徽子女王は、そんな特例が許される姫だったのです。

なお『陰陽師0』でも、徽子女王の登場シーンで琴が効果的に使われていますので、注目してみてください。

写真提供:(C)2024映画「陰陽師0」製作委員会/『陰陽師0』4月19日(金)全国ロードショー(配給:ワーナー・ブラザース映画)

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【作品情報】
◇タイトル:『陰陽師0』 (※読み方:おんみょうじぜろ/※表記:0は半角数字)
◇公開日:4月19日(金)
◇出演者:山崎賢人(崎=たつさき)、染谷将太、奈緒、安藤政信、村上虹郎、板垣李光人、國村隼/北村一輝、小林薫
◇原作:夢枕獏「陰陽師」シリーズ(文藝春秋) 
◇脚本・監督:佐藤嗣麻子(『K-20 怪人二十面相・伝』『アンフェア』シリーズ)
◇音楽:佐藤直紀
◇主題歌:BUMP OF CHICKEN「邂逅」(TOY'S FACTORY)
◇呪術監修:加門七海
◇配給:ワーナー・ブラザース映画
◇クレジット:(C)2024映画「陰陽師0」製作委員会
◇公式サイト:onmyoji0.jp
◇公式X:@onmyoji0_movie #陰陽師0
◇公式Instagram:@onmyoji0_movie
◇公式TikTok:@onmyoji0_movie

◇特報映像:https://youtu.be/q58ycLd1C4w


◇本予告映像:https://youtu.be/DG_2SHQSkks

【STORY】
呪いや祟りから都を守る陰陽師の学校であり省庁――《陰陽寮》が政治の中心だった平安時代。呪術の天才と呼ばれる若き安倍晴明は陰陽師を目指す学生とは真逆で、陰陽師になる意欲や興味が全くない人嫌いの変わり者。
ある日晴明は、貴族の源博雅から皇族の徽子女王を襲う怪奇現象の解決を頼まれる。衝突しながらも共に真相を追うが、ある学生の変死をきっかけに、平安京をも巻き込む凶悪な陰謀と呪いが動き出す――。史上最強の呪術エンターテイメントが幕を開ける!

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